Ⅳ、

 

 

 

 再び集合した一同は、観光に繰り出した。近くのスタンで昼食を終えた後、町の大通りを歩く。

 祭りの準備で人の出入りが多い中、キルアが目ざとくケーキ屋を見つける。

 彼が気を惹かれている間、すでに満腹だからと辞退したゴンは、クラピカとともに向かいの古書店をのぞいてみる。

 祭りに合わせてか、軒先で広げられた古びた籠の中には、「本日限定」の札のついた本が山積みになっている。

 ゴンの後ろから、磁石に引き寄せられるようにクラピカの手が伸びる。

 クラピカの長い指が、本の山を探り出す。背表紙を確認して、タイトルと中身をぱらぱらとめくることを繰り返す。

 太陽に透ける青い瞳が、楽しそうに細められる。

 自分と同じ、少年らしい表情だ。それを眺めるゴンは、自身も笑顔になりながら問う。

 

「気になるの、ある?」

「ああ」

 

 いつの間にか、クラピカの腕には数冊の本が収まっていた。それらは彼の肩掛けカバンの中に収められるのだろう。

 細身の体が背負うそれは、見た目よりもかなり多くの物が詰まっている。そういえば、誰かが四次元ポケットみたいとか何とか言っていたような。

 いつも年上らしい、冷静な面ばかりの彼の素顔を見ていると、クラピカの手が止まった。

 やがて、ことさらゆっくりとした手つきで、一冊の本を手に取る。

 

「……どうしたの?」

 

 ゴンの声に、クラピカの背中が跳ねる。現実に引き戻されたかのように、瞳の焦点が合い像を結ぶ。

 

「あ、ああ……。……昔読んだ本だ」

 

 ゴンはクラピカの持つ本を見た。

 タイトルは『D・ハンター』。タイトルからして、ハンターの物語だろうか。

 

「懐かしいな…………」

 

 その眼差しが、ただ懐かしむだけの感じではないと、鈍いと評されるゴンでもわかった。

 これは、クラピカがまだ幸せに暮らしていた頃に読んでいた本ではないかと、ゴンは思い至った。家族や、友達とかと読んだものなのかもしれないと。

 そんな見たことのない風景を想像していたら、きゅーっと胸が切なくなった。

 悲しい空気を打ち払いたくて、気がついたらゴンは彼に尋ねていた。

 

 

「ねぇ、クラピカのやりたいことって、何?」

 

 

 脈絡のないようにも思われた問いだった。

 驚いた様子を見せたクラピカは、ゆっくりとゴンに首を向ける。

 

「……なぜ?」

 

 そんなことを聞くんだ?

 そう続けた声は、どきりとするほど、静かな声音だった。

 ゴンは内心動揺しつつも答える。

 

「何だかちょっと気になって……今まで、クラピカの『目的』は聞いてたけど、やりたいこととかは聞いてなかったから」

 

 クラピカの指が、無意識に本の縁を強く握りしめる。

 場には沈黙が続く。

 

「……ごめん。聞いちゃ、いけなかったかな」

「いや、そんなことはない」

 

 張り詰めたような空気の強張りを反省するように、クラピカは口調を和らげて言う。

 店先にほかの客はいない、店の主人も奥で座り雑誌を眺めているため、話の細かい部分までは聞こえないだろう。

 考えるような時間をおいて、クラピカは答えた。

 

「正直、あまり考えてないんだ」

「……でも、元々ハンターには、憧れてたんじゃないの?」

 

 ゴンの言葉に、クラピカは再び目を向ける。

 どうして、と聞きたげな彼の眼差しに、ゴンは答える。

 

「その本も何だかハンターに関係ありそうだし……それに、前に言ってたじゃない。『ハンターはこの世で最も気高い仕事だ』って」

 

 それは試験会場に向かう時のこと。ザパン市のステーキハウスから乗り込んだエレベーターの中、ゴンの質問に答えた時の叫び。

 レオリオとそろった声の中にあった一言だ。

 

「よく覚えていたな」

 

 クラピカは眉を上げた。

 そして遠い眼差しをした。

 

 

「……確かに、普通に旅をしたいと思った時期もあったが……今の私には、やるべきことがある。全てはそれを終えてからだ」

 

 

 ハンターを目指していた理由は、もう、違うのだと。

 言外に断定を含んだ返答に、ゴンはそっか、と言うしかできなかった。揺るぎない彼の意志が感じられたから。

 ゴンはふと、彼と初めて会った時の海神丸での会話を思い出した。

 

『ハンターでないと聞けない情報、入れない場所、できない行動というものが、山ほどあるのだよ』

 

 クラピカの世界が壊された時、夢は理想でなく、手段になってしまったのだ。

 ハンターになり、A級首の旅団を残らず捕まえて、仲間の緋の目を全て取り戻す。

 それが終わるのは、果たしていつになるのだろう。

 彼のこの先のことを思って、ゴンは港の見えない海の上にいるような、そんな心地になった。

 すると、その思考を断ち切るように、澄んだ響きの声が場に通った。クラピカだ。

 

「ゴンは本を読むか?」

「え? ……ううん、あんまり」

 

 クラピカの質問に、ゴンは現実に引き戻される。

 本好きに分類される人々にとっては、幻滅されかねない答えだったが、クラピカは微笑した。

 

「じゃあ、いつかこれを読んでみるといい。

 

 いつのまにか会計を済ませていた本の中から、その一冊を差し出した。

 

 

「きっと、面白いと思う」

 

 

 その時のクラピカは、たしかに目を細め、微笑んでいた。

 ゴンは、ただ黙って受け取った。本の表紙が西日を浴びて、刻印された文字が残照にきらりと光った。

 

 

 

→ 夜行列車の光の先 Ⅴ