Melting wish

 

 

 

 部屋ごとに設けられているベランダの窓を開ける。からからと軽い音がして、ゆっくり落ちてくる雪を背景に紫煙をくゆらす人と目が合った。

…熱が上がるぞ」


 渋い顔を作りつつも心配してくるその人に、取り成すように微笑む。

「ずっと寝ていたから、少し起きていたいんです」

 意識を失くしている間に太陽が沈み、夜の帳が降りた景色を眺める彼の隣に立った。

「…じゃあ、これでも着てろ」


 すると彼は着ていた上着を脱いで、そっと肩に被せてくれる。

「…有難うございます」


 温かさと一緒に、うっすらと染み付いた煙草の匂いに包まれた。けどこの匂いは嫌いじゃない。
 冬空の欠片がしんしんと、地上に音もなく降り積もっていく。
 風の悪戯でひとひら、頬に落ちてきたそれは、冷たさに目を瞑った瞬間にはもう消えていた。

 煙草の白い煙を、街の灯りを吸い込んで仄かに光って見える白に紛らせながら、彼はこちらを見ずに唐突に訊ねた。

「…お前、欲しいもんないか?」

「…え?」

「クリスマスだろ? 何か欲しいもんやるよ」

 普段の豪快さとは違う、穏やかな感じの雰囲気を纏って彼は笑う。


「いいですよ、そんな。悪いです」
「いいんだよ、俺がやりたいんだ」

 お互い譲歩しようとせず、しばし押し問答を繰り返す。反論を封ずるべく、彼は柔らかいが逆らえない声音で言った。

「お前は自分の事を言わなさすぎる。この機会にかこつけて、何かねだっとけ」

 断る言い訳が見つからず、少し困った。
 強引な所もこの人なりの優しさだったと思い至り、仕方なく、思いがけないサンタクロースへの願い事を考える。


「…
じゃあ……」


 もしもの時は。


 続く願いを、音にはしなかった。



「ケーキ、食べたいです」
「ケーキ?」
「あと、ローストチキンとカスタードプディングも」

 意外な内容だったのか、軽く瞳を見張る彼に、

「クリスマスですから」

 と答える。

「ギンタや皆とお祝いしましょう。あ、ナナシの仲間たちを呼ぶのもいいかもしれませんね」
「おい、そいつらの分も俺が用意するのか?」
「何でもいいんでしょう?」

 先程の仕返しとばかりに悪戯っぽく言うと、彼は罰が悪そうに頭を掻いた。
 自然と、淡雪が舞い落ちるように、顔に笑みが零れる。



 
——この体を蝕む呪いが、完成した時は。



「頑張って下さいね」



 ちゃんと、殺してくださいね。



 なんて、言えない。



 優しい貴方は、きっと心を痛めてしまうだろうから。
 願いを叶えなくてはと、苦悩してしまうだろうから。


 今日だけは。
 世界中のすべての人に、同じ光が降り注ぐ今日だけは。


 軽く触れただけで溶けてしまう、雪のような。
 淡く儚い希望を、紡いだっていいじゃないか。
 ほんの一時の幸せを、祈ったっていいじゃないか。



「ブッシュ・ド・ノエルより、出来ればショートケーキがいいです」
「苺のヤツか? どっちも甘いじゃねぇか」
「駄目ですか?」
「いや………買ってやるよ」



 それは絶対に言えない、残刻な願い。




END
 
 
 
 
 
昨年クリスマス絡みとして、Colors of happinessを書くより前に思い付いたものです。
折角のクリスマスなのに暗い話なので昨年は自重したのですが、今年は昨年消化し切れなかったろくでもないオールキャラパラレルをアップ出来たので、バランス的には丁度いいかな?と一緒にアップすることにしました。
アルのケーキの好みは、MARの公式ファンブックのラッキーアイテムから頂きました。

…読み返すと、私的にはどちらもかなり冒険したものになってしまったので、皆様の反応が怖いのですが、少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
ご拝読下さり、有り難うございました!
 
初出・2010.12.24