同じ空を抱えて〈10〉

 

 

 

  村の外れまで来たアルヴィスは、林の中にある開けた場所で足を止める。

 茶色い地面にポタリと、一粒汗が落ちる。そこまで激しく走っていたわけでもないのに、息が上がっていた。

 しばらく息を吐き呼吸が落ち着くと、耳鳴りのような感覚が薄れていく。村の方の喧噪も聞こえなくなった。

 

 ……予想できていたことだ。アルヴィスはそう自身に言い聞かせる。

 しかし村人たちの反応に、思った以上に堪えている自分に気がついた。

 アルヴィスは深々と、もう一度息を吸う。思い返されるのは、いくつもの疑心に満ちた目つき。恐怖、おびえ。

 …………あんな、子供まで怖がらせて。

 

 

「愚かな民に失望してるのか?」

 

 

 するとすぐ近くから、聞き覚えのある声が響いた。

 

 

「誰だ!」

「誰だって、理解(わか)ってもらいたい」

 

 

 弾かれたようにアルヴィスは振り返る。姿は見えない。気配もしない。

 

 

「自分を認めてもらいたい。他者の評価は気にしないと言いつつ、本心では受け入れてもらうことを望んでいる。……滑稽なことだ。人と人が完全に分かり合えることなど無いと言うのに」

 

 

 声は淡々と語りかけてくる。まるで本心を暴くように。

 いつのまにかその影は、アルヴィスの前に立っていた。

 

 

「!! お前は……っ!」

 

 

 しかし次の瞬間、影はかき消える。

 一瞬で間合いを詰め、“彼”はアルヴィスのすぐ目の前まで来ていた。

 

「なっ……!」

「魔力を遮断するARM……しかもカルデア製のか」

 

 自分とよく似た顔が、首元にするりと手を差し込む。冷たい指が肌に触れる。

 感触と眼前の光景に、思わず硬直し動けないでいる隙に、“彼”はアルヴィスがドロシーから貰ったばかりのARMを取り出した。

 

「どうりで上手く力が使えないわけだ」

 

 チェーンに通されたそれを掌に乗せ、握力を込める。

 パキンとひびが入り、ARMが砕けた。

 

「っ!!」

 

 アルヴィスの視界に再び、闇が降りる。

 

「ああ。やっぱりこうでなくちゃ」

 

 片手を広げ、ARMをその場に捨てた“彼”は満足そうに言う。金属の破片が折り重なって落ち、澄んだ音を立てた。

 視界の変化にふらついて、体勢を崩したアルヴィスを“彼”は見下ろす。見えないながらも、アルヴィスは顔を上げると“彼”を睨みつける。

 

「……お前は……あの時の……っ!」

「覚えていてくれたんだな。嬉しいよ」

 

 地下室で邂逅した人物が笑ったらしい。声とともに心底楽しそうな、その気配が伝わってきた。

 

「───アルヴィス!!」

 

 向かい合う二人の間を裂くように、村から駆けてきたギンタが走り寄る。

 二人の姿にギンタは一瞬困惑するが、不敵に笑った“彼”の姿を見て、すぐにそちらが自分たちの敵だと認識した。

 

「バッボバージョン1! ハンマーARM!」

 

 即座にハンマーを構えると、思い切り振りかざす。瞬間移動のようにしてそれを避けると、“彼”は数歩下がった位置で止まった。

 しゃがみこむアルヴィスを庇うように、ギンタは彼の前に立つ。ざざっと滑りながら足を止めると手元が光り、バッボの姿が元に戻った。

 

「無事か! アルヴィス!」

「あ、ああ」

「こいつが村を襲った犯人だな!」

 

 続いてやってきた一同が息巻くが、“彼”はなおも不敵に笑う。

 そして“彼”は後から来たスノウを見つけると、親しげに話しかけてみせる。

 

「やぁ、また会ったね」

「え?」

 

 数瞬戸惑う彼女だが、その姿と言葉の意味を理解し、唇を震わせた。

 

「あ、あなたが……まさか……?」

「そうさ」

「どういうことだ!?」

「こ、この人が……多分、今日レギンレイヴに進入した……」

「それって、さっき言ってたヤツかいな!?」

「何!? こやつがか!?」

「でも……なんでスか!?」

 

 ジャックが困惑を隠しきれずに頭を抱える。

 

 

「こいつ、アルヴィスにそっくりじゃないっスか!!」

 

 

 そう。襲撃者は、アルヴィスと瓜二つの姿をしていたのだ。

 体格から髪の色。顔の造形に、頬の逆三角形のタトゥまで。

 ただ怪しげに紅く光る瞳だけが、アルヴィスと彼が別の存在であると示していた。

 

 

「少なくとも、今アルヴィスがこんな状態になっているのはこいつのせいね……詳しく聞かせてもらおうじゃないの」

「断るね、ドロシー」

「……っ! このっ……」

 

 “彼”と同じ声と口調に、反応してしまいそうになる。嫌悪感を顔に出したドロシーは、箒に魔力を込める。

 

「ゼピュロスブルーム!!」

 

 強烈な突風を、“彼”はジャンプして後退した。そのあいだにドロシーはアルヴィスにかけ寄り、彼の体を抱え起こす。

 砂塵が晴れた隙間を狙い、ナナシが一気に距離を詰め、グリフィンランスを手に切りかかる。

 すると“彼”は、今度は手に細い棒を発動させる。

 13トーテムポールによく似た細いロッド……いや、そのものなのか?

 違うのは、そのロッドらしき物からゆらゆらと黒いオーラが出ていることだけだ。

 たがいの武器がぶつかり合い、ぎりぎりと金属音を立てて擦れ合う。

 

「……ワレ、何でアルちゃんの姿に化けとるん?」

「この姿の方が、なにかと都合がいいんでね」

「民衆たちをたぶらかすんにか?」

「へぇ、そういえばそんな使い方もあるな。考えもしなかった。……今度はそうしようかな」

「おんどれ……!」

 

 拮抗していた力が傾きナナシはランスを一気に押し込むが、“彼”は身をひねりながらロッドの持ち手を変え、その攻撃をいなした。腕力はほぼ互角だ。

 ギンタが再度、前におどり出て尋ねる。

 

「おいお前! 何でこの村を襲ったんだ! お前もファントムみたいに世界を壊すことが目的なのか!?」

 

 ギンタの方を向いた“彼”は、構えを解かぬものの攻撃を繰り出そうとはしない。口元を楽しそうに歪めたまま、彼の問いに答えた。

 

 

「壊す……そうだな。オレの目的はたしかに何かを『壊す』ことだ。それが街であっても人であっても、別に大差ない。この世界(メルヘヴン)そのものを壊そうとしているファントムの思想には、感じ入るものがあるよ!」

 

 

 そこで“彼”は、笑みを皮肉げなものに変えた。

 

 

「もっとも、どこまであいつの意思かわかったもんじゃないがな」

「……?」

 

 

 彼の言葉に、何人かは違和感を覚える。まるでファントムの思想が、彼自身のものでないような言い方だ。

 まるで裏に、別の者の意図があるような……

 

「御託ならべてるヒマがあんのか!? オラァ!!」

 

 アランが手のひらに空気を込め、エアハンマーごと地面に拳を叩きつける。

 瓦礫が飛び交う合間に視線を交わし、横から飛び出したスノウが氷を放つ。

 

「アイスドアース!!」

 

 だが“彼”は避けることもせず、全身で氷のつぶてを受け止める。

 

「な……!」

 

 絶句したスノウに、“彼”は頬から血を滴らせながら笑んだ。挑発的なそれに、スノウの表情は険しくなる。

 

「下がれ、スノウ!!」

 

 後方からの声に、素早く彼女はバックステップで下がる。入れ替わったギンタが魔力を練り、バッボの形を変形させる。

 

「バージョン2! バブルランチャー!!」

 

 すかさずランチャーを構え、大量のシャボン玉を発射する。

 バッボの形をした風船が次々に破裂し、爆風が“彼”を襲う。

 たえ間なく炸裂する爆弾にさらされるが、“彼”は猛攻を黙って受け止めている。

 

(おかしい。これほどの攻撃を受けて、苦痛の色を少しも浮かべてないなんて)

 

 いぶかしむドロシーの横で、小さな呻きが漏れる。

 

「……っ!」

「………アルヴィス?」

「……っ……」

 

 偽者に攻撃が当たるたび、どんどん血の気が引いていく顔に気付き、ドロシーはアルヴィスに声をかける。

 視線を下に向ける。白い服の端にじわりと血が滲んでいる。

 

「!!」

 

 咄嗟にドロシーが彼の上着のファスナーを下ろすと、タトゥの絡む身体にいくつもの大きな傷が生まれていた。

 

「攻撃をやめて!! ギンタン!!」

「え!?」

 

 顔色を変えたドロシーの叫びにギンタが気をとられた瞬間、シャボン玉の下をくぐるように、“彼”が低い姿勢で踏み込み近づいてきた。

 

「くそっ!!」

 

 瞬時に武器をダガーに変形してロッドを受け止めると、弾き飛ばされそうな勢いを殺して後退する。

 すかさず追い打ちにかかる“彼”の前に立ち、ナナシがギンタのフォローに入った。

 

「っ、何でだよ!! ドロシー!」

「ギンタ、アルちゃんを見てみい!」

 

 ナナシの声に、ギンタははっと後ろを振り返る。

 

「アルヴィス!?」

 

 ドロシーに支えられているアルヴィスは、体を血に染め苦しげな息を漏らしていた。

 

「どうなってんだよ一体!」

 

 ギンタを追いすがろうとする“彼”に対し、ジャックが牽制を込め後ろからアースウェイブを放つ。

 それを地中から出現した黒いポールが防ぐ。

 余裕の笑みを崩さぬまま、アルヴィスの姿をした者はジャックを見た。

 

「……やりにくいっス!」

 

 正直な感想を述べるジャックに、“彼”は反撃に出る。

 ほかのメンバーが対応する中、アルヴィスの元にかけ戻ったスノウが癒しの天使を取り出す。ドロシーはアルヴィスを支えつつ、皆の戦闘を見守る。

 

(……似てる)

 

 防戦の意味合いが強くなった戦いを見ながら、ドロシーはある出来事を思い出していた。

 

(スノウと一緒に入った、修練の門の時に似てる)

 

 以前遭遇したゾンネンズの戦士の一人、プルートが使った口紅の形をしたARM。

 他人の姿を取れるそのARMは、口紅を塗った術者がスノウの姿をしている間は、本物のスノウの体に傷がつく仕組みになっていた。

 

 (でも見る限り、そんなARMを使ってる様子はない。……なら何故?)

 

「____っと。いいのか? このまま俺に攻撃し続ければ、君たちの大事な仲間がもっと傷つくぞ」

 

 チッとアランは舌打ちをする。自分たちは決して弱くない。むしろ個々が強い部類に入るという自負すらある。

 だからこそ、“彼”の言うようにこれ以上攻撃を加えるのは、アルヴィスの命に関わると判断できた。

 

「……いったん退くしかねぇか!」

「ああ! どんなARMか知らんけど厄介やな!」

 

 悪態をついたのち、ナナシは味方メンバーへとアンダータを発動させた。

 

「アンダータ!」

 

 光に包まれる。視界から風景が消える間際、彼とよく似た声と姿で“彼”は言った。

 

 

「またな、メル」

 

 

                                                                                                                                                        

 

「──全員、無事か!?」

「ああ、何とか……」

「アルヴィス、平気!?」

「……っ、ああ……」

 

 傷は塞がっている、だが失血がひどく、青白い顔のままだ。

 体力の回復を、とドロシーがギンタに頼もうとすると、アルヴィスが息を切らしながら尋ねた。

 

「……村の、方は……?」

「え? ……大丈夫。怪我した人の治療は終わったわ。誰も死んでない」

「そう、か……」

 

 安心したのか、アルヴィスの身体から力が抜ける。そのまま彼は気を失ってしまう。

 がくんと後ろに倒れた頭を慌てて支え、ドロシーは呼びかけた。

 

「アルヴィス!! アルヴィス!!」

 



第11話

 

 

 

 

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