同じ空を抱えて〈18〉(終)
「人が変わるのって、難しいっスね」
一息つきながら汗を拭い、ジャックがしみじみと言った。
あの出来事から数日。何度目かの復興作業の手伝いのために、メルの一同はノクチュルヌの村へと赴いていた。
村長たちから話があったのか、大半の村人たちは以前とは違い、メンバーに比較的友好的な態度だった。だが何人かは、まだ気まずそうに身を縮こませたり、頑なに目を合わさないままだった。何も言わずに、その場を立ち去る者もいた。
「しょうがないわ。みなそれぞれ価値観が違うんだもの」
堪えた態度を見せることもなく、事もなげな様子で休憩中のドロシーが返す。
「生まれた場所、目にしてきたもの。同じ景色を見ても、別の感じ方をするみたいに。一人一人、皆ちがう人間だもの」
「大事にしたいもんも、すべきことも、それぞれ違うしなぁ」
近くの柵に体重を預けていたナナシもまた、いつになくクールな表情で言う。その足元にいたバッボが、年齢に見合った悟りを感じさせる口調で続ける。
「それに理解していても、正しい振る舞いができるとは限るまい。歳を重ねるほど、プライドが邪魔をしてしまうことも多いじゃろう」
「確かにな……その根本から変わるには、時間も努力も必要だろうよ」
「……」
一服しながらアランが打った相槌に、ジャックは難しい顔をして村の風景を眺める。
しんみりとした雰囲気を打ち消すように、へらっといつものように笑ったナナシが伸びをした。
「ま、そーやって皆ちがうから、世の中は面白いんやけどな」
「面白い、とは?」
スノウに付いてきていたエドが、不思議そうにナナシを見上げる。
「皆ちがって、皆いいってヤツや」
「……その結論は、いささか単純では……?」
「……ったく。相変わらずお気楽な頭だな」
呆れを隠さないエドとアランに「え〜、自分今ええこと言ったで〜?」とナナシはふざけてみせる。ジャックもその流れに乗り、声を張り上げて場に混ざる。
途端に賑やかになった男性陣に、わざとらしくドロシーが嘆息する。すると隣でじっと皆の話を真剣に聞いていたスノウがつぶやいた。
「……でも……」
ドロシーが顔を向けると、彼女は晴れやかに微笑んで言った。
「変わろうと思えば、いつだって変わるよ。それこそ切欠ひとつでだって」
スノウは確証を持って続けた。いつかギンタに励まされた自分を思い出しながら。
ドロシーもまた自身のことを思い返す。ウォーゲームが始まる前の、ギンタと出会う前の自分を。
そして今ここに立っている自分と、そばにいる仲間達のことを。
皆さん、とだしぬけに声をかけられて、一同はそちらに視線を向ける。村人たちが数人やってくる。手に何か持っているのと、親しげに話しかけてきた様子からして、どうやら差し入れを用意してくれたらしい。
ちょっと驚いた面々は顔を見合わせるが、ジャックたちは嬉しそうに礼を言い、彼らの元へ歩み寄る。その光景を眺めながら、ドロシーは小さく微笑した。
「……そうかもね」
草を踏んで近づいてくる足音に気付いたアルヴィスは、杭を打つ作業をしていた手を止めて顔を向ける。
「アルヴィス!」
「……よぅ」
片手を上げたギンタの腕の中には、飲み物やサンドイッチがあった。先ほど村の人から差し入れにともらったものだ。
手土産を掲げてみせるギンタの仕草に頷くと、アルヴィスは木槌を下ろし二人で近くにある木陰へと移動する。
アルヴィスが作業場に選んだのは、村の外側に面した場所だった。
誤解が解けたとはいえ、襲撃者と同じ見た目の自分がいては怯えてしまう者もいるだろうと、村人たちに気を遣った彼が、自ら申し出たための配置だ。
先に腰を下ろし、すでにサンドイッチにかぶりついていたギンタは、隣に座ったアルヴィスにチラチラと目を向ける。
その視線に気づいたアルヴィスが振り向くと、今度は隠そうともせずに間近で瞳を覗き込んだ。
「もう、全然平気なのか?」
苦笑するようにアルヴィスは返す。
「……それ何度目だ?」
「だってよー、ARM壊されたりとか色々あったしさ。お医者さんは、最初ゾンビタトゥのせいかもしれないって言ってたし……」
らしくない弱音をゴニョゴニョと言い淀んだあと、思い切ったようにギンタは続けた。
「けっこう心配だったんだぜ。お前の目が見えないまんまだったらどうしようって」
「そいつは悪かったな」
「……お前は不安じゃなかったのかよ」
意外そうにじっと顔を見るギンタに対し、ふむ、と考えたアルヴィスは落ち着き払って述べる。
「確かにウォーゲームのことなどは危惧していたが……見えないこと自体は、あまり不安ではなかったな」
「何だよ、まるで他人事みたいだな」
心配して損したかも、と口を尖らせて残りのサンドイッチを飲み込むギンタの横で、アルヴィスは小さく笑って言う。
「お前がいたからだよ」
その言葉に、ごくんと勢いよくパンを飲み込んだギンタは、思わずまじまじと彼を見返す。
「オレがまた、溺れそうになっても」
洞窟で“彼”と対峙した時のように、揺るぎない様子で。
けれどほんの少しだけ、照れくさそうに。アルヴィスはギンタを真っ直ぐに見て聞いた。
「お前が……みんなが必ず、引き上げてくれるんだろう?」
あの時と同じような感慨を抱きながら。太陽を思わせる笑みを浮かべ、ギンタは力強く応える。
「……ああ!」
それにアルヴィスがふっと微笑すると、ギンタもなんだか照れくさくなってきて。二人でしばらく、込み上げるくすぐったさに一緒になって笑う。
ふいに、明るい呼び声が遠くから届いた。
「アルー! アルヴィスー!」
二人のもとへ、ベルが数人の子供たちと一緒にやってくる。
先に立ち上がったギンタが、小さな体で息を切らしてやってきた彼らに「なんだ?」と問いかける。
「ええっと……」
「ほーら、ちゃんと言うんでしょ?」
と年上らしく、口ごもる少女と少年たちの背中をつついて、ベルが促す。そのうちの一人は、先日アルヴィスが手当てした少年だ。
ピンときたギンタは、アルヴィスの体を小さくこづくと横にずれた。それに首を傾げながらも、アルヴィスは子供たちの前に立つ。
もじもじしていた子供たちが、アルヴィスの方へ一歩進み出る。なるべく怖がらせないように、屈み込んで視線を合わせながら「……どうしたんだ?」とアルヴィスは優しく尋ねた。
「……これ! どうぞ!」
一息に言って、背中に隠していた物を少女が差し出した。野の花でできた花束だ。
深い青色の目を丸くするアルヴィスに、ささやくような声で少年が言った。
「……こわがったりして、ごめんなさい」
「みんなで作ったの! だから、どうぞ!」
ギンタとベルが微笑んで見守る中、びっくりしたままのアルヴィスは少女の手の中の贈りものを見つめる。
村のあちこちから集めてくれたのだろう。小ぶりのものばかりだが、色とりどりの花でできた花束には、彼らの精一杯の思いがあった。
知らず胸が熱くなる。口の中が渇いた気がした。
「……ありがとう」
青空の下、両手いっぱいの花を、アルヴィスは心からの笑顔で受け取った。
END