冷たい海【1】
───レスターヴァ城の司令室。
青白い灯りが怪人と呼ばれる男を照らす。
その男が手にしているものも、光が当たってきらりと反射する。
硬質な足音を響かせて、ペタが玉座へとやって来る。
「ファントム、そのARMは?」
「これかい? クイーンがカルデアから頂いた物さ」
ファントムは手に持ったARMを改めて見やる。
「おこぼれに預かってね」
手のひらの中で遊ばせると、それはチャリッと小さく音を立てた。
中心に据えられた鋭く尖った水晶。
そして、それを包み込むように広がる羽。
まるで、奥深く隠すみたいに。
しばらく興味深そうにARMを見、とりあえず、といった風にペタは問う。
「……ウォーゲーム中は手出ししない決まりでは?」
「僕が直接手を出すつもりじゃないよ」
心外だなぁと少し笑いながらファントムは言う。
「……我慢できないポーンやルークたちが、そろそろ暴れまわる頃合いですね」
泳がせておくのですか?とペタは言外に聞く。
「何事にもきっかけは必要だからね。好きなだけ暴れてもらおう」
「メルの連中が文句をつけてくるかもしれませんが」
ペタが何を言っても、この男は姿勢を変えないだろう。
いや、ペタは彼のすることがどんな事であっても、異存はないのだ。
わかっていてなぜ問うか。知りたいからだ。
今回の彼の目的は、何なのか。
「彼らがわめいた所で、どうにかなる問題じゃないだろう。僕らの出番はまだまだ先なんだし。ちょっとした余興さ」
余興、とペタは小さく言葉を繰り返す。
それが今回の彼の目的、彼の理由。
ふっと笑う。それを見つめる彼も笑う。
顔を見合わせてお互い、どちらからともなくまた笑い合う。
「それもそうですね」
「だろう?」
大事な事はひとつ。自分たちが楽しいかどうかだ。
壁にかけられたマジックミラー。
今は何も映していないその場所に、己の所有印を与えた少年を思い描く。
「どんなものを見せてくれるのかな?アルヴィス君」
そう呟く口元は、楽しそうに笑っていた。
───ズキィッ。
「くっ……」
突如襲ってきた痛みに、アルヴィスの体はぐらついた。
そばに居る小さな妖精に、気づかれないように呼吸を整える。
「……アル?」
会話が不自然に途切れたせいだろう。
飛び回りながらたわいもない話をしていたベルが、心配そうに声をかけてくる。
「どうしたの? タトゥが痛むの?」
心配させたくないから、こんな時、アルヴィスはいつも否定の言葉を紡ぐ。
「ううん、大丈夫だよ」
「本当に?」
しかし彼がよく無理をすることを知っているベルは、まだ納得できない様子だ。
そんな彼女を安心させるように、アルヴィスは微笑む。
「大丈夫」
その笑顔に、ベルはほっとして息をつく。
でも、しっかりと念押しはする。
「無理しちゃ駄目だからね!」
「うん」
ちょっぴり怒った風に言うと、アルヴィスはいつもの笑顔で返してくれた。
その笑顔を見て、ベルはまた幸せな気持ちになった。
暖かい日の光の下、二人で笑い合う。
こんな穏やかな時間が今日も続きますように、と
願わずにはいられないベルだった。
安心してくれたベルと笑い合いながら、アルヴィスは内心ため息をついていた。
先ほど痛みを覚えた腕に、小さく手のひらを這わせる。
慣れたはずの痛み。それすら我慢出来ないなんて。
顔に出してしまって、こうして彼女を心配させてしまうなんて。
…………駄目だな。
自己嫌悪の思考に落ちる。
自虐的な考えは良くないと思いつつも、自然と体は俯いていた。
「アル?」
再び黙り込んだアルヴィスに、ベルがまた声をかける。
慌てて顔を上げると、ベルの顔は、少し不安気で。
ほら。
また彼女を心配させてしまう。
「ごめん。少しぼーっとしてただけだ」
彼女に笑いかけながら、アルヴィスは心の隅に黒い気持ちが広がっていくのを、
どうしても、抑えられなかった。
なぜ、俺は
レギンレイヴの国境近く。
丘の下に広がる小さな街を見下ろしながら、ある集団が会議を行っていた。
集団の数は三十人程度だが、そのどれもが禍々しい魔力を放っており、彼らの体には銀色のARMが輝いている。
「……おい、本当にやるのか」
「なに今更怖じ気づいてんだよ」
「しかし、ウォーゲーム中の決まりを破ったら、ファントムに制裁されるかもしれないぞ」
「ファントムなんか知った事か。それに、ナイトの奴らは気づいていても何にも言ってこねぇ。黙認ってことだ」
「ここ数ヶ月、俺たちはずっと我慢してたんだ。少しぐらい暴れても、罪じゃないだろうよ」
「────よし、行くぞ!」
「久しぶりに楽しむぜ!!」
民に恐怖を与える、チェスという名の集団は、何ヶ月ぶりかの咆哮を上げた。
事態は、静かに動き出す。
→ 第二話