同じ空を抱えて<4>
「そうですか……そんなことが……」
メルの帰還を待っていたレギンレイヴの兵達は、ノクチュルヌの惨状と住民たちの様子を聞いて、深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。住民たちのご無礼をお許し下さい」
「別に兵士さんたちが悪い訳じゃないじゃないっスか!」
「しかし我らレギンレイヴが治める村の者が、事もあろうにメルの皆さんにそんな態度をとるなんて………」
「ウォーゲームで力を尽くしていただいているのに、申し訳ない限りです……」
「……けどあの村の人たち、何であんなに私たちに冷たかったんだろう」
一息吐くべく戻った大部屋で、アルヴィスを椅子に誘導したスノウは自身も隣に腰掛けながら漏らす。ベルは唇をぎゅっと引き結んだまま、涙を溜めてアルヴィスの肩にいた。
「……ノクチュルヌは元々レギンレイヴの領下の村ではなかったんです。あのような辺境にありますので、ずっと昔からほかの村や街とは隔絶された生活を送っていて……最近では少し交易もしておりますが、村の中だけで生活が完結してるためか、余所者に対する猜疑心が強いんです」
「住民の結託が強いと言えば聞こえがいいですが、あそこまで行くと困ったものですよ」
「先の大戦と先日の襲撃でも、あまりにも小さな村だったのでチェスの被害を受けることもなかったようで………だからこそ余計に、余所者との協力意識は低いんでしょうね」
「そりゃまた、ずいぶん頭の固い連中やな」
「だからって、アルヴィスを犯人呼ばわりする理由にはならねぇよ!!」
「全くじゃ!!」
「……その偽物らしき奴のことも気になるが、俺はあの村自体になにか秘密がある気がすんな」
主従揃って熱くなる二人を落ち着かせるジャック達を見つつ、珍しく考え込むアランにアルヴィスが顔を上げる。
「……そう言えばアランさん、村の外れを見てきたんですよね。何があったんですか?」
「洞窟だ」
「洞窟?」
「ああ。入り口近くしか見てねぇがな。壁一面が水晶に覆われた洞窟さ」
不気味なほどに美しい輝きを放っていた洞窟の壁を思い起こし、アランは眉間に皺を寄せた。
「……何か気になるんだよ、あそこ」
「全く、頭きちゃうわ!」
イフィーの庵に上がりこんだドロシーは、皿に乗せられた茶菓子を片っ端から平らげながら憤る。
「助けに来たのに悪者扱いして!! おまけに寄せ集めの集団!? 何様だってのよ!!」
「……ドロシーねーちゃん、よく食うなぁ……」
次々と口の中に消えていくお菓子にウィートは呆れた様子で、すでに確保した自分の分の饅頭を頬張った。
ドロシーの怒りと手は、まだ収まる気配はない。
「それで、アルヴィスの目は元に戻ったの?」
「いえ……まだよ」
「やっぱりゾンビタトゥのせいかな……イフィー姉ちゃん?」
「一概に否定できないけど……まだ魔力の気配があるんでしょ?」
「うん」
紅茶を淹れ終えたイフィーは、ポットを運びながら向かいのソファーに腰掛ける。
「それだったら、呪いでも一時的なもの。術者の魔力が切れれば効果も消えるはずよ」
「……そうよね。アランが使われた物みたいに、永続的な呪いなら一旦術が完了すれば魔力は発動しない」
我が意を得たとばかりに頷いたドロシーは、カップとソーサーを受け取り、煎れたての紅茶を二口ほど飲み終え確信を持って言う。
「六年も前にかけられたゾンビタトゥの影響じゃないわ。………きっと」
「じゃあ、別のARMか何か?」
「おそらくね。でも術者が誰なのか、そいつの目的が何かもわからない…」
あーと唸りながら額に手を当てて、ドロシーはソファーに沈み込んだ。
「相手はアルの目を見えなくして、何がしたいのかしら……?」
「……チェスがウォーゲームの邪魔とか?」
「それは多分ないわ」
ウィートの提示した可能性を、イフィーはきっぱりと否定する。
「一度敗戦になった以上、チェスは今度こそ絶対的な力を見せつけて戦いたいはずよ。ウォーゲーム以外で、こんな直接的な妨害をしかけるとは思えない」
「あのファントムが、アルのことをお気に入りなのは百も承知だけど………前回のクローズドウィングの件もあるし、今回は無関係でしょうね」
まぁ、この事態を面白がってるかもしれないけど、と苦い表情で付け足したドロシーは「けどだったら誰よ………」と独りごちた。
「アルヴィスの偽物のことだってあるのに……」
ウィートの隣に腰掛け、イフィーはドロシーがぼやくのを黙って聞いていたが、不意に何かに気付いたように口に付けていたカップを離す。
「……ドロシー。貴方達が行った村って、何ていう場所?」
「ノクチュルヌよ。レギンレイヴの北東にある村。大陸の端っこよ」
「ノクチュルヌ…………」
「聞いたことないなぁ」
「すっごい田舎よ。余所者は全く受け付けないって感じの小さな村。ああいうのを排他的って言うのよね」
「…………」
膝の上のソーサーにカップを戻し、イフィーは長い指を口元に当てて思案する。
ひとしきり喋り終えたドロシーは、「ともかく敵の正体がどうであれ、こっちからも何か一つ仕掛けたいわね……」と段々といつもの強気な姿勢を取り戻して来た。
思考するために細めた瞳を、一瞬上に向け、ぱっと見開き、やがて微笑する。
「……ねぇイフィー。魔力を遮断するARM、あったわよね」
「……ええ」
「あれ、作ってくれない?」
お茶に誘うかのような軽い調子で言われたお願いに、イフィーは一応渋い表情を作ってみせた。
「……時間かかるわよ」
「わかってる。でもなるべく早くお願い」
「貴女には姉さんのことで迷惑もかけたしね………わかったわ。出来たらすぐに連絡する」
「……サンキュー!」
心強い言葉と表情にドロシーは笑顔になると、残った紅茶を飲み干す。
「ごちそうさま! それじゃあ私、皆の所に戻るわね」
「ドロシー姉ちゃん、大変かもしれないけど頑張ってね」
「ありがと、ウィート。じゃあイフィー、宜しくね!」
「ええ!」
「————アンダータ!」
立ち上がったドロシーの姿が、瞬時に光に包まれ消える。
数個残ったクッキーのお皿を片付けるイフィーの背に、ウィートの声がかかる。
「なんか手伝うこと、ある?」
振り返ったイフィーは、頼もしい年下の同居人に微笑み答える。
「そうね………まずはここにある材料を集めてもらえる?」
言うや否や、すぐに肯定の返事が返った。
「西の街道は特に異常はあらへんかった。街道っちゅーのに、人っ子一人歩いとらんのは不思議やったけど、そういう理由なら納得できるわ」
「本当に人の出入りが少ない村なんだね」
「……何て言うか……あんな人達もいるんスね」
「………ジャック?」
ギンタとバッボをなだめるのに徹していたジャックが、複雑そうな様子で呟いたのでスノウは訳を問う。
「メルへヴンじゃ田舎なのはパヅリカも同じだけど、パヅリカとはだいぶ雰囲気が違うなって思って」
「……そうだよな。オレとバッボが勝手に野菜食っても、ジャックの母ちゃん怒んなかったし」
「ARMショップのお嬢さんも、親切じゃったしのぉ」
「あ、でもお前盗賊に盗まれたよな!!」
「そうじゃったそうじゃった!! アヤツらくらいじゃな。ワシらに無礼を働いたのは」
真っ昼間からのされ、袋に詰め込まれた記憶を思い出した二人は、襲ってきた彼らのボスである盗賊の男へ視線を向ける。
「あいつらって、確かナナシの仲間だったよな」
「……ギンタ。男やったら、そんな昔のことで今更ぐちぐち言わんもんやで」
「しかし謝罪の一言ぐらいあってもいいと思うがのぉ」
「………確かあのノクチュルヌという村も」
本題からずれた会話を繰り広げる三人をよそに、一人考え込んでいたアルヴィスに皆が注目する。
「三日前に襲われたという話だったな」
「そっか……だから余計に私達のこと…」
住民たちの態度に、スノウは憂いを帯びた瞳にほんの少しだけ理解の色を示したが、言葉を続けていくうちに段々と表情を変えた。
「……ねぇ、そもそも犯人は、何であの村を襲ったんだろう?」
もっともだがこれまで出なかった疑問に、一同は思わず顔を見合わせる。
「そういえば……あんな田舎じゃ普通なにも無いっスもんね」
「じゃあ何で?」
スノウと同じベルの問いに、アランは隣のレギンレイヴ兵へと振り向いた。
「三日前にあった被害じゃ、村長の家から秘宝だかなんだかが盗まれたって言ってたな」
「はい」
「村長ってたしか………」
「あの無礼な態度の老人じゃな」
「秘宝って何やの?」
「ノクチュルヌに駐屯していた者の話では、決して持ち出してはならない、村に伝わる秘宝だということでした」
「……ARMか何かですか?」
「さぁ…詳しくは……」
「もしやその秘宝が、アラン殿の行った洞窟と何か関係があるのでは?」
「………かもしれねぇな」
本来頭脳労働は専門外のアランは、考えすぎて疲れたのか。鋭い光を放つ目を閉じた。
部屋に戻ってきてから、初めて取り出した煙草に火を点ける。
「まあ気になることは沢山あるが、あの村のことはアンタらに任せた方がいいな」
「せやな……自分ら結構嫌われとるみたいやし」
「……そうですか……わかりました」
アランの思惑を継いだナナシの言葉に、終始申し訳なさそうな面持ちの兵士は了承の意を示した。
「何か新しいことがわかったら教えてくれよ! あの村を襲った犯人とかさ!」
「それは勿論です。では皆様、お休みのところ有り難うございました。失礼します!」
丁寧な口調でギンタに答え、一人の合図で一同に敬礼をしレギンレイヴ兵は部屋を出て行った。
すると入れ替わりのように、部屋の真ん中でアンダータの気配が生まれる。
ブゥン……という空間が歪む音とともに、幾分すっきりした様子のドロシーが絨毯に着地した。
「——ただいまっ!」
「ドロシー! おかえり!!」
「イフィーさん、何て言ってた?」
「とりあえず、アルヴィスの目に干渉している魔力を、遮断するARMの彫金を頼んできたわ。完成までどれくらいかかるかはわからないけど、なるべく早くするって言ってたから、それまでは我慢して、アルヴィス」
「わかった。……有難う、ドロシー」
「お礼はまだいいわよ」
小さく口元に笑みを作り自分を見上げるアルヴィスに、ドロシーは苦笑する。肩のベルが明るい表情で彼に言う。
「良かったね! アル!」
「ああ」
ドロシーの知らせに張り詰めたような空気が解れ、柔らかい微笑でベルに相槌を返すアルヴィスにギンタ達の笑みが零れる。だが、未だ光を失ったままの青い瞳を認め、何人かは密かに眉を曇らせた。
→ 第五話