アルヴィスの七日間の休暇 2 

 

 

 

 

 翌日。早い時間に出発する定期便に乗船したアルヴィスは、ヒルド大陸の端からさらに別の船に乗る。

 小さな島にたった二つしかない街を越え、島の奥へと向かう。

 午後の日が高く登った時間帯。見渡す限りひたすらのどかな風景が続いていたが、ふと目の前に茶色い土が現れた。小高い丘の斜面に、畑が広がっている。

 向こう側からざくざくと、クワで土を掘る音が響く。

 丘を登り終えて眺めると、忙しそうに働く影が数人。

 

「あれ、アルヴィス?」

 

 その中の一人。記憶よりも心なしか精悍な顔付きになった少年が、小さな黒目を大きくさせた。

 

「ジャック。元気そうだな」

 

 自然と笑みが上ってきて、アルヴィスは片手を挙げる。ジャックは道具を抱えたままもう一度まばたきをすると、喜色を浮かべてかけ寄ってくる。

 

「わ〜!! 久しぶりっスね!」

「そうだな。あれ以来会っていなかったからな」

 

 近くに来た彼を見て、アルヴィスは面白そうに眉を動かす。

 

「背、少し伸びたか?」

「へへっ。そうかもしれないっス」

 

 鼻をこする彼の後ろから、誰かが土を踏む足音をさせてやってくる。

 

「ジャック君? どうしたの?」

「なんだよ、客か?」

 

 見覚えのある少女の横に、気怠そうな様子の青年が遅れて並ぶ。

 ん? とアルヴィスが思う前に、青年の方が大声を出した。

 

「あー!!!!! お、お前は、メルの……!」

「あー!! アンタ、アルヴィスじゃない!!」

 

 1stバトルでアルヴィスに負けたレノがぶるぶると指差す横で、姉のパノが大きな声を上げる。

 

「なんだ、騒々しい」

「おやおや。ジャック、お友達かい?」

 

 姉弟の叫び声に誘われたガロンが巨体を畑の向こうから、そして丘の上の民家から初老の婦人が顔を出して朗らかに笑う。

 アルヴィスといえば、初めて見るレノの素顔に内心びっくりしていた。

 

 

 

 

 時間も良い頃だからと、昼ごはんも兼ね、アルヴィスはジャック邸のテーブルでもてなしを受ける。

 

「さあさ、たんと食べておくれ」

 

 料理の並んだテーブルに、ジャックの母がさらに器を置く。

 

「いえ、どうぞお構いなく」

「なに言ってるんだい。ジャックとギンタちゃんと一緒に戦った、メルの仲間なんだろう? この子がたくさんお世話になって、ありがとうね」

「いえ。それはこちらの台詞です。今回の勝利は彼の力があってこそです。……オレはジェイクさんを知っています。ジャックはあの人と同じ、いや、それ以上の強さを見せてくれました」

 

 思いがけないアルヴィスの言葉に、ジャックは大きな目を見開く。彼に似た母は嬉しそうに目を細める。

 

 

「……ありがとう。ゆっくりしてってね」

 

 

 満面の笑みで言った彼女に、くすぐったそうにアルヴィスは「はい」と笑う。湧きあがる照れ臭さから、ジャックも頭を掻いた。

 野菜が中心の、ボリューム満点の昼食を胃袋に納めながら、二人は近況を話し合う。

 

「へぇー、やっぱり今もクロスガードにいるんスか」

「ああ。昨日からしばらく休暇で。働き詰めだからと無理矢理とらされたんだ。別にそんなことは無いんだがな……」

「あはは、アルヴィスらしいっス! アルヴィスってすごく生真面目っスよね」

「そうか?」

「そうっスよ!」

 

 腑に落ちない様子で首を傾げ、アルヴィスはコクのあるかぼちゃスープを飲み込んだ。

 食後、パヅリカ特産の茶葉で淹れた紅茶を飲みながら、ジャックやロドキンファミリーの現在(いま)を聞く。

 パノをはじめとする彼らは、元チェスということで最初は遠巻きにしていたパヅタウンの人々とも、今は仲良くやっているようだ。

 

「そうだ。これ、土産だ」

 

 アルヴィスは道中のレスターヴァの城下町で手に入れてきた品を差し出す。茶色い袋には、植物のイラストが描かれたラベルが貼ってある。

 

「鉢植えにしようかとも思ったんだが、パヅリカの気候で育つかわからなかったから、種にしたよ」

「サンキューっス! どんな植物が育つのか楽しみっス!」

 

 大事そうに受けとり、ジャックは顔を綻ばせた。

 

「そういえば、前から聞いてみたかったんスけど……」

「何だ?」

「アルヴィスは門番ピエロを使って、ギンタを喚んだって言ってたっスよね」

「ああ」

「もしかして、ギンタが初めて来たのがこのパヅリカだったのには、何か理由があるんスか?」

 

 ジャックの質問に、アルヴィスは数ヶ月前のその日のことを思い出した。ガイラから譲られた門番ピエロを手に、ギンタを召喚した、運命の日のことを。

 そう遠くないのに、ずいぶん前に思える出来事だ。

 あの夜の門番ピエロの輝き。砕け散った指輪の感触。対峙したギンタの、あどけない表情。

 忘れられないいくつもの記憶を頭に浮かべながら、アルヴィスは答えた。

 

 

「ああ。この島は小さいし、ほかの大陸に比べて魔物も少ないだろう? 異界の人間が初めて来るには、なるべく安全な場所が良いと思って、船でここまで来たんだ」

 

 

 以前アルヴィスは、アランから「門番ピエロの発動した場所に異界の住人が来る」という情報を聞いていた。そのため召喚する場所として、どこが適切であるかを熟考した。

 その結果、メルヘヴンでも比較的安全で、子供の足でも何とか回れそうな地域であるパヅリカ島を選んだのだ。

 

「けどまさか、この島にアランさんがバッボを封印した洞窟があって、ギンタがバッボを目覚めさせるとは思いもしなかったけどな。……それがどうかしたか?」

「いや、だったらお礼を言わなきゃなーって」

「礼?」

「ギンタと会わなければ、オイラは多分島から出ることもなかったと思うっスから」

 

 

 ジャックはかしこまった様子で目を閉じた。彼にしては珍しい表情に、アルヴィスは飲んでいた紅茶のカップをソーサーに戻す。器の触れるかすかな音が、妙に大きく響いた。

 

 

「あの頃のままだったら、いつか世界を見てみたいなんて思ってても、ただ思うだけで。自分から旅に出ることなんて、きっと無かった。でもギンタと会えたおかげで、弱い自分と決別できて、父ちゃんの仇もとれた。……その切欠を作ってくれたのは、アルヴィスってことになるんス!」

 

 

 神妙な顔つきから最後は満面の笑みになって、ジャックはアルヴィスに向く。

 初めて聞く話に、アルヴィスはジャックを不思議な心地で見つめた。

 

 

「……オレはただ、自分の目的のためにしただけだ。礼を言う必要はないよ」

「それでも、オイラはすっごく感謝してるっス」

 

 

 屈託ない笑顔を、真正面からアルヴィスは見つめる。

 

 

「……そうか」

 

 

 そして照れながらも、はにかんだ笑みを見せた。

 

 

「そうそう、おかげで私は旦那様を見つけることが出来たしね!」

「パ、パノさん……」

 

 後ろから、パノがジャックの首に腕を回して抱きついて来た。頰を赤らめ照れるジャックだが、その口元は若干引きつってもいる。

 不思議に思ったアルヴィスだったが、二人の背後にある気配を見てすぐに納得した。

 パノとジャックの後ろで、ほかの家族の目がギラギラと光っていた。

 

「その辺にしろ、このバカップル」

 

 しびれを切らしたように、レノが姉の首根っこをつかんで引き離した。「何よ〜!」と口論を繰り広げる姉弟に苦笑したのち、アルヴィスは少しおどけたように肩を動かす。

 

「……じゃあ、オレも言っておかないとな」

「? 何のことっスか?」

「初めて会った時、『カゴの鳥』でお前を鳥に変えただろう。……悪かったな」

「あ!! そ、それは……」

 

 気にしなくていいっス……と言いかけた彼の横で、パノの大仰な声が響く。

 

「え〜!! ジャック君、鳥になっちゃったの!?」

「猿の前に鳥かよ、だっせぇ」

 

 身も蓋もないレノの突っ込みにへこむジャックを見て、アルヴィスは笑い声を上げた。

 

 

 

 

「またいつでも来てくれっス!」

「ああ、今度はベルたちと一緒に来るよ」

 

 たくさんの野菜と果物をお土産にもらったアルヴィスは、ディメンションARMにそれらを閉まう。

 

「じゃあね〜」

 

 家族の増えた家を何度か振り返りながら、アルヴィスはパヅリカを後にした。

 

 

 

 

(続く)