One-way road

 

 

 

 

 隠れ家のような洞窟の地底湖で、停泊する船の傍に佇むシルエットがある。

 

「やぁ、アルマ」

 

 数ヶ月ぶりに顔を合わせる恋人に、ファントムは片手を挙げて親しげに話しかけた。

 

「……こんにちは、ファントム」

 

 波飛沫のように光りながら揺らめく長い髪をなびかせて、振り向いた彼女はいつもの柔らかい笑みを浮かべるが、それはほんの少しだけぎこちなさを伴っている。

 しかし久々に会えた高揚感からか、彼はそれには気づかずに近寄った。

 

「元気だった?」

「ええ。ファントムも?

「僕も変わりないよ。……最近会えなかったから、少し寂しかったかな」

「ごめんなさい……このところ飛び込みの仕事が多いのよ」

 

 船乗りであるアルマの仕事が増えた理由。それは水面下で進んでいるチェスのメルヘヴン侵攻の準備のために物流の流れが変化し、何か事が起こりそうだと察知した商人たちなどの急な動きが原因である。

 ファントムはアルマの目尻のあたりに指を伸ばして、そこから頬へと肌をなぞる。

 

 

「……疲れてる? 顔色があまり良くない」

 

 

 そのまま耳のそばまで指を滑らせ、長い髪を梳いて耳にかけてみせると、アルマはようやく嬉しそうに笑った。

 

 

「……大丈夫よ。心配してくれてありがとう」

 

 

 アルマはファントムたちが何か事を為そうとしていることには気づいているものの、それがこの世界の侵略戦争であることまではまだ知らない。

 そのため目の前の恋人の労りの仕草に、素直に礼を言った。

 しかし続いた言葉に、表情は再び曇ってしまう。

 

「クィーンから聞いたよ。鍵を渡されたんだってね」

「…………」

「嬉しいよ。僕の不死を完璧にするためのピースを、他でない君が持っていてくれるなんて」

 

 するとアルマは何故か笑みを消して、顔を伏せた。

 それはどこか痛々しげで、寂しげで、どうしてそんな表情を浮かべるのか、ファントムには理由がわからなかった。

 けれど少し考えて「ああ」と、もっともらしい理由に思い至る。

 

 

「君のことだから、きっと責任を感じているんだね」

 

 

 優しい彼女のことだから、おそらく思い至ってしまったのだろう。

 鍵であるプリフィキアーヴェが奪われた場合、ファントムの不死が崩されるという可能性に。

 彼女は女でありながら船乗りとして身を立てている逞しい女性(ひと)だけれど、ARM使いとしての実力はファントムたちよりも下だ。

 それでも彼女にクィーンが鍵を預けた理由。それはひとえにファントムの恋人であるからだろう。同時にチェスでない彼女が所有しておくことで、敵対勢力へのめくらましにつながる。

 この先ファントムの前に立ち塞がる者たちがいくら彼の周辺を探っても、チェスでない一般人であるアルマに辿り着く可能性は限りなく低い。

 そうすれば、仮に死すともファントムは蘇る。

 文字通り、何度でも。永遠に。

 

 

「大丈夫だよ。何があっても僕は死なない。……万が一、君と僕とのつながりに気付かれたしても、君に危害がいくなんてことは、絶対にさせない」

 

 

 安心させるように彼女の顔を覗き込むファントムに、アルマは目を合わせなかった。

 代わりと言うかのように、身体に寄り添った指がそっとファントムの服の端を掴む。

 それに愛おしさを覚え、ファントムは彼女の身をそっと抱き締めた。

 初めて知った柔らかい温もりは、変わらずにファントムの心を温めてくれる。

 愛を込めて、ささやいた。

 

 

「僕のために、君が持っていてくれ」

 

 

 そうして彼女の前髪を掻き上げ、額にキスをしたファントムにアルマは目を瞑った。

 やがて伏せていた顔を上げ、沈黙したまま、静かな微笑を作った。

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 
メモで書き溜めていた散文を膨らませたもの。
過去に書いた短編「愛の意味を」の続編にあたる話です。

記録を遡ったところ、そちらは2010年に書いていたようです。…15年前…だと…!?

 

タイトルは一方通行の道、といった意味です。

二人の気持ちのすれ違いや、お互いに行く道を決めてしまっているという意味を込めてます。ファントムはチェスのトップとして、アルマは彼を止める者として。

身体は寄り添っているのに、互いの気持ちは行き交っていない、でも、愛している。そんなイメージです。
ファントムは育った環境が特殊で、ある意味純粋な人なので、個人的に愛を語る言葉などはストレートな印象があります。
ご拝読くださり、ありがとうございました。
2025.1.2