同じ空を抱えて〈8〉
待ちに待った知らせを聞いたドロシーは、再びイフィーの庵を訪れていた。
「待たせたわね。例のARM、出来たわよ。……ウィート」
「うん!」
奥の部屋へ向かったウィートが、箱を持って戻ってくる。イフィーは中を開けて見せた。
「……これが……!」
「ホーリーARM、マジックキャンセラーよ」
布地の中心に納められていたARMを、ドロシーは手に取る。リング型のARMには、魔方陣を二つに分けたような模様が刻まれていた。
「ありがとう、イフィー!」
「でもこれは一時しのぎに過ぎないわ。アルヴィス君への負担を考えると、なるべく早い解決が良いわよ」
「わかってるわ。任せといて」
「ねぇドロシー姉ちゃん、またあの街に行くの?」
数日前の件のこともあり、ウィートは心配そうに聞く。ドロシーは苦笑を浮かべた。
「そうね……あんまり気が進まないけど、場合によってはそういう事にもなるかも。でも大丈夫。何とかしてみせるわ」
苦笑を最後は笑顔に変えると、得意げにウィンクをしてみせる。
今回は礼儀に則りアンダータですぐには飛ばず、ドロシーは庵の外まで向かう。
しかし不意に、戸口で立ち止まった。
「……イフィー」
「何?」
「大丈夫よね?」
主語が定かではない問いかけに、ウィートはきょとんとした。対してイフィーは黙って続きを待つ。
「アルヴィスの身体、まだ間に合うわよね?」
ドロシーの横顔に、一抹の弱さが浮かんだ。
イフィーは刹那、目を眇(すが)める。
「……誠実に生きている人ほど、報われると信じてるわ」
「……そうよね」
少女らしい微笑には、弱気な陰(かげ)はもう見えなかった。
「じゃあまたね。今度何かおごるわ!」
「ふふ、楽しみにしてるわ。気を付けてね」
彼女の声に見送られ、ドロシーはイフィーらの元を後にした。
手を振っていたウィートだったが、ふと窺うようにイフィーを見上げる。イフィーはわずかに切なさを有した眼差しで、アンダータの消えた先を見つめていた。
黒と白が基調の独特の衣装をまとった、女性の姿のガーディアンから光が放たれる。癒しの光がアルヴィスの身体をほんのりとあたためていく。
アリスが手をかざすのを止め、ギンタは魔力を供給をやめる。数秒後、バッボが元の姿に戻った。
「……傷、塞がったみたいっスね」
「アル、大丈夫?」
「ああ。大したことはない」
頭と腕の違和感が消えたことに、アルヴィスはギンタとバッボに礼を言う。
「じゃあ次はこれ。さっき出来たばかりのARMよ」
治療を見守っていたドロシーが進み出て、アルヴィスにARMを手渡す。
「アンタはリング型のARMが多いから、チェーンに通しといたわ。首にでもぶら下げときなさい」
「わかった。ありがとう」
「お礼ならイフィーに言って」
ARMを受け取ったアルヴィスはすぐに付けるかと思いきや、指でチェーンをなぞっている。見ると指の腹で、ボールチェーンの継ぎ目を探しているようだ。
その様子に気づき、ドロシーは苦笑して彼の手からARMを取り上げる。
「……付けるわね」
言葉を付け足した後、彼の首へ腕を回す。
ぱちっと、聞こえるか聞こえないか程度のかすかな音が響き、金具が留まる。
「目、閉じて」
手をARMの中心に持ってきて、ドロシーはアルヴィスの手も添えて魔力を込める。
「……ホーリーARM、マジックキャンセラー」
魔力が収束し、リングがキラリと光る。
部屋にいたメンバーは、周囲を覆っていた霧が晴れ、清浄な空気が通るような感覚を覚えた。
リングからドロシーは指を放す。アルヴィスは二つの眼を、ゆっくりと開いた。
真正面にいる彼女を、光の宿った青い瞳がしっかりと見返した。
「……どう、見える?」
「……ああ、見える」
「ホントか!?」
「アル! 私が見える!?」
「ああ、ちゃんと見えるよ、ベル」
「よかったぁ〜〜!!」
ベルが満面の笑みで彼に飛びつく。それに嬉しそうにアルヴィスも微笑み、ほかのメンバーも表情を明るくして喜びの声を上げた。
「効果は一時的だそうだけれど、ないよりはマシでしょ?」
「助かるよ。見えないとわからないことが、本当に多くて」
「とりあえず、これでしばらく大丈夫そうやな」
「ああ。さすがカルデアの彫金師だな。ARM彫金もお手のモンってか」
「これでも時間がかかった方なのよ。もっとランクが低いARMは、半日ないし数時間で終わるものなんだから」
「へー、そうなんスか〜」
感心するジャックたちを尻目に、アランは表情を険しくして話を切り出す。
「……で、アルヴィス。お前を襲った犯人たちのことだが……」
アルヴィスは表情を引き締める。惨状を目撃したスノウとベルを筆頭に、ほかの面々も神妙な顔になる。
「地下室で死んでいたのは全部で三人だった。そのうち二人がチェスのピアス付き。一人はポーン、一人はルーク」
「……やはり」
「もう一人は民間人らしき男だ。そいつと面識はあったのか?」
「ありません。口振りではレギンレイヴの兵士だと思っていたんですが……やはり民間人でしたか。……魔力がほとんど無いものだから、油断してしまいました」
「その隙に後ろからがーん! か……」
「…………」
「さいってーな奴だ!」
ナナシの言葉を継いだギンタが、沈黙するアルヴィスの代わりに憤慨する。
「……その人も……?」
「……死んでたよ」
「………」
「背中から頸椎を斬られてな」
「…………」
「……死んで当然……とまでは言わないけど、罰が当たったのよ。気にすることないわ」
押し黙る彼にドロシーが言うものの、アルヴィスの表情は晴れない。その心情を見越したベルが慰めるように彼の肩に降り立つ。
場に居合わせたスノウが、言葉を選びながらアルヴィスに尋ねる。
「あの時いた人が、その人達を……?」
「……ああ」
「そいつの顔は見たのか、スノウ?」
「ううん、一瞬で影しか……でも変なの。 ARMを発動した気配もないのに、すぐに消えちゃって」
「消えたって……アンダータを使わなかったってこと?」
わからない、とスノウは首を振る。
「アルヴィスを助けてくれたのなら、その人は味方ってことっスか?」
「でも、なにも殺すことないと思う……それもあんな風に……」
「……せやな。それに助けに来たんなら、アルちゃんの鎖くらい外してくやろ」
顔をわずかに青ざめさせるスノウの背中を、ナナシは軽くさすってやる。
「たしかにルークを瞬殺できるほどの実力なら、相手を死なせないよう手加減することもできたはずだ。味方にしちゃあ不可解な点が多すぎる」
アランのもっともな見解にメンバーは頷く。
「そんなに強い魔力の持ち主が城に入ったのなら、誰か気付いてもおかしくないけど……皆気付いた?」
だがARMを受け取りに留守にしていたドロシーの質問に、皆一様に肩をすくめた。結果を予想していたドロシーもはぁと肩を落とす。
「……まぁ、多分気付かれないように、完全に魔力を抑えてたんでしょうね」
「……だが変だな」
「変って?」
「オレが最初に感じた気配は、チェスを殺したその男とは違った気がするんだが……」
「え? そうなのか!?」
アルヴィスの発言に、ギンタを始め一同は驚きの声を上げる。
「ああ。地下牢に来たそいつは、気配がむしろ無いに等しかった」
「じゃあ、犯人とは別に侵入者がいるってこと?」
「……いや、わからない。オレの勘違いかもしれないし、それに……」
“オレは君だよ、アルヴィス”
「……アルヴィス?」
不自然に口をつぐんだアルヴィスにベルが問いかける。だが、
「…………いや、何でもない」
アルヴィスは口を噤んだ。それを誰かが追求する前に、部屋の外で足音がした。
「あの……失礼します!!」
ノックもおざなりに、荒々しく扉が開けられる。正規のレギンレイヴ兵だ。
「たった今入った情報です! 現在、また何者かにノクチュルヌが襲われているそうです!」
「「……!!」」
入り口近くの壁にもたれたアランが、皆の顔を見て尋ねる。
「……どうする?」
「あんなこと言われた手前、正直あまり気乗りしないんだけど……」
全員の気持ちを代弁するように、ドロシーが正直に吐露する。先日の苦い記憶から,ほかのメンバーも困惑げに顔を見合わせる。
「でもわかってるのに、黙ってるなんて出来ないよ!」
そう言い放つギンタの眼差しはまっすぐだ。曇りない。
揺るぎないそれに子供たちは頷き、大人組を中心とした面々は苦笑した。
「そうね。……行くっきゃないか」
次に顔を見合わせたとき、全員の意思は決まっていた。
「よし、じゃあ出発やな」
「ああ!」
アンダータを持つナナシが指を掲げる。よしと拳を握るギンタだったが、アルヴィスが椅子から立ち上がるのを見て、心配そうに彼の名を呼んだ。
「……アルヴィス」
アルヴィスは落ち着いた様子で答える。ギンタと同じ、迷いのない瞳で。
「戦いをしに行くんじゃない。助けるために行くんだ。……そうだろ?」
「……ああ!」
久々に通い合った視線とその言葉に、ギンタは微笑を浮かべる。
二人を含めたメンバーの視線が集まるのを感じ、ナナシはアンダータを発動させた。
→ 第九話