アルヴィスの七日間の休暇 7
故郷と呼べる場所をあとにしたアルヴィスは、レギンレイヴ城へと戻ってきた。
城へと入り、顔馴染みの兵士たちと挨拶を交わしたのち、バルコニーへと赴く。
戦時中からのお気に入りの場所に立ち、アルヴィスは柱の傷をなぞる。かつて己が刻んだ文字が、指の先で存在を主張する。
『思いを継げばそれはけして消えない。それが希望』
かつてダンナから受け継いだ、アルヴィスの中で光となっていた言葉。
そしてダンナがしたように、自分がこの言葉を託した日のことを思い出した。
ダンナと同じように、世界を救ってみせると言ってのけた彼。
希望を継ぎ、伝説を体現した少年。
かけがえのない友。
『メルヘヴンが好きか?』
『当たり前だ!』
ギンタ。
「……ベル」
「なあに?」
「オレ、やっぱりこの世界が好きだ」
アルヴィスは、何も言わずに、ずっとそばにいてくれた彼女に続ける。
「この世界を守りたい。これからも、ずっと」
ベルはアルヴィスの背中を、横顔を見つめる。
闇に蝕まれてもなお、煌めきを失わなかった眼差しをじっと眺める。
……六年前。まだ幼かった少年は、幾多の経験を経て成長し、その澄んだ瞳にいろんなものを映してきた。
世界がけして、美しいものだけで出来ていないことを知った。
……それでも。
この世界が、人が、大好きだと。
ちっぽけな体で感じた沢山の経験が、そう、アルヴィスに語りかけていた。
……積み重ねた全ては、今に繋がっている。
柱に手のひらで触れながら、メルヘヴンの街を眺めるアルヴィスは、その思いを新たにする。
「……知ってるよ」
そんな彼に、ベルは答える。そっと、背中を支えるように。
「アルヴィスのことは、ベルが一番よく知ってる」
「……そうだな」
これまでしてきたように。当たり前のように、ベルは彼の言葉を受け止める。
声にほんの少し得意げな響きを混ぜ、「ずっとそばにいたんだもの」と言いたげな顔で微笑む彼女に、アルヴィスもまた悪戯っぽく笑った。
アルヴィスはもう一度、柱の傷をなぞる。あの時よりも、ずっと小さな位置に来た傷。
ついで自身の手の甲を見据える。もうそこにはないタトゥ。
そして今も標(しるべ)のように身に着けている、錆びたダガーリング。
アルヴィスは穏やかな微笑を浮かべると、柱から手を離し、隣の彼女へ振り向いた。
「じゃあ、行こうか」
「……うん」
立ち去る前に、誰にも聞こえないような声で、後ろへと話しかける。
「……じゃあ、また」
いつかそこに立っていた少年の面影に、別れを告げた。
久しぶりに外から見るレスターヴァ城を、城門の入り口でアルヴィスは振り仰ぐ。
無意識に唾を飲み込み、その全景を見つめる。
「……アルヴィス?」
先に飛び出したベルは、アルヴィスがなかなか来ないので不思議そうに振り返る。
「ん……」
返事をするアルヴィスだったが、まだ歩き出そうとはしない。
ふと頭をよぎった考えに、わずかなためらいが生まれていた。
……帰ってきて、よかったのだろうか。
故郷でもない、この場所に。
「よ、遅かったじゃねぇか」
足を踏み出せないままでいた彼の頭上に、ふいに声が降ってきた。
ついうつむいて爪先を見ていた目線を、アルヴィスは上げる。
「アンダータの気配はしたのに、いつまでも城に入ってこねぇからな。迎えに来ちまったぜ」
「お久しぶりです、アルヴィス殿。休暇はゆっくり休めましたかな?」
城門の前で、見慣れた三人がアルヴィスを待っていた。
知らず立ち尽くす形になった彼に、スノウが笑顔で声をかける。
「お帰りなさい、アルヴィス!」
その声に促されたように、アルヴィスは立っている地面の感触を改めて感じた。
視線の先には、かけがえのない仲間たち。
傍らを見ると、いつも寄り添ってくれる妖精がいる。
……ここが、今の自分の場所だ。
「……ただいま、戻りました」
彼らの待っている言葉を、しっかりと告げて。
はにかみながらも微笑んだアルヴィスは、己を取り巻く世界に向かって、新しい一歩を踏み出した。
END