冷たい海【6】
「見てみな? ギンタ」
ファントムが手に持つARMに再び魔力を込める。
すると、彼らの周りの風景が変わった。
どこまでも暗く、深い、冷たい空間
一瞬、ギンタは丸い形をした小さな光のようなものが漂うのを見た。
「!?」
ここは何処だ、と止まりかけた思考回路が動き出した途端、周囲は先程までいた街へと戻った。
「アルヴィス君は、弱い自分を騙して、強くあろうとした。そして君たちも、彼が強いと信じようとした。弱さを見ようとしなかった。……今のが、その結果さ。ここまで闇が深くなれば、彼の心にもう、声は届かないだろうね」
「“今の”って……てことは、あれはアルヴィスの!?」
思わずファントムを振り仰ぐと、彼は同意をする様にほんの少し目元を細くした。
「……アルヴィス」
ギンタは抱えたままのアルヴィスの顔を見た。
辛そうに顔を歪め、痛みに耐えるかの様にぎゅっと閉じた瞳。
……今まで自分の前で、彼が見せることのなかった表情。
……どれだけのものを、自分より少し大きいだけの、この小さな身体で抱えていたのだろう。
ギンタはくっと歯を食いしばり、彼を強く抱きしめた。
ドオォン……という音ともに、地面がかすかに振動する。
同時にギンタは慣れた魔力の気配を感じ、俯いたまま、仲間が近くまで来ていることを知る。
同じくそれに気付いたファントムは、音の聞こえた方を目だけで見やり、
「そろそろ、かな」
と、口の中だけで呟いた。
そして、視線をギンタへと戻すと、静かに微笑みながら言う。
「僕の言いたいことは以上。わかってくれたかな? ギンタ」
俯いたままギンタは何も反応しない。
それをファントムはイエスと捉える。
「わかってくれたみたいだね。それじゃ、僕はこれで」
そう言い、瓦礫の散らばる道をじゃりじゃりと音を立てながら歩いていく。
すると。
「ファントム」
突如空間に響いた声に、ファントムは足を止めた。
顔を上げたギンタの表情は、決して強いものじゃなかった。
それでも、自分の視線をそらさず、その瞳は見返してくる。
何度でも。
ああ、あの男に似ている。
理想を掲げ、自分に挑み、相打ちで散った、
メルへヴンの希望となった男に。
「お前……何がしたかったんだよ」
一瞬感じた既視感を表情には一切出さず、ファントムは続くギンタの言葉を待つ。
「アルヴィスが苦しんでたの、わかってたんだろ。わかってて何で、余計に苦しませるようなことしたんだ!」
似たような言葉を、昔言われた気がする。
「何でって……」
だから、当たり前のように、ファントムは言葉を紡ぎ、
「美しいものが壊れていくのは、とても楽しいだろう?」
今までにない程、とても楽しそうな笑みを浮かべた。
「……お前……!!」
一瞬で身体が沸騰しそうな怒りが全身に沸き起こった。
出来ることなら、目の前の奴をぶん殴ってやりたい。それも二、三発でなく、エンドレスで。
しかし、両手が塞がっている今じゃ何もできない。
いや、仮に空いていたとしても、今の自分の魔力じゃ、奴にはかなわない。
「……くそっ!!」
どうしようもない無力感。
それに支配されながら、ふと思った。
アルヴィスも、ずっとこんな気持ちを感じていたのだろうか、と。
呪いから自由になれない身体と、壊れかけた心を抱えたままで。
「ファントム!!」
慣れ親しんだ声にギンタははっとして声の方を見た。
「うおおおお!!」
グリフィンランスを発動させたナナシが、ファントムへと切り掛かる。
それをファントムは軽やかなステップで避ける。
常人ならば普通避けられない速さで、尚もナナシはランスを回すが、対するファントムは最小限の動きでそれをかわしていく。
「ナナシさん!!」
叫ばれた声に反応したナナシは、ランスを使い高く跳躍する。
炎で照らされた夜空に、赤いバンダナが舞う。
「はあっ!!」
走りながらやってきたスノウの掌から、無数の氷の刃がファントムへと向かっていく。
広範囲に広がり、避けきれないそれらを、ファントムは右手を上げシールドを作ることで防ぐ。
シールドを通して見える、甲高い音を立てながら砕かれ、弾かれていく氷の粒。
その下に、大きな割れ目が走った。
「!」
後方から出されたアースウェイブを、空へと逃れることで無効果する。
と、次の瞬間。
「どこ見てるんや、ワレ」
頭上にバンダナが赤く揺れ、
「っ!!」
グリフィンランスが獲物を見つけて輝いた。
絶対逃げられない上空からの猛攻。
ファントムは眼光を険しくし、自由が利かない筈の空中下で身体を回転させた。
そして、下降していくナナシに向かい魔力の弾丸を飛ばす。
それにランスで弾き落とし、危なげなくナナシは着地した。
「あの攻撃をかわすなんて……」
氷の剣を右手に発動させながら、スノウが驚きを隠せない表情で呟く。
「やっぱ避けられたか。流石、チェスの司令塔さんや」
軽口を叩きつつも、隙は作らずに構えをとるナナシ。
「スノウ、ナナシ……」
あっというまの出来事に吃驚したギンタが名を呼ぶと、二人はギンタの姿を認めて微笑んだ。
「遅くなってごめんね」
「真打ちは遅れて来るもんやから、堪忍なギンタ」
「__大丈夫っスか、ギンタ!!」
遅れて聞こえて来るジャックの声と足音。
メルのメンバーが、集結した。
→ 第七話