レイズアップ、ライクアバード
数日前に乗り込んだ客と、アルマはだんだんと話すようになった。
存在感というものが希薄な印象の彼は、その色素の薄い見た目に違わぬ淡々とした口調であることがほとんどだ。だがその中にも、感情の起伏を少しずつ察せられるようにアルマはなってきていた。
もともと面倒見のいい性格ということもあるのだろう。無言が拒絶ではないとわかってから、アルマは沈黙の多い彼の元を訪ねることが多くなっていた。
昼を過ぎた頃、アルマは近くの海中にいる生き物たちを見つけ、声を上げる。
「見て、ファントム!」
呼びかけに青年が振り向くと、アルマは得意げに指で海面を示した。
百を超える、数え切れないほどの銀色が海中でうねっていた。魚の群れだ。
その上をまるで覆うようにして、白い何かが乱舞し始める。船の上空に並ぶように付いて来ていたカモメたちだ。
青い世界で、白と銀色が太陽の光に反射している。
「……すごい数だね、どっちも」
「ちょうど渡りで移動する時期だから、おたがい同じルートを通ったのね」
「そうなんだ」
しばらくファントムはアルマの隣で瞳を海原に奔らせていたが、ふと興味を失ったように視線を外し宙を仰ぐ。
「……鳥から見たら、人間なんて滑稽に思えるんじゃないかな」
唐突な発言に、小首を傾げてアルマは彼に問う。
「あら、どうして?」
「だって人間はARMでも使わないと空も飛べないし、魚のように泳ぎ続けることもできない。生き物としてあまりに不完全すぎるじゃないか」
「……そうかしら」
アルマは今度はゆっくりと首をかしげる。そして目の前で生き生きと命を輝かせている生き物たちを見ながら言った。当たり前のように。
「でも私たち人間は、彼らにできないことができるわ。やれることが違うだけよ」
「そうかなぁ」
「ええ。それに人間だって、空を飛ぶことができるわよ」
「ARMも使わないでかい?」
「ええ」
大きく頷くと、アルマはしなやかな両腕を、空に向かって広げてみせた。
「ほら。こうしてみるとね、鳥になったみたいに感じられるわ」
船の欄干から身を乗り出すようにして、瞳だけでファントムに振り向き笑いかける。
時々顔を出す彼女の少女のような無邪気さに、頰が熱くなるような気持ちを覚える。
だが一方で冷静な面持ちのまま、ファントムは進言した。
「……危ないよ、アルマ」
「平気よ!」
しかしアルマは少しムキになったように返すだけだ。
だがその時。波が船体に強く当たり、船が大きく傾いた。煽られた船体に鳥たちが上空へと逃げ出す。
「あっ」
「あぶない……っ!!」
バランスを後ろへ崩したアルマは甲板に投げ出されそうになる。反射的に目を閉じた。
しかし覚悟していた衝撃は来ず、固く閉じた瞼をおそるおそる開く。
「あ……」
触れているのは、細いが意外にもたくましい腕。
間一髪、背中にファントムが滑り込んでいたのだ。
少し固めの胸板が、服越しに当たる。しっかりと抱きとめられた体の力が、緊張が抜けて和らいだ。
「ご、ごめんなさい……」
彼の警告を聞かなかったこと、そして思いがけず彼の胸に飛び込む形になってしまったことに気付き、アルマは顔を赤らめながら謝罪する。
しかしファントムは、どこか呆けたような顔付きで動かないままだ。
「……ファントム?」
「…………本当だ」
「え?」
「鳥みたいに軽いよ。君」
真顔で答えた彼を、アルマはきょとんと見つめる。
しみじみと言った彼に、だんだんとおかしな気持ちが上ってくる。
「……ふふっ」
「?」
腕の中で鈴を転がしたような笑い声をあげる彼女に、ファントムはふしぎそうな顔をする。
そんな二人の顔を見比べるように、再び舞い降りてきた鳥たちは、にぎやかに二人の側を飛んでいた。
END
出会った頃、まだ恋人になる前の二人。
リア充爆発しろなんて思いながら書いた話です(笑)
タイトルは前作「The first Blue」同様にイメージ曲にした、GARNET CROW「Over Drive」の歌詞から。
「鳥のように心が舞い上がる」といったイメージでつけました。
短い話ですが、ss扱いとするには少しもったいないような気がしたので短編のくくりにしました。
2018.3.21