アルヴィスの七日間の休暇 6
*今回のエピソードには、オリジナル設定が含まれています。
アルヴィスの過去、故郷に関することなどを捏造していますので、オリジナル設定が苦手な方は、読まずに次の話に飛ぶことをお勧めします。
なお、飛ばしても話のつながりには問題ありません。
良ければ、スクロールしてお楽しみください。
翌日。休暇の最後の日。
昼に近い時刻にたどり着いた場所で、目立つ容姿を隠すために被っていた頭のフードをアルヴィスは下ろした。
「アルヴィス、ここって?」
「………」
そこはレギンレイヴからやや離れた位置にある、小さな町。
アルヴィスがクロスガードに入る前、幼い頃に暮らしていた、故郷とも呼べる土地だった。
町のメインストリートである、しかしこれまで目にしてきた街々よりずっと小さな往来をアルヴィスはただ歩く。幼子の頃に走った道を、一歩一歩踏みしめながら。
町には、焦げ付いた柱や崩れた住宅など、確かに戦争の名残が見て取れた。
だがアルヴィスの記憶にあるものより、風景も建物もずいぶんしっかりしたものへと変わってきていた。
その中を忙しそうに、人々が通り抜ける。皆アルヴィスに気づかぬ様子で、それぞれの仕事に精を励んでいた。すれ違う合間に目を凝らしてみれば、見覚えのある顔も多かった。
……きっと今回の戦争が終わったことで、ほかの街へと移っていた人々も戻ってきたのだろう。
まだ完全に元のようにとまでとはいかないが、この町も少しずつ復興してきているようだ。
その光景に、アルヴィスの中で何かがそっとほころんだのを感じた。
長いあいだ。心のどこかでひっかかり、解けずにいた糸がほぐれたような、そんな心地を覚えた。
その感覚に満足げに微笑したアルヴィスは、誰とも会話せずに街の反対側の出入り口まで来る。一度振り返って故郷の町を見据えたのち、傍にいたベルに「行こうか」と言い立ち去ろうとする。
「アルヴィス!」
その時、誰かに呼び止められた。アルヴィスはもう一度、背後を振り返る。心なしか驚いた表情で、その場で立ち止まる。
ベルが数歩分、彼の前に出てみると、町の奥から大急ぎで走ってくる影があった。
誰かが息を切らしてこちらにかけてくる。
「アルヴィス! やっぱりアルヴィスだ!!」
「○○……」
走ってきたのは、素朴な印象を与える服装をした年頃の少女だった。少年から青年へと変わりかけている彼と、ちょうど同じくらいの年齢だとベルは気付く。
驚いた様子のアルヴィスが口にしたのは、ベルの知らない名前だ。
「久しぶり! 元気にしてた?」
「ああ、まあ」
屈託なく話しかける少女は、アルヴィスの数少ない昔の知り合い。
かつて同じ町で暮らした、幼馴染と言える存在の一人だった。
急速によみがえる懐かしさに、アルヴィスは表情を柔らかくした。そんな彼を認めて、ベルは少しだけ不機嫌そうな顔を作る。だが、会話に口を挟むことはなかった。
和む場に、もう一つの声が加わる。
「おい、アルヴィス!!」
「……××」
今度は少年だ。年はやはりアルヴィスと同じくらい。背は彼よりも高く、日に焼けた顔にすらりと伸びた手足が目立つ人物だ。
「六年ぶりだな。戻ってたのか」
「ああ」
「大きくなったねアルヴィス。すごく格好良くなった」
「……そうか?」
「まぁ、背はまだ俺の方が高いけどな」
「…………」
勝ち誇った顔で言う彼を、アルヴィスはしかめっ面で睨みつける。そのやりとりに、少女がふふっと笑いをこぼす。
顔を見合わせているうちにおかしくなり、誰からともなく笑ったところで、少女と少年は話を切り出した。
「見てたよ、ウォーゲーム」
「……」
「オレが言うのも何だけど……大変だったみたいだな」
アルヴィスは無意識に、もうタトゥのない腕へと片手をやる。
その仕草にすっと瞳を細めるベルと同じように、幼馴染たちも労りを込めた眼差しになる。考えたのち、先に口を開いたのは少年の方だった。
「……この間のチェスの襲撃で、今度こそダメだって、くじけそうになった。六年かけて立て直してきた町を、あんな簡単に壊されて、諦めそうにもなった。
……でもウォーゲームでお前が戦ってるのを見て、俺たちも頑張らなきゃって思ったんだ」
いささかぶっきらぼうな印象のある彼が、一つ一つ丁寧に語る言葉を、アルヴィスは目を大きくして聞いていた。後を継ぐように、少女も言葉を添えた。
「そう。大人たちに頼るだけじゃない。私たちだって、あれから成長したんだもの。自分に出来ることをしなきゃって思ったの。……あなたに負けないようにって、いつも言ってたんだよ」
秘密を打ち明けるように、そっとした響きを乗せて少女は微笑む。
隣で恥ずかしそうに口元を上げた少年と一緒に、少女はなおも驚きの表情で二人を見つめる彼の名を呼んだ。
「アルヴィス」
たくましくも、けれど自分たちと少ししか大きさの違わないARMを着けた手を取り。
握りしめながら、笑顔で告げた。
「この世界を、守ってくれてありがとう」
「────じゃあ、またね!」
「……ああ」
「たまにはこっちにも顔出せよ。気長に待ってっからさ」
「…………ああ」
少年と少女は名残惜しそうに手を振って、それぞれの日常に戻っていった。
一歩引いた場所で、幼馴染みたちの再会を見ていたベルは、アルヴィスの横へと戻ってくる。
二人を見送ったまま、立ちつくす彼を仰ぐ。けれどいつものように顔を覗き込んだりはしなかった。どんな表情をしているか、見なくてもわかったからだ。
優しい笑みを浮かべて、ベルは小さな声で言った。
「……良かったね。アルヴィス」
アルヴィスはしばらく返事をしなかった。
やがて心の底から、と言った様子で、 感慨深げに答えた。
「…………うん」