The first Blue
青い空と海に映える白い帆が、陽光の下(もと)で大きく翻る。
「いい風ですよ。夕方にはヒルド大陸に着けますね」
甲板で磁石を使い方角を確認していた少女が、天空色の髪を押さえて微笑んだ。
「助かったわ。船を出してくれて」
その言葉を受けた女性は、出国するまで被っていたフードをようやく下ろす。
「カルデアは未開の地だから、普通の船は近寄ってもくれないのよ」
暗い色彩の下から、特徴的な桃色の髪が顔を出した。
肩甲骨の下辺りまで伸びたそれを海風に波打たせ、女は気持ちよさそうに目を細めて息を吸う。
「……潮の香りがするわ」
少女が甲板に取り付けられた浅めの階段を降りて、女性の横に並ぶ。
「今まで国の外に出られたことは?」
「幼い頃にほんの数回だけ。船に乗るのは初めてよ」
「船が絶えず揺れているので、船酔いをおこされる方もいます。ご気分が悪くなりましたら仰って下さいね」
「ええ。それじゃあ港に着くまでよろしくね。アルマ」
「はい」
質素な衣服だが高貴な出を感じさせる立ち振る舞いで、女性は船室に戻っていった。
アルマと呼ばれた少女は、特に今すべき仕事がないことを確認すると、頭上ではためく帆を仰ぎ見る。すると、マストと揺れ動く白の合間に人影を見つけた。
先ほどの女性とともに乗船した客だ。歳はアルマと同じくらいだろうか。
あまり太陽を浴びていなかったのか、蝋のように白い肌と銀髪。
海原にぼんやりと巡らせている瞳は、薄い葡萄色。
特に何をするわけでもなく、ただ海を眺め見ている青年にアルマは歩み寄った。
「海を見るのは、初めて?」
「……うん」
漫然と眼前の青を映していた思考を呼び覚ました声に、ややあってからファントムは返答を返した。
ディアナ以外の人間と会話をするのは十年振りだった。
「今までずっと……建物の中だったから」
牢屋という単語では印象が悪い気がしたので、少し言い換えて答えた。船乗りの少女は相槌を打つように笑いかけた。
「ずっと狭いとこに居たら、息が詰まっちゃうわよね」
「息が……詰まる……」
彼女の言葉を反芻する。取り立てて意図を持たぬ何気ないはずの言葉だったが、何故だかファントムは正常に呼吸をしている自分を知覚することが出来た。
これまでいた牢獄で、自分が感じていた感覚は圧迫感だったのだろうか。
少女は自分の言った言葉を繰り返したきり、喋ろうとしないファントムを不思議そうに見た。
しかし嫌そうな顔はしなかった。
彼の反応を楽しむように、口元に笑みを浮かべると隣にやってくる。
「私はね、世界中を回るのが好きなの」
細い手が、ファントムのと同じように甲板の縁に作られた欄干に乗せられた。
「この船で沢山の景色を見て、沢山の場所へ行って、沢山の人と出逢って……その中で一つでも多く、忘れられない出逢いがあったら、素敵じゃない?」
朗らかな笑顔で同意を求める少女は、年相応にも、幼くも見えた。
「……そうだね」
ファントムが彼女の望む返事を返すと、嬉しそうに笑みが深まる。
その顔を見て、ファントムは胸のどこかが跳ねた気がした。
心の揺れに戸惑っていると、少女の眼(まなこ)が開きファントムを捉える。
「じっとしてないで、ほら!」
おもむろに、少女はファントムの腕を取った。
船首の方に手を引かれる。
何年も動かしていなかった足を、もつれそうになりながらファントムは動かす。
マストにぶら下げられた網に足をかけ、身軽に登る彼女を必死に追い、帆柱の途中にある足場に辿り着いた。
首元を、潮風がすり抜けた。
天と地に、途切れなく青が広がっていた。
船首から突き出た棒の遙か先、二つの青の境目を太陽がARMのように輝かせていた。
「…………すごい」
感嘆とは、こんな時に零れるのだろう。本心が意識せず口を付いて出る。
「ね?」
前方の風景を指し示して、少女は満足そうに笑う。
「世界は素敵でしょう?」
振り向いた先、風を受ける彼女は、初めて見る空と海の色をしていた。
END
アルマが船乗りという設定を生かすと、ディアナとファントムがカルデアを脱出・もしくは世界中を旅した時に知り合ったのかなぁと書いてみた話です。
女性の船乗りって珍しい気もするのですが、あの若さでその道を選んだことは余程仕事が好きだったのだろうと思います。体力のいる仕事でもあるので、健康的で快活というイメージで書きました。(帯剣してますしね)
イメージ曲はGARNET CROWの「Over Drive」。始まり出した恋への不安や期待を歌った歌詞が、二人にぴったりだなと思います。
本家とかけ離れている所が多々あるかと思いますが、少しでもアルマさんが魅力的な人物に映っていたら嬉しい限りです。
御拝読下さり、有難う御座いました!!
2010.10.16