霧の奏でる夢幻旋律
「そんじゃちょっくら出掛けてくるわ。留守番よろしゅーな」
「はいよ!」
「行ってらっしゃいです、 ボス!」
「ああ」
仲間達の見送りにナナシは軽く手を上げ、砦の入り口でアンダータを発動した。
長いバンダナが景色に消える。岩だらけの山々を眺め、一同は知らず長い息を吐いた。
砦の中へ戻ると、今日の戦利品を整理した仲間達が宴の準備を始めていた。
自分達のボスがいなくなっていることに、奥から酒樽を運んできたスタンリーが気付き問う。
「……あら。ボス、どこか出掛けたの?」
「ああ、例の場所さ」
「……ああ、またこの季節なのね」
早いわねぇ、と相槌を打ったスタンリーを、合点がいかない様子で見た何人かが戻ってきた面々に話しかけた。
「あの……ボスは何処へ行かれたんですか?」
「ん? …ああ、お前たちは新入りだったな」
近寄ってきた男たちの顔を見て、モックは納得したように表情を動かした。
彼の行動は、ルベリアの古参メンバーには言わずと知れたことだったが、最近入った若い連中が知らないのも無理はない。
それだけ時が流れたということかと、モックは眼鏡の奥の小さな目を細めた。
「今日はな、ボスの大事な仲間が亡くなった日なんだよ」
「大事な仲間……?」
「ルベリアのですかい?」
「いや……ルベリアじゃない」
スタンリーがテーブルにグラスを持ってくる。グラスの底に軽く溜まった埃をチャップが拭いて渡すと、モックは椅子に腰を下ろしそれに酒を注ぎ入れた。
宴会にはまだ早い時間だったが、その場にいた者達はそれぞれカップやジョッキを傾ける。
「……六年前、チェスの兵隊が仕掛けたウォーゲームがあったのは知ってるよな」
「ああ、勿論」
「たった八人のメンバーで、チェスの兵隊に勝ったってやつだろ?」
「ボスも、俺達ルベリアの仇をとるためにゲームに参加した。そのとき一緒に戦った仲間の命日なんだ」
「命日……」
「そう」
椅子を引いたスタンリーが、自らもモックの隣に腰掛けながら寂し気に続けた。
「彼はチェスの司令塔だった男、ファントムの呪いを受けていて……とても強い人だったけど、呪いには抗えなかった」
当時を思い返し、彼は一旦酒に口に含む。
「……何とか呪いを解こうと、ボス達も頑張ったんだけどね。結局間に合わなかったの」
「もう六年も前なんですね……」
大人達の中で、一人ジュースを飲んでいたチャップが呟いた。あの時幼い子供だった彼女が、今では年頃の少女になっている。
彼らと同じように、当時を知る一人が言った。
「たしか名前は……アルヴィスさんだったな」
荒涼とした空を、いくつもの雲が流れていく。
海が見える丘に立てられたささやかな墓石に、ナナシは花を手向けた。
「……もう、六年になるんやな……」
何年にも思えた、短くかけがえのない日々と、
自分達の全てが変わってしまった、あの日から。
ギンタとダンナは、異世界に帰った。
スノウとアランは、レスターヴァヘ戻った。
ジャックは母の待つパヅリカへ、ドロシーは姉のばらまいたARM集めも落ち着き、故郷カルデアへと戻った。
そして、自分はルベリアへ帰った。
だが、彼はもういない。
彼だけは、どこへ帰る事もなかった。
ウォーゲームが終盤にさしかかった頃、急速に進んだアルヴィスのゾンビタトゥの呪いを解くために、メルはクラヴィーアと呼ばれる幻の都を目指した。
何でも願いが叶うという、伝説のARMを手に入れるために。
奇しくも目的が同じだったゴーストチェス達と戦いを繰り広げながら、彼らは伝説の地・クラヴィーアヘと辿り着いた。
しかし、彼らが望んだ結末は、手に入ることは無かった。
『待っていた現実は……厳しかったよ……』
執事に連れられて訪れた王の間で、何があったのか。アルヴィスは語らなかった。
ただ悲し気に微笑み、硝子のような階段を一人下りていった。
誰にも引き止めることなど、できやしなかった。
そして数日後、短い別れを告げ、そのまま、
彼は、自ら命を絶った。
「……あ…………」
彼が自分たちの元から姿を消し数時間して、いつも彼の傍らにいた妖精が唐突に叫んだ。
大きな目を見開き、見る見るうちに涙を溜めた。
「アルヴィスが……アルヴィスが……」
……死んじゃったよぉ!!!!!
声を涸らすほど泣き叫ぶベルやほかの面々に、ナナシは何も言えなかった。
どうして、という言葉の代わりに零れたのは、涙だった。
ぶわぁっと、不意に強くなった風がナナシの前髪にぶつかった。
回想から戻り、ナナシは目の前の石碑を見る。
——彼の体は、ここには無い。
この墓石は、戦争後メルの仲間たちと建てたものだ。
自然が好きな彼だったから、何より人が好きな彼だったから、海や草原を見下ろせる、街から然程離れていないこの場所にした。
メルの面々とはまめに連絡を取っているわけではないが、折に触れては皆ここを訪れているようで、墓石の花が絶えることはあまりなかった。
……長い時間を過ごした訳ではなかった。
だがあの数ヶ月は今の平和な日々に匹敵するくらい、自分たちにとってかけがえのない大切なものだった。
その日々を共に過ごした彼がいないという事実は、時間が流れたとはいえ、戦争の爪跡とともに自分達の心に確実に影を落としていた。
これは決して、癒されることのない傷なのだろう。
「………帰るか」
長い思考から目覚め、ナナシは腰を上げた。
挨拶のように石にコツンと一度拳を当てると、丘を後にする。
アンダータで砦にすぐ戻る気にはなれず、ナナシは海岸沿いをしばらく歩くことにした。ウェッジタウン近くの街道に通じる、起伏のある道を進んでいく。
見渡すと、近く一帯にうっすら靄(もや)のようなものがかかっている。
……そういえば、この辺りは霧が発生しやすいんやったな。
どこで得たのか忘れてしまった知識を思い出していると、前方に不穏な空気を感じた。
「……何や?」
争うような声、音。ナナシは感覚を研ぎ澄ませながら坂を駆け上る。
傾斜を登り切り、視界が広がる直前に身を屈めて窺うと、坂の下に複数の人間が見えた。
「うわあああ!!!」
大きな袋をいくつも背負った行商人と思しき男たちが、盗賊らしき一団に襲われている。
ナナシは場を冷静に観察するが、ほぼ無抵抗と化している行商人達に賊達は容赦なく暴行を加えている。完全に一方的だ。道義を無視したやり方にナナシは嫌悪感を覚える。
そしていよいよ賊の一人がダガーナイフを取り出し、商人の男性に突き付けたのを見て、気が付けばナナシはグリフィンランスを発動させ走り出していた。
「待ちや!!」
ランスの切っ先がキィンと高い音を立て、男のナイフを弾き飛ばした。
「!? 何だお前!!」
「殺してまで人のモンを盗るっちゅーんは、えげつないんとちゃう?」
商人をガードする位置に立ったナナシは、挑発するように口だけで笑ってみせる。ナナシの素振りに何人かが気色ばるが、一人がおい! と声を荒げた。
「こいつ、確かメルにいた……!」
「ルベリアのボス、ナナシか!?」
「ほぉ、自分も有名になったもんやな」
「何でてめぇがこんな所にいやがる!!」
「そんなんこっちの勝手やろ」
「ちぃっ! 余計な奴が出てきやがって」
苛立たし気に舌打ちをする賊達の耳を、前髪の隙間からナナシはとらえる。
耳に揺れるピアス。そのデザインは、大戦時に見慣れたシンボルの一つだった。
それを目にした瞬間、腹の奥底から冷えた怒りが涌き上がってくる。
「……なんや……まだおったんかいな……」
ナナシの声音が一段と低いものに変わる。傍にいた商人は、知らず背筋を震わせた。
「ワレ……チェスの残党か」
笑みを消し、冷たい眼差しで、ナナシはランスを賊達に躊躇いなく向けた。
ナナシの雰囲気が変わったのを察し、チェスの何人かが怖気づいたように後ずさる。
氷のような眼差しに、その場にいた者たちは皆動きを止めてしまう。
「……何してんねん。早よ逃げんかい!」
「あ、ああ!!」
「すまん!」
ナナシが後ろで固まっている商人達に怒鳴ると、商人達は呪縛から解かれたように走り出した。
視線は前方の敵に向けつつ、商人達の距離が離れたのを確認する。
己の纏うぴりぴりとした気配を自覚し、ナナシは意識的に力を抜き、笑みを浮かべてみせた。
「チェスなら尚のこと、見逃すわけにはいかへんなぁ」
「……へっ、やってみろよ」
腰が引けた身を奮い立たせるように、連中の一人が挑発的に言い放つ。
ナナシは笑ったまま、切れ長の目を鋭く細めた。
「いくで。……おらぁぁぁあああ!!!」
賊達に向かい、ナナシはランスを振るっていく。致命傷を浴びせることはなかったが、容赦もしなかった。
仲間を殺された恨みに、彼のことも相まり。ナナシのチェスに対する敵愾心はより深いものと変化していた。胸に燻る激情のまま打ちのめしていく。
(くそっ、魔力が思うように練られへん! いつもならこんな奴ら、すぐのしたるのに!!)
負ける気はまったくしない。だが、戦いに普段より無駄に時間をかけてしまっていることに、苛立ちが募る。
(……やっぱ、この日やからやろか)
掌に電撃を練りながら苦く笑う。脳裏に十字を背負った背中がちらつく。
「くそっ!」
「こいつ、やっぱり強えぞ!」
エレクトリック・アイで二人ほど吹き飛ばす。すると、ナナシの周囲に霧が立ちこめる。それも物凄い勢いだ。
「何や!? 目くらましか?」
だが驚いているのは相手も同じらしい。仲間にネイチャーARMを使っていないかと尋ねる声がした。
……となれば、これは自然現象か。
「うろたえるな!! 魔力でヤツの場所はわかる! 一気にたたんじまえ!!」
賊の一人が声を挙げ、一箇所に集まっていた気配が散開するのを感じた。
下手に動かず、ナナシは彼らを迎え撃つべくランスを構えた。
「てりゃあああ!!!」
後方から近付く魔力の主に振り返り、ナナシは武器を思い切りぶつける。
剣と槍がギリギリと擦れ合い、拮抗する。
賊の男と目が合う。ナナシの強さと気迫に、男が怯えた表情を見せた。つい先程、商人にナイフを向けていた奴だ。
ナナシのランスを握る手に、更に力が込もる。
「————お前らみたいのがおるからなぁ!!」
彼は戦いに殉じ、命を落とさねばならなかったのだ。
「うぉおおぉお!!!!」
全身の力を込め、剣を弾き返す。戦闘意欲をなくし、地にへたり込んだ賊の首元のすぐ近くに、報いとばかりに槍を突き立てた。
「もらったぁ!!」
「!!」
と、別方向から叫びが届く。咄嗟に防御に転じようとするが反応が遅れた。
ナナシは地面に刺したランスをそのままにし、顔の前で腕を組みダメージを覚悟する。
武器が、眼前に近付く。
キィーーーン!!!
甲高い反響音を立て、ナナシと男達の間に一つの影が立ち塞がった。
「!? 何や!?」
霧が濃く、突如乱入した人物の姿ははっきりと見えない。
援軍……なのだろうか。フードを被った背中の持ち主は、細身の体格のようだ。
更に周りに、音も無くいくつもの影が現れる。銀色の甲冑を纏った兵士達だ。
「な……なんだこいつら?」
「あいつの仲間か?」
「構うな!! そいつらもやっちまえ!!」
彼らの正体を理解したナナシが動けないでいる中、賊はひるみつつも兵士達へと向かっていく。
しかしそれが無駄であることは、ナナシには疾うに理解っていた。
甲冑の兵士は一振りで、いとも簡単に残党達を薙ぎ払う。
圧倒的だった。無慈悲とも思える容赦のない剣圧は重く、感情の機微を微塵も感じさせない。
この光景を、自分は何度か見たことがある。
その時この兵士たちを率き従えていたのは、誇り高い薔薇のように気品を備えた、凛々しき女剣士だった。
しかし彼女は己の意志に殉じたため、自分たちの目の前でナイト達の粛正を受け、天へ還った筈。
それならば、今は誰が……
周囲を覆っていた霧が晴れていく。
ナナシの前に立つ人物が、剣を構えたまま片手でフードを下ろす。
ぱさりと、フードの中から髪が落ちた。
「……霧の都への登城を望む者か」
変声期を過ぎた、低めの落ち着いた声。
夜空と同じ色をした、癖の強い髪。
心を全て見透かすような、澄んだ青い宝石をはめ込んだ瞳。
その姿を、ナナシはよく知っていた。
「我らはミスティ・ナイツ。ミスティ・キャッスル、クラヴィーアの守護騎士である」
朗々と通る声で、もう青年と呼ばれるべき少年は言った。
あの頃より少し成長したように、その面差しは大人に近付いていた。
………この少年は………!!!
「霧の都って……」
「この辺りで聞く、伝説のクラヴィーアのことか?」
「何でも願いが叶うっていう、あの!?」
「けど、ありゃ迷信とかじゃねぇのか?」
「でもよ、こんなこと普通言わねぇだろ」
クラヴィーアの噂はチェスも知っていたらしい。
顔を見合わせ困惑する男達を他所に、硬質な声が答えを急かした。
「登城を欲する者か、否か、答えよ」
「も、勿論だ!」
「行くぞ! オレ達はクラヴィーアに行くぞ!」
「よかろう」と少年は持っていた剣を掲げた。彼の身の丈と同じくらいの大剣だ。
少年は印象的な青い瞳を閉じる。
「ミスティ・ナイト……古き慣わしによりネイチャーの声を欲するこの者に伝えよ」
どこからか、信託を告げる鐘のような音が場に響く。
過去の記憶を辿るような光景に、ナナシは自然と見守る姿勢になっていた。
……あの時もこうして、皆彼らの判断を待ったのだ。
誰もが固唾を飲み、沈黙で充満した空気を切り裂くように、少年が目を開く。
鋭い眼光が男達を見据える。
「ナイトの魂は……貴様らを拒絶する」
少年の姿をした騎士は、掲げていた剣を男達に向ける。同時に周囲のナイト達も彼らを取り囲むように一歩踏み出した。
「心悪しき者共、クラヴィーアの清き宝はお前達を望まん」
やはりとナナシは思うが チェスの残党達は納得がいかないらしくざわついている。
「すぐに立ち去れ。命が惜しいならな」
有無を言わさない口調に、半ば呆気にとられていたチェス達が、一気に怒気を膨らませた。
「この野郎!!!」
「なめてんのか!!」
数人が己の獲物を握り直し、一斉に少年に飛びかかった。
「……抵抗するか。ならば力を持って排除するのみ」
少年は動じず、冷酷な眼で彼らを一瞥した後、動いた。
だが見えなかった。足を踏み込んだ、と周りが思った刹那、少年は既に剣を横に向けており、賊達の身体は崩れ落ちていた。……速すぎたのだ。
その動作に倣うように、ナイト達も残りの者を次々と倒していく。
「何だ……こいつら……」
「強……すぎる……」
あっという間にチェスの残党達は全員倒れ伏し、見下ろすナナシの背中に汗が伝う。
……相変わらず空恐ろしい強さだ。だが無駄のない彼らの剣技は不思議と美しさすら感じさせ、この世の者とは違う存在感に、ナナシは言葉を奪われたままだった。
地面に倒れた者たちから視線を外し、少年の瞳が今度はナナシを捉えた。
その青を認めた瞬間、息が止まる。
「……お前も登城を望むのか」
「……いや……」
「ならばいい。この場のことは忘れろ。その方が幸せだ」
擦れ声のナナシへの返答が合図になったように、少年の周りにいたナイト達の姿が消える。一人残った彼は、大剣を背に担いだ鞘に収めると、踵を返し立ち去ろうとする。
霧の中に消えようとする背中を、気付けばナナシは呼び止めていた。
「ま……待て!」
呪いがかかっていたように、動かせなかった唇を動かし、彼を追いかける。
「待て……待ってくれ!」
驚きで乾きかかった喉で、何度か呼びかけた末に、少年がようやく振り向く。
身長差のあった身の丈は、今はナナシと並ぶくらいにまで伸び、同じ高さで目線が合った。
「君は……」
「彼」の姿をした『彼』は、感情のない瞳でナナシを見つめた。
忘れる筈の無かった声、顔。
けれど彼の名である筈のそれを、ナナシは呼べなかった。
「……何だ?」
………違う。彼の姿ではあるが、彼ではない。
「……いや」
肩を掴もうと伸ばした腕を下ろす。
「知り合いに似てたんやけどな、人違いやったみたいや」
失望に似た気持ちと共に、込み上げる苦い感情。
それを紛らすように、ナナシは口の端を上げた。
……これは「彼」にも『彼』にも、失礼だ。
「……間違うて悪かったの」
凪いだ瞳で自分を見る彼を見返し、ナナシはもう一度だけ笑った。
「……ほんならな」
そうして、二度と会うことはないであろう彼にナナシは、背を向けた。
己の場所に戻るため、霧のない方向へ去っていった。
振り返ることは、しなかった。
その後ろ姿を、少年の風貌をした若い騎士は見つめた。
長い髪が揺れるのを、マフラーが風にたなびくのを、無言で見つめ続けた。
不意に、唇が何か言いたげに歪められた。
だが、言葉が発せられることはなかった。
ぴくりと、少年が何かに反応して眉を動かす。
空間と空間が繋がる気配。
彼の向いた先に白い光が生まれ、どこからともなく、色違いのワンピースを身に纏った少女達が現れた。
「お待たせ! アル兄!」
「こっちは片付けたよぉ〜」
アル兄と呼ばれた青年は、雰囲気を柔らかいものに変えて少女達に微笑んだ。
「ご苦労様。こっちも終わったよ。帰ろうか」
「うん!」
「帰ったらお茶しようぜアル兄! 爺さんがケーキ作っとくって言ってたよ!」
「そうか。楽しみだな」
「ケーキ♪ ケーキ♪ ひつじのケーキ♪」
「も〜、アーちゃんったら、ひつじじゃなくて執事さんだってば……」
「羊は動物じゃんか! 爺さんはし・つ・じ!」
「ほとんど同じ〜」
「同じじゃない!」
のほほんと返すアーにベーが突っ込みを入れる。そんな二人にツェーはいつものように笑っていたが、隣で押し黙ったままの青年をふと不思議そうに見上げた。
「どうしたの、アル兄?」
「………いや。行こうか」
青年の一言に頷き、少女達はアンダータではない力を発動させ消えていく。
霧の中心に立つ青年も、同様に力を発動させた。霧が一層濃くなり、青年の身体を爪先まで包む。
消える間際、青年は背中を振り向いた。そして
ナナシ、と。
呼べなかった名前を、青年はそっと宙に溶かした。
END
いつから書き始めたのか、自分でもわからなくなった作品です。
元々はクラヴィーアプレイ中に判明した「アルヴィスがミスティ・ナイトの跡目候補」という設定から、プロットを立て始めた話でした。
その時点で、頭の中では自然とアルヴィスとナナシの会話が浮かんでいたのですが、同時期にサイト4周年という節目を迎えました。
折角なので何か企画をしようということに決め、その時ふと「メインキャラがナナシでなくても、これはある意味成立する話だな」と思い至りました。
そこで、アンケートに投票して下さった方々にメルメンバーの中からメインキャラを決めて頂き、その結果を反映させることにしました。(ギンタは現実世界に帰っているので彼だけは除外)だからアンケート結果によっては、アルヴィスと再会するのはアランやジャックということも有り得ました。
そしたら圧倒的なナナシさん人気により、彼が首位を取り、当初のプロット通りの流れになったという…ちょっと不思議な経緯を持つ話です。
…しかし、アンケート終了後サイトで書き始めたのがサイト5周年になってから(つまり一年間放置)で、その後もこうして時間をかけ…今年サイト8周年を迎えました。
え、3年、ですか。すみません。自分でも吃驚です。
タイトルは、クラヴィーアは音楽がモチーフになっていることから、ワーグナーの楽劇に用いられる音楽様式「無限旋律」をもじりました。
伝統的なオペラは場面転換するごとに構成が代わるのが常ですが、この様式は名前の通り、終幕にならない限り延々と音楽が続くという構成になっているそうで。ナナシが見た幻と、終わらないクラヴィーアの跡目や、ミスティナイト達の定め…そんなことも彷彿させるなと思い選んだ言葉です。
危うく話が無限に終わらない…なんてことにならないで良かったです(笑…えない)
当サイトでは珍しく救いのない話ではありますが、少しでも何か心に残るものがあれば嬉しい限りです。
では、最後までご拝読下さり、ありがとうございました。
2015.10.18