冷たい海【7】

 

 

 

「ファントム」

 

 砂まじりの足音をさせて、前へと進み出るアランが低い声で問う。

 

「ウォーゲーム中の街の破壊はルール違反だったはずだ」

「今回は僕の指示じゃない」

「だとしてもてめえの責任だ。部下の管理も司令塔の仕事だろ?」

 

 アランはそこで、言葉を切り、ギンタの抱えたままのアルヴィスを見る。

 

「アルヴィスに、何をした?」

 

 その言葉に、無意識にぎゅっとアルヴィスを抱きしめる腕を強くするギンタ。

 

「君たちに答える必要があるのかい?」

「当たり前よ、私達はアルヴィスの仲間だもの」

 

 空から舞い降りたドロシーが、ゼピュロスブルームを構えて不敵に笑う。

 

「それとも答えられないって言うの?」

 

 そんなドロシーを冷たい眼で見やったあと、ファントムは溜め息を一つ付いて肩をすくめる。

 

「……仲間、か。話にならないね」

「……何やて?」

 

 ナナシの台詞にファントムは再び顔を上げて話を続ける。

 

「彼がそんな風になった理由に、君たちは気付くこともないんだね」

「……理由?」

 

 そんなことは明白だとばかりに話すファントムに、スノウは訝しげに言葉を繰り返す。

 

「ねぇ、ギンタ?」

 

 笑って言われた皮肉に、反論できないギンタは歯ぎしりする。

 

「彼の罪を教えてあげたのさ。このARMでね」

 

 手に持っていたARMを、メルのメンバーに見える様に持ち上げる。

 金属のかすかな音が響いた。

 

「君は知ってるんじゃない? クイーンの妹」

「! それは……」

 

 驚愕に目を見張るドロシーは、どこか苦しそうに見える表情になる。

 

「ドロシーちゃん、なんやあれ」

「……ディメンションARM『クローズドウィング』。カルデアから盗み出された物の一つよ」

 

 ナナシの問いに答え、ドロシーはささやく様な声で呟く。

 

「やっぱり、ディアナが持っていってたのね……」

 

 しかし、一瞬見せた弱い表情はすぐに消え、目の前のファントムを強い視線で見据える。

 

「そのARMで、アルヴィスの心を揺さぶったのね」

「違う、僕は事実を彼に教えただけ。彼をここまで追い込んだのは、彼自身の弱さだ」

 

 ARMの能力を知らないメンバーは押し黙り、厳しい表情で彼らの会話を見守っていたが、その言葉に表情を硬くさせる。

 

 

「愚かだね。弱い彼も、彼の弱さに気付けない君たちも」

 

 

 アルヴィスがこうなるまで気付けなかった自分たちを思い返し、メンバーは思わず唇を噛んだ。

 身を支配する後悔とやるせなさ。

 その時、黙っていたギンタが静かに言った。

 

 

「…………そうかもしれない。でもそれは、悪いことじゃない」

 

 

 俯いていたスノウやジャックが顔を上げる。

 その視線を浴びながら、ギンタは強い意志を持ってはっきりと言った。

 

 

 

「だって、弱いから人は強くなれんだろ」

 

 

 

 

 自分の無力さに、その存在の小ささに時に涙して

 

 

「夢や理想に追い付かないのが悔しいから、俺たちは強くなろうとするんだ」

 

 

 

 叶わなかった願いや、届かない祈りを抱いて

 

 

 

「明日になったら、もっと強くなった自分に会えるように」

 

 

 

 その想いを、明日の自分に託すのだ。

 そんな自分を少しでも誇れるように。

 

 

 

 ギンタの言葉を聞いていたスノウの表情が、力強いものへと変わる。

 

 

「……うん。うん! そうだよ、ギンタ!」

「……そうっスよね。だからオイラ達は強くなったッス!」

 

 

 ジャックも再び、バトルスコップをファントムへと向ける。

 その様子にふっと肩の力を抜いたドロシーは、楽しげにゼピュロスブルームを持ち直す。

 

 

「クサい台詞やけど……真理やな」

「そういうことだ」

 

 

 ナナシとアランも、不敵な笑みを浮かべてファントムを見る。

 

 

 

「もしかしたら、明日……いや、次の瞬間にも命が尽きるかもしれないのに、それでも君は強くなると言うのかい?」

 

 

 

 人それぞれに残されている時間は、もしかしたらたった一瞬かもしれない。

 その一瞬の為に、人は

 

 

 

「なる! 今は無理だけど……次会う時、俺は必ずお前をぶっ倒す!!」

 

 

 刹那の命を、燃やし尽くすのだろう。

 

 

 

 

 メンバーの視線を静かに受け止めていたファントムは、しばらくしてふっと肩の力を抜き息をついた。

 

 

「なるほど……僕はやっぱり、君たち人間が嫌いだよ」

 

 

 死ぬ瞬間にも生の匂いに溢れてる君たちが。

 

 

「臭くて臭くてたまらない」

 

 

 軽蔑するような視線を送った後、ファントムは表情を和らげ魔力を放出させる。

 ディメンションの効果だろうか、一瞬の間にファントムの姿はかき消えた。

 

 

『君が言ったことが本当になるのか、楽しみに待っているよ。ギンタ』

 

 

 最後に残った言葉が、残した主のいない空間に反響した。

 

 

 

→  第八話