裏腹な彼
「ナナシ、今日の試合で使っていたARM……」
「え? ああ……」
ナナシは両の掌を上げて、対になる二つのARMを見せた。
「ルベリアのボスの象徴、エレクトリックアイや」
目玉を象ったリングを分析するように眺めて、アルヴィスが聞いた。
「……見たところ雷系のネイチャーARMのようだが……もしかしてダークネスなのか?」
「へっ!?」
至極真面目な表情の彼に、ナナシは若干面食らう。
「いや……ちゃうで」
「そうか」
あっさりと納得したアルヴィスに呆気にとられつつ、「でも何でそう思ったん?」と理由を尋ねた。
「発動した際、少し顔をしかめていたから」
淡々と答えた彼に、ナナシは内心目を丸くする。
自分は試合中、ロコのダークネスARMの呪いで終始顔をゆがめ、きつい表情をしていた。
その最中に一瞬よぎった、いつものビジョン。エレクトリック・アイを使うたびに奔る奇妙な記憶。
それに対するわずかな反応に、彼は気付いたというのか。
……すごい観察力だ。
アルヴィスが指にいくつも填めているリングの形状から、彼がロコと同じダークネスARM使いなのがわかる。
クセのあるそれらを使い慣れている分、常人よりもダークネスの効果に敏感なのかもしれない。
「ダークネスの副作用でないなら、あれはどうしたんだ」
彼が答えを得たときから聞かれるだろうと思っていた質問に、ナナシは言葉を選ぶ。
「……このARMを使う時、いつも頭にビジョンが映るンや」
「ビジョン?」
「ああ」
「自分、昔の記憶がないねん」
かつて過去のない自分を省みるとき感じた、微かな空虚さが、ほんの一瞬だけ襲って来た。
アルヴィスの表情は、変わらなかった。
「ルベリアに拾われる前、自分が何してたか、何て名前やったかも思い出せん。この名前は……拾われた後に付けてもろた」
“では今日からお前の名はナナシだ。名が無いでナナシだ!”
そう言って、自分に名を付けたのは誰だっただろう?
束の間知らない声が聞こえたが、やはりその声の持ち主の姿は掴めず、ナナシは代わりに、今ではすっかり自分の一部となったARMを撫でる。
「このARMを使うたびに、誰かを思い出しそうになる。もしかしたら忘れている記憶の一部かもしれんし、そうじゃないかもしれん」
アルヴィスの表情は変わらなかった。
だが海のように綺麗な青の瞳が、同情とも悲哀ともつかぬ複雑な色をしているのをナナシは見てとった。
「だから身体に支障はないで」
波立つ様子を見せない表情の中の瞳が、落ち着いた青に戻る。
「……そうか。納得した」
「今度は反撃を受ける前に攻撃しろよ」
「へいへい」
苦言を忘れないアルヴィスに肩をすくめつつ、しかし彼の性格を不快とは感じない根拠を見い出しナナシは温かい気持ちになっていた。
初めて顔を合わせてから、終始無愛想な態度をとられているが、彼は自分に関心がないわけではない。
彼の小さな反応からナナシはその事実を悟り、立ち去ろうと背を向きかけた彼に笑顔になって言う。
「でも嬉しいわ」
「……何が?」
「アルちゃんが自分のこと、心配してくれたなんて」
「……なっ……」
振り向いてしばし絶句した後、自分のとった行動を理解した彼は、見る見るうちに真っ赤になった。
「か、勘違いするな! 戦力の低下は避けたいからだ!」
「はいはい、そういうことにしといたろか!」
せっかく素直な反応を見せてくれたのに苛めるのも可哀相なので、ナナシはあっさり引き下がる。
「ありがとな」
しっかりと礼を告げると、アルヴィスは面白くなさそうに顔を背けた。
その仕草が照れ隠しだということはすぐにわかり、ナナシはさらに顔を綻ばせた。
知り合ったばかりの彼について、まだわからないことの方が多い。
しかしぶっきらぼうな態度とは裏腹に、優しいということだけは、確かだった。
END
ツンデレのツンを意識した作品です。
私の書くアルは、どうもツンデレのツンが欠如している傾向があるので、可愛くない態度を色々とらせてみました。
アルヴィスは心を開くまでは頑なだけど、開いてからは本当に素直な気がします。
元来素直な子なので。アニメルでも最後の方仲良かったですしね。
そんな関係にはまだまだだけど、決して険悪ではない二人を書いてみました。
御拝読下さり、有り難うございました!
2010.6.14