Re;birth 第三話
「ナナシ、こっちだ」
「ああ」
標識のない獣道を、新たに加わった同行者は迷う様子もなく進んでいく。
最初二人はナナシの来た、麓の村の人間に教えられた比較的歩きやすく(しかし遠回りな)道を下っていたのだが、しばらくして「こっちの方が近い」とアルヴィスが言い出し、言われるまま道を外れて今に至る。
どんな悪路だろうかと軽く懸念したが、頭上にかかる葉や蔓が多いだけで進むには問題ない。
似たような景色が続く森の中で、地図も見ていないのにどうして正しい道がわかるのかが不思議だが、アルヴィスは何となくわかると言う。
人間には感じられない何かが、精霊の鋭敏な感覚にはしっかりと捉えられるのだろう。
同時に、この土地にアルヴィスが愛されていることも理由の一つだと、ナナシには思われた。
森がナナシたちを歓迎しているようなのだ。
樹上ではたくさんの枝が大きく広がっているにも関わらず、太陽は二人の足元を照らしてくるし、陰ることもない。
明るく光った緑の繁みから動物たちが顔を出して、案内をするかのように二人の周りを共に歩く。
いつの間にか、かなりの大所帯で二人は移動していた。
また一羽、小鳥が飛んできてアルヴィスの手元に木の実を落とす。
「有難う」
柔らかく微笑んだアルヴィスに、黄緑色の小鳥はどういたしましてと言うようにさえずり、木の上に戻る。
後ろから走ってきたリス達が、アルヴィスの肩に身軽によじ登った。
冗談みたいな光景に呆気にとられつつも、動物たちと会話する生き生きとした表情のアルヴィスを見守る。
ベルちゃんが見たら、嫉妬するやろうなぁ。
心配性でヤキモチ焼きな妖精が頬を膨らす様を想像し、ナナシは口元を緩ませた。
アルヴィス達のお陰で、行きの約半分の時間で村に着くことが出来た。
「宿に荷物預けてるからな。まずはそれ取りにいこ」
「…………」
森の獣が入らないように、何本か杭が打たれた村と森の境でふたたび進み出すナナシを余所に、アルヴィスは足を止める。
「? どないしたん?」
「………」
後ろを付いてくる足音がないので振り返ると、アルヴィスはえも言われぬ表情でこの先に存在する村を見ていた。
少し前までの生き生きとした様子は鳴りを潜め、白い上着の胸元がぎゅっと掴まれる。
「………ナナシ。オレは先に行っていてもいいか?」
「え?」
「オレはここ、あまり好きじゃなくて」
答えながら、アルヴィスは居心地悪そうに視線を辺りに彷徨わせた。同時に彼の手の力が、端から見ても増した気がした。
笑ってはいるのだが、その表情はどことなく固いものにも見受けられる。
「村を出たところで待ってるから」
「あ、ああ……わかったわ」
意思は固いらしく、有無を言わさぬ口調で言い切ったアルヴィスは「すまない」と言葉を残して近くの繁みに消えていった。村の中は通らず、迂回するらしい。
あの洞窟から出て初めて訪れる村だ。てっきり張り切って見物をするものかと思ったのに。
「………どないしたんやろ」
首を捻りつつも、用を済ませるべくナナシは村に足を向けた。
宿屋のドアを開けたナナシを見て、気の良い主人が笑って声をかける。
「お、兄ちゃんおかえり! どうだい、俺が言った通りお宝はなかっただろう?」
「ああ………ま、そやねぇ」
まさか彼らの祀っていた精霊と知り合いになった上に、一緒に旅をすることになったとは言えず、ナナシは適当に言葉を濁した。
……そうか。だからアルちゃんは村に入るの避けたんかもなぁ。
「新しい割に何もなくて……宝と言えるもんはこれだけやった」
ナナシはポーチの奥から、洞窟で採掘した大きな水晶を取り出した。するとそれを見た主人が大きな笑い声を上げる。
「あはは! 水晶(それ)はここじゃ珍しくないよ。余所で買い取ってもらいな!」
「……やっぱそうやろなぁ。それじゃ預けてた荷物を頼むわ」
「はいよ! 今出すから待ってな」
主人が背中を向いて棚の下にある金庫を開け、バックパックを取り出すのを待ちながら、ナナシはもとの様に水晶を布で丁寧に包み、カウンターに置いた。
「……あそこに祀られてるのって、何の精霊やったっけ?」
「何だ兄ちゃん、知らないのかい? 雨だよ、雨」
「雨?」
「昔、日照りで何ヶ月も雨が降らない時期があってな。この辺りの水源は湖なんだけど、それすらも干上がっちまったことがあったらしいんだ」
「ほぉ……」
「そんなこの地に雨を降らせて、再び水をもたらしてくれたのが、この村で祀られてる精霊さ」
「……雨か……」
雨の精霊ならば、魔法の属性は“水”のはず。
しかし当の精霊であるアルヴィスが使った魔法の属性は、“水”でなく“風”。加えて火属性のものも使えると言う。
強力な精霊や魔法使いなら、複数の属性を扱える場合も多々ある。しかし雨の精霊が“水”と“火”というまったく相反する力を簡単に使えるものなのだろうか?
(まあ、髪とか瞳の色はそれっぽいけどなぁ…)
知らず人を魅了するあの高貴な青を思い出して、ナナシはこっそり息を吐く。
「どんな姿しとるんや?」
「さあなぁ。見たって人はいないから、わかんねぇなぁ」
「さよか……よぅわかったわ。あとおっさん、この村に青い髪の男の子おるか? 十歳くらいの」
石をバックパックの方にしまいつつ、人気のない遺跡で花を摘んでいた少年の存在を思い出しナナシは主人に尋ねる。
「青い髪……?」
「ああ」
「う〜ん……俺は知らないねぇ」
「そうか……ありがとうな。世話になったわ」
「おう! 何もねぇとこだけど、次来たときはまた泊まってくれよ」
屈託ない笑顔に見送られて、ナナシは村に一件しかない素朴な作りの宿屋を出た。
「精霊? ああ、お山の雨の精霊ね」
「雨の精霊様でしょ? 知ってる知ってる!」
「子供……? いや知らんなぁ」
「この村に、そんな髪の子はいないよ」
「雨の精霊が好きな色だね」
村人とすれ違うたびに、精霊と青い髪の子供のことを聞き続けたナナシに、何人目かの子供がそう言った。
「好きな色?」
「うん! 死んだおじいちゃんが言ってた。青は雨の精霊が好きな色だって」
「それって、水が基本青色やからか?」
「よくわかんない。おじいちゃんは精霊に会ったことがなかったって言ってたし」
「……おじいちゃんはっつーことは、君のおじいちゃんの知り合いには、精霊と会うたことがある人がおるんか?」
「おじいちゃんのおじいちゃんが小さい頃、山から精霊が降りて雨を降らしてくれたんだって。その時精霊を見たって言ってたって、おじいちゃんが言ってたよ」
祖父の祖父の幼少時…ということは、ざっと見積もって今から百年から百二十年ほど前。
“百年間眠っていた”と言うアルヴィスの話にも符合する。
……ということは、やはり彼はこの地に宿る雨の精霊なのだろうか。
「精霊? …… ああ、お山に祀られてる雨の精霊だね」
村を半分も歩いた頃、畑で春の種蒔きをしていた老婆にナナシは同じ質問をした。
「昔、この村に雨が降らない時が……」
「その話は知っとるからええんや! お婆ちゃん、ほかに何か知っとることない?」
作業の手を止めた老婆が、他の村人に何度も聞かされた長い話をしそうになったのでナナシは慌てて問いを重ねる。
「ほかって……何をだい?」
「例えば、どんな姿やー? とか、どんな魔法使うー? とか」
「姿や魔法とかは知らんなぁ……」
「さいでっか………」
これまでのものとほぼ同じ答えに、徒労も重なってナナシは肩を落とす。
「精霊に生け贄を捧げたとかいう話なら、婆さんから聞いたことあるけどねぇ」
柱に囲われた不思議な空間が、脳裏をよぎった。
「………何を?」
「生け贄だよ」
小さな遺跡の中心にあった……そう、祭壇と呼べそうな場所。
「雨をちゃんと降らしてもらう為にね。村から生け贄を出したんだってさ」
籠に残った野菜の種を、老婆は再び近くに蒔く。
「あたしの婆さんが子供の頃に、同い年ぐらいの子供が捧げられたって言ってたよ」
「………」
「随分と前の話だからねぇ。その頃を知ってる人はみんな死んじまったさ」
花を抱えていた少年の姿が、目の奥から掻き消えた。
「………その子供はどうなったんや?」
「さあねぇ。けどそれから暫くして村に雨が降ったって言うから、お役目を果たしたんだろう」
「…………」
「……可哀相な話だよね、生け贄なんてさ」
乾いた風が吹き付ける耳に、老婆の漏らした言葉が妙に強く響いた。
「……あ、ナナシ」
先の発言通り、村の出口から通じる道の端で、石に腰掛けていたアルヴィスが顔を上げた。
肩や頭に乗るたくさんの小鳥達を見るからに、待っている間、彼らとお喋りをしていたようだ。
「待たせたな」
「ううん、それじゃあ行こう」
「ああ」
平静を装うナナシに疑問を抱くこともなく、アルヴィスは至って普通の様子でナナシの隣を歩き出す。
この少年は、幼い子供を糧に雨を降らせた精霊なのだろうか。
あるいはそれとは関係のない、別の精霊か何かなのだろうか。
正体を推し量るナナシの横で、癖のある青の髪が揺れた。
第三話 終
→ 第四話
ちょっと小休止的な話。短いですが、先への伏線を多数入れたものです。
アルヴィスの正体が何なのか。それが今後二人の関係にどう影響してくるのか。いずれにせよ、旅はまだ始まったばかりです。
…そう、始まったばかりなんですよ。まだ山を下りただけなんですよ(苦笑)
元々「麓の村編」だけで一話にする予定だったんですけど、前の二話に比べて短すぎですよね。
反動で次は恐ろしく長くなると思います。多分前・後半に分かれます(極端すぎる)。
まだまだ先は長いですが、彼らの旅路を見守って頂けたらなと思います。
最後までご拝読下さり、有り難うございました!
2011.1.24