アン・バランス
きっかけは多分、他愛ない言葉の応酬だったと思う。
「アルちゃん、もうちょっと年上を敬えやー」
「年上ならもっと年上らしく振る舞えと…」
軽い調子で言うナナシにいつも通り返そうとして、あることに気付いたアルヴィスは言葉を止める。たしなめるような彼の声が返ってこず、ん? とナナシが思うのとほぼ同時に、アルヴィスは口を開いた。
「……お前、そういえば一体いくつぐらいなんだ?」
ナナシはしばし思考を停止させる。
「……いくつやろ?」
「オレが知るか」
聞き返したナナシに、アルヴィスは間髪入れず答えた。
ナナシの記憶がないことは、勿論とうにアルヴィスも承知している。このチームで年齢というのは重要視されず、これまで話題に上がることはあまりなかったのだ。
「うーん、酒はいけるし、酔いもそこまで残らんほうやから、未成年やないと思うねんけど……」
覚えてる限り身長も伸びた様子はないしなぁと、ナナシは考え込む。男性の平均身長を優に越えた長身の彼を、アルヴィスがほんの少し、羨望の目つきで見ているがナナシは気付かない。
「あ!」とポンと手を叩く。
「もしかしたら、ピッチピチの十代かもしれんな! アルちゃんより若かったりして!」
キャハッvと笑う彼とは対照的に、アルヴィスはとても温度の低い眼差しになった。
「………ということは、お前はその外見でギンタたちより年下だと主張するわけだな。よくわかった」
「あああウソウソウソ!! 多分二十歳はいっとる!!」
冷めた眼差しで去ろうとするアルヴィスの肩を、ナナシは慌てて引き留めた。
「十代はありえないだろ。普通に考えて」
「ですよねー。ん〜でも流石に三十路はいってへんと思うんやけどな〜」
「……三十路……」
「……何、どないしたん?」
「三十路……そうか……下手したらお前……」
衝撃的な事実に今気付いたとばかりに、アルヴィスは何とも言えぬ表情になる。
「……オレより一回り以上、上かもしれないのか……」
二人して、しばし無言となった。
アルヴィスはしみじみとした口調で続けた。
「それなのにお前は定職にも就かず、女に声をかけてはフラフラして過ごしてるんだな」
「あのー、自分いちおう盗賊やっとるんやけど……」
「盗賊は職業とは言えないだろう。それに女が相手だったら、まったく役に立たないという話じゃないか。スタンリー達が言っていた」
「それは、女の子を大事にするフェミニストとしてやなぁ!?」
「ただのスケベだろ」
「スケベは納得いかん!!」
若干哀れみの視線すら感じて汗を垂らすが、ナナシは一旦ふぅ……と息を吐く。
一方的に言われるばかりでは性に合わない。逆襲をすべく、ナナシは素早く頭を働かせる。
「アルちゃん〜? もし自分が君よりかなり年上やとして!!」
びしっ! と彼の前に人差し指を突き出す。
「礼節を重んじるクロスガードの君としては、年上に対する態度っちゅーもんをもうちょい改めるべきなんと違う? ん?」
ナナシは勝ち誇った口調でにじみ寄るが、当のアルヴィスは微塵も動じない。
「お前なんか、ダンナさんやアランさんの足元に生えた草にすら及ばん」
「草以下!?」
「大体、本当に立派な人というのは『自分を敬え』などとは言わないと思うが?」
「けどオッサンとかはいっつも偉そうにしてるやんか。それはええんか!?」
「お前、そんなに敬われたいのか……?」
「そ、そんな訳ないわ! けど何か納得がいかん!」
駄々をこねるようなナナシに、アルヴィスはどんどん面倒くさそうな表情になる。
「……なんだか色々な意味で、お前のことが尊敬できなくなってきた」
ナナシの作戦は、すっかり逆効果である。
「色々って何!? 勝手に想像して幻滅せんでもらえる!?」
「まあ、もともとお前に対する尊敬なんて殆どなかったから、今更な話だがな」
「散々な言われようやな……え、自分、そんなにダメですか?」
「ダメな大人の見本だな」
「ぐはっ!」
肩を落とすナナシを無視するように目を閉じたアルヴィスだったが、ずっと落ち込んだままであるのでちらりと薄目を開ける。顔に僅かに同情(哀れみとも言う)を滲ませながら話しかけた。
「……初めにも言ったが、お前はもう少し年上らしく振る舞ったらどうだ? 日頃の態度が悪いんだ」
「大人っぽくて言うてもなぁ……例えば?」
「そんなこと自分で考えろ!」
「出来たら最初からやっとりますがな!」
「何だ、その無駄に説得力のある言葉は!」
鋭くツッコミを入れつつも、アルヴィスは策を考え始める。そういった所が、何だかんだ言って彼が慕われる所以かもしれない。
「だから……例えばだな、無闇やたらに女性に声をかけるのを止めるとか」
「あーそれは無理や。無理。絶対無理」
「真顔で言い切ったな……」
瞬時に目が据わったナナシに、アルヴィスの呆れた視線が注がれる。
渋る様子を見せないのが、いっそ清々しい。
「もうこの際、ドロシーに年齢鑑定のARMでも探してもらったらどうだ?」
「えー、何かはっきりわかると勿体ないっちゅーか…」
「勿体ない?」
「自分こんなイケメンやのに、万が一オッサンより年上とかやったら、ちょっと皆がっかりせぇへん? そこら辺は、ぼかしといてもええと思うねん」
「ぼかす?」
ほかの人間が聞いたら「お前はアイドルか」と突っ込まれそうな発言だが、この場にいるのは俗っぽいことにてんで知識のないアルヴィスだけだった。
「何か不都合でもあるのか?」
「不都合っちゅーか……憧れは憧れのまま、夢は夢のままの方が、綺麗に見える時もあるやろ?ってこと。例えば……後ろ姿やと『髪の長い、めっちゃ美人の女の子v』に見えたのに、振り向いたら『ただのむさい男』やった時のがっかり感みたいな。そうそう、いわゆる『知らぬが仏』ってやつや!」
「……ああ、お前がカルデアでガーニッシュに言い寄ってたのと、同じ感じか」
「あ、わ、」
「ああ、違った。確かガルネッソとかいう名前だった「うわああああああああ!!!!!」」
ナナシの絶叫が響き渡った。
「確かアイツにキスされていたな、お前」
「止めて!!! もう思い出させんといて!!!」
さほど昔でない過去を容赦なくえぐり出されたナナシは、頭を抱えながら半ば泣きそうな顔で崩れ落ちた。ダウン寸前だ。
「アルちゃんもしかしてキミ、まだあの時のこと根に持っとったん!?」
「さあな」
「何やねん、そないに自分のこと虐めて! アルちゃんは自分のこと仲間と思っとらんの!?」
「え?」
半ば本気で聞いたナナシを、アルヴィスはきょとんとした顔で見つめてきた。
もしかして、今まで虐めてるつもりじゃなかったのか。どんだけドSやねん…とナナシは内心呟く。
「……実力に関しては……その……信頼してるぞ。それに、お前の潜在能力は計り知れないものがある」
「え、ほんま?」
「ああ」
思いがけない好評価に、どん底だったナナシの気分が一気に浮上する。現金なものである。
「何やそうか〜! 色々言うても、自分のこと信用してくれてるんやね!」
「誤解しているようだが、信頼はしてるが、信用はしてないぞ」
「え、何で!?」
「これまでの話の流れで、信用なんかできるわけないだろ」
「うわひっど!」
「そう思うなら、己を改めるんだな」
「え〜冷たいなぁ〜アルちゃん〜」
「……何膨れっ面してんだ? ベル」
「……さっきからアル、ナナシとばっか話してる」
「あ、本当だ」
不機嫌そうなベルの視線の先を一同は見た。スノウがちょっと怪訝そうに向こうを窺う。
「どちらかと言うと、ナナシさんが一方的に言い負かされてる感じだけど……」
「何だかんだ言って、アイツら仲良いよな」
「アルヴィスは不本意そうっスけどね」
「ま、いいコンビなんじゃねーの?」
もはや彼らの日常となりつつある光景は、アランの月並みな言葉で締めくくられたのだった。
END
まず始めに、リクエストして頂いた冬月あき様、お読み下さった皆様、お待たせして本当申し訳ありませんでした!!!!(土下座)
中途半端にギャグの方向に書き始めたら、自分の中のギャグスイッチが振り切れるまで時間がかかってしまいました。かかりすぎです。
こういうのは勢いが大事なのですね。反省します…。
リクエストは「悪友・兄弟みたいなアルヴィスとナナシ」ということだったので、気の置けない関係を目指したら、とことんアルヴィスの口が悪くなりました。
アルヴィスって女の子はともかく、年下・同世代には割とぶっきらぼうな態度ではないかなと。それを年上のナナシさんなら受け止めて、上手くバランス取れるコンビなんじゃないかな?と思いながら書きました。
ある意味、ここまで暴言をはけるのはナナシだからこそです。(ギンタはマジ切れしかねないし、ジャックは落ち込んじゃう)アニメのラビリンス回よりはライトな雰囲気になるよう心がけました。あの回妙に気まずい空気になったのは、多分二人とも(主にアルちゃん)イライラしてたんじゃないかな…
ナナシが指した「あの時のこと」というのは、カルデアの悪魔での「アルちゃんならわかってくれるよなぁ!?」という問題発言です。
一体どういう意味であの一言を入れたんだ、脚本の佐○さん…(笑)
よくわからない上に時間かかりすぎな話となりましたが、少しでもお楽しみ頂けていたら幸いです。
ご拝読下さり、有り難うございました!
2015.5.12