夢が綴じる、その時まで
夕焼けが、ただただ紅い。
コロシアムを後にした自分たちの影までも、紅(くれない)色に染めていく。
赤い太陽が、目の中でじんわりと滲む。隣にいたツェーが、眼鏡の下から溢れんばかりに涙をこぼしながら呟いた。
「カペル兄………」
大好きな、兄の名。
最後に見た彼の姿を思い出して、ベーの眼にまた涙が浮かぶ。
闘技場の方から感じられていた魔力が消えたという事実は、兄の命が永遠に絶たれたことを意味していた。
その事を悟ってから、二人の目には涙が止まらずにいた。先の戦いでゴーストARMの影響により自我を失ったアーも、なにかを感じたように闘技場の方角を見つめていた。
悲しみに沈む場を慮り、沈黙に徹していたパウゼだったが、やがて口を開いた。
「……お前ら、これからどうする」
問われてるのが自分だと気付いたベーは、濡れた瞳を彼に向ける。
「リーダーのアイツがああいう選択をした以上、オレ達はもうクイーンの命令に従う必要はねぇ。どうしようと自由だ」
「…………」
「……お前らはどうする?」
ゴーストチェスではなくなった三姉妹に、彼はもう一度問う。ベーはぐしぐしと目をこすり、涙を拭った。
「……わかんない。でも、大丈夫。何とかやっていくよ」
「三人で平気か」
「…………大丈夫」
ベーは再度くり返した。ツェーもひっくひっくと嗚咽を零しながら頷いた。
「……そうか」
パウゼは静かに相槌を打つ。ジェネラルが「うむ」と同じように唸った。
「じゃあな、オレ達は行くぜ」
「……どこに行くの?」
「さあな。寿命が尽きるまで気ままに暮らすさ」
チェスという組織より、カペルの理念に従っていた彼だ。未練はないのだろう。
「お前らも、命を大事にしろよ」
「ああ。……ありがと」
小さな声でベーが囁いた礼に、一瞬目を丸くした後、ニヤッとパウゼは笑った。見慣れた皮肉めいたものでない、優しい笑顔だった。
ジェネラルは三姉妹の頭を順番にぽんぽんと撫でてから、パウゼと共に去っていった。
二人の背中が見えなくなる。場にはツェーの泣き声がまだ響いていた。
コロシアムの近くまで戻ってきたのは、せめて見届けたかったからだ。
兄は負けた。戦いに勝利しクラヴィーアへたどり着いた彼らが、どういった結末を得たのか。
それがどんな形であっても、受け止めるつもりだった。
だが虹の階段から最初に降りてきたのは、アルヴィス一人だけだった。
他の者はいなかった。魔力を抑えていたとはいえ、敏感な彼なら気付くこともできただろうに。脇目もふらず駆け足で、彼はなにかを振り切るように腕を動かし去っていった。
少し経ってから、MARの連中が階段を降りてきた。皆一様に沈んだ顔のまま、言葉を発することはなかった。ツェーが困惑した様子で彼らを見守る。
「どうしたんだろう……」
「…………」
その後、三人はこっそりとレギンレイヴ城内に忍び込んで知った。
アルヴィスのゴーストARMが外せなかったことを。近い将来、彼のゾンビタトウが全身に廻りきることを。
そして彼が、仲間たちの元を去る選択をしたことを。
バルコニーでのギンタと彼の会話を聞き終え、別の場所に移動したベーはスカートのポケットを探る。
お守りのように、ずっと持っていたそれを取り出す。兄に以前渡されたARM、ナイトメアシールだ。
「…………なぁ、ツェー」
眼鏡ごしに、彼女が視線をこちらに向ける。
「これを使ったらさ、アイツのゴースト……外せないかな」
「……ベーちゃん?」
言葉の足りない提案だった。だがツェーはその意味を正確に理解し、緑の瞳を見張った。
「……おかしいよな、こんなこと。アイツら敵だもんな」
べーは自分でも感じる矛盾に、苦笑いをした。
「でもさ……」
死にかけの身でありながらも、自分たちに向かってきた彼。
ジェネラルの猛攻に耐え続けた姿。必死に名前を叫んでいた彼の仲間。
「アイツらがクラヴィーアを探してたのは、アイツを救うためで、アイツらを救うために、アイツも命をかけてた」
ギンタの投げたイーヴィルARM。それを受け取り、ためらいなく発動した彼。
その後の彼らの会話。別れ際のやり取り。
一行の旅の軌跡を奇しくも見届けることになったベーは、敵意しかなかったはずの彼らに不思議な感情を覚えていたのだ。
「このARMは、オレたちにはもう、役に立たないだろうけど……」
彼の力には、なるかもしれない。
その可能性が、この手の中にあるなら、
ARMを握りしめるベーの手に、水色の袖口から出た手が重なる。
「…………うん。行こう、ベーちゃん」
顔を上げたベーは、妹の目を見つめ返す。
「カペル兄も、きっとそれを望んでると思う」
静かな、だが決意を宿した眼差しに、ベーもまたうなずきを返す。
大好きな兄は、人々を苦しめるためにゴーストARMを作り出したわけではない。
自分たちの命を救ってくれたように、己の力ではどうにもならないことを、きっと、どうにかしたかったはずなのだ。
人の手では叶えられない希望を信じたくて、禁忌と知りながら、ゴーストの持つ力に賭けたのだ。
そう。クイーンの命令ではあったけれど、クラヴィーアを目指したのも、きっと同じ理由だ。
……だから今、己の命を投げ出そうとしてまで、必死に仲間を守ろうとしていた彼(アルヴィス)を救うことが。
兄の道を肯定することにつながると、ベーは思うのだ。
二人の手に、もう一人の手が乗せられる。
見ているだけだったアーが、そばにまで来て自身の手を重ねていた。
「うー!」
同じ気持ちだとを示す彼女の声を受け、二人はほほえむ。
夢は覚める。出口のない悪夢も、いつかは終わる。
この選択が兄の言っていたカオスを打ちはらうかはわからない。だが……。
光が淡いオレンジ色を帯びる。日射しが傾き、空はあの日と同じ色に変わろうとしていた。
END
何年間あたためてたんだろうな…そのわりに短くまとまってしまいましたが、思い入れは強いお話です。
ゲームのゴーストチェスの家族のような関係性が好きで、彼らについてもいつか掘り下げたいと思っていました。
アルヴィスの手助けをする三姉妹は、シーンも勿論ですが彼女たちの語った「カオス」「出口を託す」という言葉がとても印象的でした。
クラヴィーアは謎が残ったままの作品ですが、そういったシーンから色々なことが想像できて、ファンとしても書き手としてもゲームをするたびに触発されます。
個人的に、パウゼとベーのやりとりがお気に入りです。
短いお話ですが、少しでも感じていただけるものがあれば幸いです。
ご拝読くださり、ありがとうございました。
2016.11.20