Rebirth 第六話 <前>
南の方角を目指し、街を出て数日。連日の通り、一行は魔物と相対していた。
「……なかなかしぶといな」
このあいだ一同が戦った狼の群れとは違う、一体一体がギンタたちの身長ほどあるスライムだ。ゲル状の緑の生物は武器による打撃を吸収してしまうため、魔法を使えるスノウやジャックが積極的に攻撃をしていたが、意外に素早くなかなか仕留めきれない。
ギンタがバッボとともに一カ所に追い込もうとするが、地面に溶けてかわされてしまう。
「っ、またかよ!」
「どこを狙っとるんじゃギンタ!」
「くそー! 何かおちょくられてる気がするぞ……」
「ギンタ! 後ろ後ろ!」
「おわ、あぶねっ!」
ジャックの警告に慌ててギンタは飛び退いた。毒性の強いスライムに触れたら、肌を火傷するだけでは済まない。
「チッ、このままだと消耗戦だな。一旦退くか?」
「けど、こいつら野放しにしたらまずいんじゃねーの、オッサン!?」
「そりゃそうだけどよ、数が多すぎるだろ! どこから湧いて出てきてんだよこいつら!」
「ええ、確かにおかしいです。昼間なのにこんなに出現すること自体、本来ならありえないはず」
「分析するのはええけど、ホンマどないすんねん!?」
「……オレが何とかする」
アルヴィスはナナシに答えた後、アランに話しかける。
「アランさん、一分後に仕掛けます。それまでにギンタたちを退避させて下さい」
「何? ……わかった」
悟ったアランは秒数を数えながら、仲間たちに目を配る。
アルヴィスはその場で姿勢を正し、目をつむる。急速に練りこみ始めた魔力に、青い髪の毛が煽られ揺らめく。
薄く瞼を開き、言葉ともつかぬ不思議な音を口にする。
『……夜の闇に住みし者、影の住人達よ。日の光が当たる今はお前達の領域ではない、立ち去れ』
それは人知では理解することのできない言語だった。アルヴィスは魔物たちに語りかけるが、スライムの一群は無機質な様子を崩さぬまま、動くのを止めない。
じりじりとアルヴィスの傍に近付く。
『そうか。ならば、闇に還るが良い』
アルヴィスの瞳が閃く。青い瞳が魔力を宿し、赤く強い光を放つ。
刹那、アルヴィスの周囲から火柱が立った。スライムの身体が燃え上がったのだ。
近くのスライムたちは跡形もなく、触れている地面から蒸発させられていく。
「こいつはすごいな……」とアランは素直に感嘆する。周囲の大気には、汗ばむほどの熱さが感じられている。
「よし、後はこいつらだけやな」
大地へのダメージを考慮してか、アルヴィスが放った魔法の範囲は限定的だった。彼の取りこぼしたスライムをナナシ達は狙う。
しかし魔物の動きが変わった。ざざっと音がつく勢いで下がったスライムたちは、一ヵ所に集まる。
突然の行動に一同があっけにとられている間に、スライムたちは一体の巨大なスライムに変化した。
「で……でっけー!!!」
「あんな事もできるんスか!?」
ちょっとした建物ぐらいはあるだろうか。ナナシとアルヴィスが以前遭遇したゴーレムほどではないが、とにかくでかい。
「な、なんか、ちょっとだけ美味そうかも……」
「そんなこと言っとる場合か!!」
巨大なゼリーに見えなくもないスライムを前に、ギンタは若干現実逃避をする。叱咤するバッボを尻目に、スライムは彼らにのしかかろうと前進した。
その時、空間を揺らす感覚がした。
「ん?」
「何? 地震?」
「いや……違う」
魔法を使えるメンバーが地面に目線をやる横で、誰よりも早くその正体にアルヴィスは気付き、顔をその方向に向ける。
宙に黒い、裂け目のようなものが現れた。
「これは……召喚魔法……」
それは精霊と契約を結んだ者だけが施行できる、特殊な魔術。
人間とは違う神秘の存在、精霊を喚び出す魔法だ。
次元の裂け目から爪のような手が出てきて、出口を広げる。開いた場所から、穴をくぐるようにして、巨大な獣の精霊が出現した。狼に似ているがその毛並みは青白く、独特の姿をしている。
低い唸り声のあと、精霊は獣らしい咆哮を上げた。思わず身が竦むような雄叫びだ。
そして、目の前の獲物に勢いよく食らいついた。大きなゼリーのようなスライムの体躯が、口の中に飲み込まれていく。嫌な音を立てて、精霊は魔物の身を噛み砕く。
咀嚼する音が細かく口の中ですり潰すものに変わっていった後、ごくんと飲み込むのが最後に聞こえた。
辺りには何もいなくなっていた。
「…………終わった、のか?」
「みたいやな……」
表情を感じ取れない瞳で自分たちを見つめたまま、動こうとしない獣を見上げながらおそるおそる呟く。すると華やかな声が場に響いた。
「あらら、追い付いちゃったみたいね」
獣の陰から、一人の人物が顔を出した。長い桃色の髪を三つ編みに結んだ、背の高い女性だ。
見た目の年齢はアルヴィスと同じかやや上くらいか、少女といっても差しつかえない彼女は、黒いミニドレスの上に同じ色のローブを羽織っていた。
「ちょっとぶりね、ナナシ、アルヴィス」
「……ドロシー?」
「ドロシーちゃん!」
驚きの声を上げる二人に、ギンタが三人を見比べた。
「何だ? 知り合い?」
「ああ、少し前の街でな」
「初めまして、私は守護精霊(ガーディアン)使いのドロシーよ」
ドロシーは、二人がギンタ達とパーティを組む前に訪れた街の一つで出会った人間だ。女性の身でありながら腕の立つ守護精霊使いであり、強力な守護精霊たちとともに旅をしている。
ちなみに二人が彼女と出会ったきっかけは、街の華やかな通りを歩く女の子を片端からナンパしていたナナシを、彼女が容赦なく切り捨てたことだったりする。
「そっちの人たちは?」
「アカルパポートの街まで道が一緒でな。ちょっとの間やけどパーティーを組むことにしたんや」
ギンタたち一行もそれぞれ自己紹介する。精霊使いであるからか、ドロシーは人工物に魂の宿った精霊であるバッボに興味を示した。
「どれどれ〜……って何これ!? アンタ重すぎ!!」
「ワシは普通の人間には扱えない特別な精霊なんじゃ! お前のようなただの魔女には持てんのじゃい!」
「ま、魔女って……私は精霊使いだっつーの! まぁ、魔性の女って意味なら大歓迎だけど……」
「ワシは胡散臭い女という意味で言ったんじゃ」
「うさっ……何よこの丸いの!」
どうもウマが合わないのか、以前のアルヴィスと同じ悪口を言いながらドロシーはバッボとやり取りを交わす。
バッボが「もうイヤじゃ!」と逃げた所で、焦れたように獣の精霊が彼女に頭をすり寄せてきた。
「あ、ごめんごめん。アンタのことも紹介しないとね。さっきはご苦労さま、トト」
「初めて見るな、この精霊は」
「前会ったときは見せなかったっけ? このコは守護精霊レインドッグ。名前はトトって言うの」
ドロシーの言葉に相槌を打つように、獰猛な獣はぐぱぁと口を開ける。大きなあごの隙間から凶悪な歯を覗かせた。
「ちょっと怖いかも……」
と、さり気なくスノウはギンタの背に後ずさる。
ぐるる……と唸りながら、トトは一同の顔を見渡した。そしてアルヴィスで視線を止める。じっと見てくるトトの、感情の読みとれない白い眼をアルヴィスは見返す。
どことなく緊張が漂う。
臆することなく、アルヴィスは獣に手を伸ばした。するとトトは頭をアルヴィスによせ、撫でられる体勢をとった。
「おお、手なづけた!」
「アル様すご……」
ビビりっぱなしのジャックが、心底感心した様子で言う。
「へぇ……珍しいね。トトが他人になつくなんて滅多にないのよ」
「アルちゃんは動物に好かれるタチやからな」
トトはアルヴィスが撫でるのを甘んじて受けていた。
凶暴そうな見た目でも、こうして大人しく撫でられていると普通の犬猫とあまり変わらない。一行はトトへの認識を内心改める。
すっかり和んでいると、ドロシーの服の腰元にあるジッパーがむずむずと動き出す。
「ん?」
トトもアルヴィスも、ほかの者もドロシーのポケットを見つめる。
ぎゅむ、と沢山の物を押し出すような物音が何度かくり返されて、ジッパーが内側から開く。一同の前に、つぎはぎの人形のような精霊が現れた。
全員が唖然とする中、精霊の口と思しきチャックがじーっと音を立てて開いた。
「はぁい! 久しぶりだねぇドロシー! 元気にしてたかい?」
「クレイジーキルト! アンタ、何で勝手に出て来たのよ?」
「あたいはここんとこ、ずーっとあのぐちゃぐちゃした所で過ごしてたんだよ? たまにはお天道様にも当たりたいじゃないか!!」
「あー、そういえば最近、全然喚んでなかったわね。ゴメン……」
「そうだよそうだよ!! まったく、折角契約したってのに友だち甲斐のない子だよ!」
「あー、はいはい……」
謝りつつも、ドロシーはきんきん喚くガーディアンにいささか渋い顔をする。
「よく喋る精霊だな……」
正直な感想をぼそっと漏らしたギンタに、クレイジーキルトはボタンで出来た目と口を向けた。
「あたいが喋っちゃ悪いのかい? このちっこいの!! 何だい、眩しい色の毛しちゃってさ。若いのに金髪になんか染めて、ああやだやだ!!」
「これは地毛だっつーの!! お前もちっこいくせに!!」
ギンタは言い返すが、騒音とも言える金切り声にいーっと耳を押さえた。
どうやらかなりお喋りな性格らしい。契約者であるドロシーも手を焼いているようだ。
ギンタから視線を外したクレイジーキルトは、ほかの面々をぐるりと見渡す。トトを撫でるのをやめ、皆と同じように目を点にしていたアルヴィスを見つけて叫んだ。
「おやまぁ! ドロシーの新しいお友達かい? 初めまして、あたいはドロシーの守護精霊、クレイジーなクレイジーキルトさ!」
「……アルヴィスだ。宜しくな」
アルヴィスは稀有な青い瞳をきょとんと瞬かせていたが、普通に挨拶を返した。意外と順応性が高いのかもしれない。
「えらい綺麗な方だねぇ! 魔力もお高いみたいだし、あたい惚れ惚れしちゃうよ」
「ありがとう、クレイジーキルト」
「……なんかロコツだな」
「どっかで見たような態度っスね」
「……え? 何でキミら自分を見るん?」
「こんな高位の精霊の御方と会えるなんて、光栄だよ〜」
突っ込みが不在の場で、クレイジーキルトの何気ない言葉が響いた。
「「あ……」」
「「え?」」
アルヴィスとナナシが汗を垂らす横で、他の声が揃う。
「キルト……今、アンタ何て言ったの?」
「え? だから『こんな高位の精霊の御方と会えるなんて』って」
聞き返したドロシーに、さも当然のようにクレイジーキルトは答えた。
しまった、と顔に書かれたアルヴィスを仲間たちは凝視する。
「精霊?」
一同を代表してギンタが聞く。
「お前が?」
ギンタはアルヴィスを指差した。無作法な仕草であるが、この場合は致し方あるまい。
指された本人は、罰が悪そうな顔をした。だが否定はしなかった。
「……えええええええーーーーーーーー!!!??」
ほぼ全員がアルヴィスを指差し絶叫する中で、
「やっぱり!」
スノウの合点のいった声があった。
「まさかお前が精霊だったなんてな!」
「全然気がつかなかったっス!」
驚きを隠せない面々にアルヴィスはすまない、と何度か言った台詞をもう一度繰り返した。
「別に隠していたわけではないんだが……」
「初めに言いそびれたのもあるしなぁ」
加担したことになるナナシも頭に手をやり、きまり悪そうに髪を掻く。
「おいヒゲ、お前も同じ精霊だろ? 気付かなかったのか?」
「こやつのトゲトゲした頭に気をとられて、すっかり見過ごしておったわ」
「……もう一度埋めてやろうか?」
アランの問いにバッボは憎まれ口を叩く。不穏な空気を滲ませ始めたアルヴィスを、ナナシはどうどうと宥める。
「私は最初からわかってたよ。ギンタは信じてくれなかったケド」
「スノウの変な勘も当たるもんだなー」
えへんと胸を張るスノウだったが、ギンタの余計な一言に彼をひそかに殴った。
「ドロシーさんも気付かなかったんスか?」
「私は精霊使いでも、まだ下級精霊使いだから。人の姿をした高位の精霊に会うのなんて初めてだもの! それにアンタ、なんか人間の気配に似てるっていうか……」
ドロシーはじーっとアルヴィスを観察する。アルヴィスは曖昧に微笑んだ。
「……ってことは、アンタはナナシと契約してるの?」
「いや、契約はしてへんで」
「え? そうなの?」
「そういう主義やねん」
朗らかに笑うナナシとは対照的に、ドロシーは顔を曇らせた。
「でもアンタ……そしたら……」
だが言いかけた言葉を、ドロシーは途中で飲み込む。
「何?」
「……ううん、何でもないわ」
彼女の不自然な発言に、何人かは不思議そうな表情をする。
アルヴィスはただ、微笑んでいた。
意識を切り替えるように、彼女は表情を変える。ピンクの髪をくるっと翻して一同を振り返る。
「で、君たちは何してたの?」
「え? ああ、あの森をさけて通るか、迷ってたトコだけど……」
ギンタは丘の向こうに広がる森を指した。
「迂回するには大きいし……けどなんか危なそうだって話になっててさ」
「そうね……」
ドロシーも森の方角を見やる。緑の瞳で、見えないものを見透かすように睨んだ。
「……おそらくこの地方で、魔物が急激に数を増やしている原因はあの森ね」
「え、ホントか!?」
「ええ。アンタも気付いてたんじゃない? アルヴィス」
「ああ」
話を振られたアルヴィスは頷き、涼やかな目元を眇(すが)める。
「……あそこには、なんだか負の波動が感じられる」
「負の波動?」
「魔力ともつかない気配が森を覆っている。……嫌な感じだ」
彼の言葉に、皆の顔が引き締まる。ドロシーはギンタたちに向かって、挑戦的に笑む。
「どうする? 行ってみる気、ある?」
スノウとジャックがやや不安げに、同い年の少年を見る。少しの時間考えていたギンタだったが、やがて大きく拳を作った。
「……行こう! 大丈夫さ! 皆がいれば怖くない!」
「ギンタが行くなら、オイラも!」
「私も!」
「やれやれ、家来が行くならば、主人のワシが行かぬわけにはいかんな」
「自分も賛成や。原因も気になるしな」
順々に意思を表明する面々の中、アルヴィスも再度頷いた。ドロシーの顔に満足そうな笑みが浮かぶ。
「精霊にトレジャーハンター。守護精霊使いに魔法使い、そして武闘家。うん、戦力としては十分すぎるわね」
自然と一同で一番背が高く、年長者でもあるアランが皆を見回した。
「行ってみるか。魔の森とやらに」
彼のかけた号令に、ギンタを始めとしたメンバーは「おー!」と声を挙げた。