優しさの魔法

 

 

 

「何だこれは」

 

 修行を終えて帰って来たアルヴィスの一言に、私はさも当然のように答えた。

 

「見ればわかるでしょ? お茶してんのよ」

 

 洒落た造りの丸テーブルの上には、コーヒーカップとほのかに温かいポット、そしていくつか並べたお菓子の小皿。

 辺りにかすかに漂うのは、いましがた飲み干したコーヒーの芳香。

 ちなみに向かいの椅子にはさっきまでレギンレイブ姫が座っていたんだけど、公務に時間が来たので帰ってしまった。

 

 他の仲間も思い思いの行動をとっている中、彼は一人真面目に修練をこなしたようだ。

 いつものことながら密かに感心すると、ふっとあることを思い付いて、私はテーブルに身を乗り出す。

 

「疲れてるんじゃない? ドロシーちゃんがコーヒー、入れてあげよっか」

 

 唐突な提案に、アルヴィスは綺麗な瞳を少し大きくした。

 その反応を肯定と受け取って、私はジッパーからコーヒーカップをもう一つ取り出す。

 

 

「コーヒーじゃない何かにならないだろうな」

「あら失礼! 淹れるだけなのにどうやって失敗するって言うのよ」

「ドロシーだからな……」

「それが理由?」

 

 ジト目で聞くと、至極当然のように「ああ」と返事が返る。

 以前ギンタンにご馳走した料理を見ているからかもしれないけど、彼の中で私の料理の腕はかなり低い位置づけらしい。

 あれは偶然よ! ちょっと自分流にアレンジしよーかなーって思ったらああなっちゃったの!次はきっと上手くいくわよ! ...多分。

 

「まあ折角だからな。頂くよ」

「なんだか偉そうね」

 

 椅子を引き寄せながら返された言葉に、憎まれ口は忘れずに叩いておく。

 先程姫に教えてもらった通りにフィルターをセットして、お湯をゆっくり注ぎ始める。

 膨らんだ粉がくぼむ前にフィルターを外して…………よし。

 

「はい」

「ありがとう」

 

 わずかに泡が残ったコーヒーを渡すと、彼は素直に礼を言って受け取る。

 それから小皿に載せた角砂糖を綺麗な指でつまむと、

 

 カップに二粒、ぽとんと入れた。

 

「あ」

 

「? 何だ?」

 

 小さな欠片が褐色の液体に落ちた瞬間、思わず唇から零した呟きにスプーンをぐりぐりかき回しながらアルヴィスが聞き返す。

 

「砂糖、入れるんだ」

「ん? ああ」

「……ふーん」

「…悪いか?」

「ううん。顔に似合わず甘党なんだ……って思って」

「……ふん」

 

 少し面白くなさそうな顔をして混ぜ終えたアルヴィスは、満足そうにコーヒーを啜る。

 優雅に飲む姿は様になってるけど...今アンタ、結構ミルクも入れてたわよね。

 

「もしかして……」

「何?」

「苦いもの、嫌い?」

 

 そう言った途端、一見変化は無いようだけど、

 

 アルヴィスの手が固まった。ように見えた。

 

 

 図星なんだ……ぷぷ。

 

 

「……笑うなよ」

「……だって、いつもすました顔したアンタが、苦いもの駄目なんて……ぷぷ」

「誰だって好き嫌いはあるだろう」

「あー、その言い訳がまたおかしい!」

 

 ツボに入って笑いが収まらない私をアルヴィスは罰が悪そうに、半ば呆れて見つめると、私の飲んでいるカップを瞳だけで覗き込む。

 

「……ドロシーは飲めるんだな。ブラック」

「飲めるわよ? 大人だもの」

「……昔からなのか」

「うーん」

 

 たっぷり黒い液体が入ったカップを持ったまま、ちょっと行儀悪く椅子にもたれかかる。 

 

「……そうねー、昔はアンタみたいに砂糖山盛りにしてたけど」

 

 三白眼になったアルヴィスが誰が山盛りだ、と言ったが聞こえない振りをする。

 

 

 

「お姉ちゃんの真似をして、大人になろうと無理して飲んでたら」

 

 

 

 取っ手の頭に乗せた指の力を緩めると、カップの中で小さく波が揺れる。

 

 

 

「いつしか、苦いのしか飲めなくなっちゃった」

 

 

 

 記憶の中のお姉ちゃんはいつもブラック。

 私の中でそれは大人の象徴だった。

 背伸びして飲ませてもらうコーヒーはとても苦くて。

 思わず顔をしかめると、優しい笑顔と手つきで甘くする魔法をかけてくれた。

 

 

 砂糖もミルクも入れずに飲み始めたのはいつだろう。

 一人の家に帰るようになってから?

 

 

 

 飲みながら思うのは、ほんの少しの痛み。

 やがて、時間が思い出と言う名の海に押し流してくれる筈の、小さな記憶の歪み(ひずみ)。

 

「……気が変わった」

「……え?」

「交換してくれ」

 

 思いがけない言葉に意図を計りかねて彼の顔を見返すと、アルヴィスは飲みかけのカップを差し出した。

 先程砂糖とミルクをたっぷり入れた甘いコーヒーを。

 

 促されるまま両手で受け取ると、彼はソーサーに置いた私のカップを手に取って、少し得意げに笑う。

 

 

「たまには甘いのもいいだろう?」

 

 

 ……確信犯め。

 

 

 話の流れでは優位に立っていた筈なのに、上手くしてやられてしまった。 

 寂しい気持ちとかを見透かされたようで、ちょっと悔しい。けれど。

 

 何でだろう。この気分は悪くない、と思う。

 

 

 

 さっきまで私が飲んでたコーヒーを口に含むと、アルヴィスは盛大に顔をしかめた。

 

「う……やっぱり苦いな」

「だから言ったじゃない。お子ちゃまににはまだ早いのよ」

「一つしか違わないだろう」

「それでも子供は子供」

 

 飲めないんでしょ? と意地悪く囁くと、ムキになった彼が再びカップに口をつけた。

 子供っぽい仕草を眺めながらカップを傾けると、カフェオレ風味のコーヒーが喉を通る。

 

 

「……甘いわね」

 

 

 優しさがほんわかと胸を温める心地を覚えながら、楽しげに私は彼の横顔を見つめた。

 

 

 

「ねぇ、これって関節チューじゃない?」

「……!!?」

「ふふふ」

 

 

 途端顔色を変え吹き出しそうになった彼に、私はまた笑った。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

ドロアルではなく、アルドロのつもりです。

アルヴィスのさりげない優しさと、リードする男らしさが描きたいと思って書きました。

でも、最後までドロシーに遊ばれています(笑)

 

文中でちらっとあるように、ドロシーはアルヴィスが来る前レギンレイブ姫にコーヒーの入れ方を教わりつつお喋りをしていました。

その時にドロシーは「仲間とはいいものですね」という趣旨のことを姫に言われ、実感を伴っていないまま考えている時にアルヴィスの優しさと触れ合う、という設定だったりします。

…言わないとわかんないって(ツッコミ)

 

その時のドロシーの感情が上手く表されているか不安ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

 

ご拝読下さり、有り難うございました!