冷たい海【2】
「あ〜いい天気だなー」
空は真っ青。時々肌に触れる風が気持ちいい。
ギンタは城の近くの森の中を、のんびり散歩をしていた。
いつも彼の傍らを跳ねているバッボは、今日はいない。
なんでも、ダンディーな男のシブさを学ぶため、ガイラの元で修行しているらしい。
「修行て言ったって、ケン玉が何する気だ……」
ジャックはパノとデート。
スノウはベルとショッピング。
ドロシーはARM集めで、ナナシはナンパ。アランのおっさんは昼寝。
めずらしく、ギンタは一人だった。
耳をすませば、鳥のさえずりや川のせせらぎ。
見上げれば、光の差し込む暖かい空間。
思いっきり、空に向かって伸びをする。
「ずーっと修行ばっかりだったから、こんなのも久しぶりかもな〜」
さくっさくっと足音をさせながら、川沿いに歩を進める。
そうしてしばらく歩いていると、大きな木陰に人の姿。
「ん?」
大樹にもたれかかって目を閉じているその人物は、
「あ」
メルのメンバーで仲間の、アルヴィスだった。
「アルヴィス!」
オレが声をかけると、アルヴィスはゆっくりと目を開けた。
眠いのか、彼は少しぼんやりとした目でオレを見上げてきた。
「……ギンタか、こんな所で何をしているんだ?」
話す言葉も、いつもよりゆっくりだ。
……寝ぼけてんのかな。
「散歩! せっかくの休みだし、ずっと修行もつまんないしな」
答えながら、ギンタはアルヴィスが背もたれにしている木に寄りかかった。
「アルヴィスは? 寝てたのか?」
「……いや……」
「?」
「目を閉じていた」
「……それ、寝てたって言わねぇ?」
返って来た言葉に呆れて言うと、アルヴィスはバツが悪そうに横を向いた。
そんないつもと違った態度が、とても新鮮でギンタは思わず笑った。
「何だよ、やっぱり寝てたんじゃん」
「間違ってはいない」
「そんなムキになんなよ?」
笑い続けるギンタをみて、アルヴィスも困ったように笑い出す。
「……ふふっ」
「あはははっ!」
しばらく二人で笑い合っていたら、アルヴィスはふと笑うのをやめた。
「……ギンタ」
「お前がここに来てから、どれくらい経つ?」
「え?」
なんでいきなりそんな事を聞いて来るんだろう?
「うーん……二ヶ月くらい? 修練の門にも入ってたから、よくわかんねーけど」
「そうか……もうそんなに経つのか……」
空を見上げて話すアルヴィスは、どこか懐かしい様な口調。
そんな昔の事でもないのに、なんかジジイみてぇだ。
「出会ったばかりのお前は、ARMの使い方すら知らなくて、どうしようもないくらい弱かった」
「うっ」
それは確かに否定出来ない。あの頃はバッボを普通に投げてたし。
「でも今じゃ、ナイトクラスと対等に渡り合える」
「強くなったな」
そんな事を言われるとは思ってもみなかったので、思わず彼の顔を見ると、アルヴィスは立っているオレを見上げて微笑んでいた。
何か照れくさくて、鼻の頭をかきながらとりあえず話を続ける。
「……お前がオレを褒めるなんて、初めてじゃないか?」
「そうかもな。でも本当の事だろ。お前だけじゃない。スノウやジャックも、最初に比べたら随分頼もしくなった。……正直驚かされるよ、お前たちには」
そう言葉を結んだ所で、彼をまた空を見上げながらこう言った。
「そうやってお前は、どんどん成長していくんだな。今も、そして、これからもずっと」
「ああ……オレたちは、どんどん強くなるんだ。スノウも、ジャックも、お前も」
その言葉に驚いたのか、アルヴィスは目を見開いてこう呟いた。
「……オレも……?」
……やっぱ寝ぼけてんじゃねぇか? コイツ……
「当たり前だろ。お前さっきから他人事みたいに言ってるけど、お前だって強くなるんだ。俺たちみたいに」
ちょっと胸を張って言った俺を、アルヴィスはしばらく見つめていたけれど、やがて視線をはずした。
「…………ああ」
そうして返って来た言葉も、やっぱりゆっくりで。
「そうだったな」
その声は、青空の中に染み渡るように響いた。
「そうだったなって……お前やっぱり寝ぼけてるんだろ?」
「……そうかもな」
「ぜってぇそうだよ!」
突っ込むオレをアルヴィスは見上げて、
また笑った。
その笑顔は
笑っているのに、どこか儚げで
一瞬だけだけど、目に焼き付いた。
姿は確かなのに
その存在は、どこまでも青い空に溶けてしまいそうだった。
そのときのオレは、アルヴィスがなんでそう見えたのか
まだわからなかったんだ。
→ 第三話