ラグ・タイム
勝利で終えた試合の後。宵は口。宴もたけなわ。
賑わいの中心となる戦士たちが盛り上がる中、その端では……
酔っぱらいたちが、管を巻いていた。
「あれぇ〜〜姫様ぁ〜〜? どこですかぁ〜?」
空にした酒樽をいくつも周りに転ばせながら、真っ赤になった顔でエドがあたりを見渡す。
それに近くに座っていたベルが、同じくらい赤くなった顔のまま呆れたように返す。
「もぉ〜〜、スノウならさっきギンタのところに行くって言ってたじゃない〜」
「そうでしたかぁ〜、いやぁこれは失敬失敬〜」
頭をコツンと叩いてみせると、景色が思いのほか揺れて「おおっとぉ」とエドは零す。けれど酒を飲む手は止めないのだからすごいものだ。
ぼんやりとした目つきながらも、エドの様子をじーっと見つめていたベルが言う。
「ねぇ〜〜エド〜〜〜」
「ヒック、なんですかぁベル殿〜〜」
「そんなにスノウにべったりしてちゃあ〜〜、この先大変よぉ〜〜」
「むむっ?」
わずかに首を傾げるエドに、酔っ払い特有の間伸びした、舌足らずな口調でベルは続ける。
「もしスノウにお婿さんができたりしたらどうするの〜〜」
ベルの問いにメガネの奥をクワっと見開いて、エドはドン! と勢いよくジョッキを地面に叩きつける。驚いたベルが「わぁ」と酔って緊張感のない声を上げた。
「何を言いますか! 姫様はこのメルヘヴンの象徴とも言える由緒正しきレスターヴァの姫君!! このエドワードの目が黒いうちは、そんじょそこらの輩に大事な姫様を預けるなどできませぬ!!」
ふんすと鼻息荒く吠えたのち、エドはぐびっと残りの酒を飲み干し「ぷはー!」と息をついた。「お酒臭いよぉ〜エド〜」とベルがぼやく。
「人のこと言えませんぞベル殿〜!」と叫ぶエドに、ベルはけらけらと可愛らしい笑い声を上げた。
それに酒が回ったエドも「なははは!」と意味のない笑いを返す。
笑いの発作が収まった頃、顔は酒で赤いままだが、ふと神妙な表情になったエドは掲げていたジョッキを下ろした。
「けれど……いつかその時が来ることは、承知しています」
横で見上げるベルの視線の先で、エドは寂しそうに眉毛を歪ませる。
「姫様が幸せになるならば、いつかはその旅立ちを見守らねばいけない日が来るのでしょう、そう思うと……」
『エド、今までありがとう!!』
エドワードの脳裏に、白いウェディングドレスに身を包んだスノウの姿が浮かんだ。
満面の笑みを湛えて、これまで尽くしてきた自分に礼を告げて。生涯を添い遂げる伴侶のもとへと、ゆっくり歩き去っていく……。
さながらエドの今の心情は、愛娘を結婚式に送り出す父親である。惜しむらくは、彼女はまだ大人になっておらず、エドの頭の中では今のスノウであり、可愛らしいがまだコスプレと言ってもいい姿であったことだった。
「くうぅっ」
肉球のある手をぐっと握り、拳を顔に当てて男泣きをする酔っぱらいの背中を、よしよし〜とベルは撫でる。
ずずっと垂れてきた鼻水を啜ったのち、エドは横の樽から酒を注ぎ、またアルコールを煽る。
「そういうベル殿はどうなのですかぁ」
「え〜〜?」
「アルヴィス殿のこの先のことを、考えたりはするのですかぁ」
「私はアルとずーっと一緒だもん〜〜〜」
デレデレとした声は、半ば想像していた通りの答えである。自分のセンチメンタルな憂いなどとは、さぞかし無縁だろうと思いかけたエドの耳に「でもねぇ〜」と小さな呟きが届く。
「でも〜〜アルは人間だからさぁ〜……エドじゃないけど、ベルもいつかは離れなきゃいけない時が来るのよねぇ〜……」
『ベルは俺が守ってやる』
思いに耽るベルの脳裏に、ありし日のアルヴィスの姿が浮かぶ。
大好きな彼。大好きな声。大好きな笑顔。
けれども彼とベルとはちがう種族であり、同じように歳をとることはないのだ
「ずっと一緒にいたいし、いるけどぉ……それは無理だってわかってるんだよね〜……」
考えないようにしてるけどぉ、と気怠るげにつぶやいたベルに、しみじみとした口調でエドが言った。
「……ベル殿もお辛いのですね」
エドの相槌に、ベルは、一瞬だけ切なく頰笑んだ。
そして我が意を得たとばかりに激しく頷き、エドににじり寄った。
「そう、そうなのよぉ! 辛いのはアンタだけじゃあないっ!」
「まったくですな! いやはや、泣き言を聞かせてしまい面目ない!」
「よきかなよきかな! お互いさまってやつよ!!」
「こういう日は飲みましょう!それ! もう一杯!」
「うん! 飲もう! じゃんじゃん飲んじゃお〜!」
そうして次々に酒樽を空にしていく二人を、止める者は誰もいなかった。
やがて宴会が終わりを迎える頃、すっかりへべれけになった二人を見つけた者たちが驚きの声を上げる。
「わ! エド、顔真っ赤!」
「ベル! 何やってるんだ?」
「あ〜〜姫しゃま〜〜〜」
「あれぇ〜アルが二人いるぅ〜〜」
「もう、二人とも飲み過ぎだよ」
「一体なんでここまで……」
唖然としながらも慌てて介抱するスノウとアルヴィスに、少し離れた場所で一部始終を見守っていたガイラが告げる。
「大人には色々あるのだ。色々と、な」
その理由を知る由もない二人は、不思議そうに目を瞬きさせ顔を見合わせた。
END
ガイラもいたんかい、というオチです。
最初は酔ってしょうもない話を書いていたはずだったのに、結構シリアスになってしまいました。とはいえ、元が元なのでシリアスになりすぎないように心がけました。
途中の「〜」が多い会話は、エドの坂口さんとベルの釘宮さんの声と口調を思い出しながら書きました。特に釘宮さんのベルで舌足らずな口調を聞いてみたい。絶対かわいいだろうなぁ。
タイトルのラグ・タイムは、「ラグタイム(ragtime)」と綴りがちがう似た言葉の「タイムラグ(time lag)」をかけています。
エドもベルも、実は人間であるスノウとアルヴィスとはちがう時間を生きる種族なので、その意味を含んだタイムラグ。
酔って思いがけないことも言ってしまったことから、即興として奏でられるジャズの前身である音楽の「ラグタイム」(ただし実際のラグタイムは、即興演奏ではないそうです)。
あとスラングとしてのラグタイムに「だらしない」といった意味もあるようなので、酔っ払って締まりのない二人の状態もかけて付けたタイトルになります。
ちなみに私の中の「ラグタイム」は、とたけけの曲が印象深いです(byどうぶつの森)
読み返すとやっぱり短いお話ですが、少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
2023.8.20