芽吹くのは恋の花

 

 

 

 

 ひとり散歩へ出たあとの帰り道。ちょっと遠回りと、スノウはレギンレイヴ城の裏庭の方へと向かった。

 石造の吹き抜けの廊下を通り抜けて、角を曲がる。視界が変わったところで、思いがけない人物と鉢合わせた。

 スノウよりも背の高い、水色に近いボブカット。猫のような瞳をぱちくりさせている少し年上の少女。

 

 

「「あ……」」

 

 

 互いに声をそろえて、二人は顔を見合わせる。年上の方の少女の顔に、だらだらと汗が浮かんだ。

 

「えーっと……あなたは確か……」

 

 スノウがウォーゲームの時の記憶を探っていると、目の前の少女……パノがぱんっ! とその場で両手を合わせる。

 

「お願い、言わないで!」

「え?」

「別にアンタたちに喧嘩ふっかけようとして、忍び込んだとかじゃないんだ。ちょっと見たかっただけなの!」

「見たかった……?」

 

 勢いに気圧されていたスノウは小首を傾げた。パノはなおもぎゅっと目を瞑って繰り返す。

 

「だからお願い!! 見逃して!」

 

 必死に頭を下げる彼女に呆気にとられていたが、やがて状況を理解したスノウは頷いた。

 

「……いいですよ」

「ほんと?」

「はい。今は試合とかじゃないですし、ここで会ったことは内緒にします」

 

 にこりと他意なく笑いかけるスノウに、パノは胸を撫で下ろした様子を見せた。

 

「……ありがとう!」

「見たかっただけって言ってましたけど、何を見に来たんですか?」

 

 先ほどの彼女の言葉に対し、スノウは問いを投げかける。

 するとパノは照れ臭そうに口元に笑みを浮かべて、ある場所を指差した。

 

「……うん、あれ」

 

 人差し指の先を追う。二人のいる城の裏庭に作られた、石の煉瓦で囲われた小さな花壇だ。

 

「ああ、ジャックが作った花壇!」

「うん。このあいだ、ロランが『あちらのお城には花壇があるんですよー』って言ってたのを聞いてさ。きっとジャック君が手入れしてるんだろうなと思って……どうしても見たかったの」

 

 城の表側には、ギンタやレギンレイヴの兵士たちのリクエストで、食料となる立派な野菜たちが植えられているが、こちらには心和ませるような、色とりどりの可愛らしい花々が植えられていた。

 ていねいに手入れがされた花壇の中で、花たちはそれぞれ咲き誇ったり、まだ小さな蕾をいそいそと膨らませている。

 

「ジャックは私たちの中で一番早起きで、毎日欠かさず水やりしてるんです」

「あ、やっぱりそうなんだ。畑仕事をする人は皆朝が早いよね」

 

 花壇に近づいたパノはしゃがみ込むと、花々を痛めないように注意しながらそっと触れた。

 スノウもまた隣に屈み込む。花々のほのかな甘い匂いが香った。

 しばらく横で一緒に眺めていたが、おずおずと彼女に話しかける。

 

「……あの、パノさん……でしたよね」

「……パノでいいわよ」

 

 苦笑するように、肩を竦めて答える。その反応に嬉しくなり、スノウはやや身を乗り出す。

 

「じゃあ私のことも、スノウって呼んで下さい」

「えぇ? でもねぇ、あんた一応レスターヴァのお姫様だし……私なんかが呼び捨てにしちゃいけないでしょ」

 

 大仰に言ってみせる彼女に、スノウは思わず「むー」と頬を膨らませる。不機嫌そうな表情を作ってみせる。

 

「ああ、わかったわかった! だからむくれないで、ね?」

 

 怒った顔でにじり寄ると、パノは慌てて手を振り、宥めるように言いながら折れた。

 面倒見のよいところは、姉としての性格故だろう。要望が聞き届けられたことに、スノウは満足げに口元を綻ばせる。

 

「それで、スノウ。あたしに何が聞きたいの?」

「えぇっと……パノさんは、どうしてジャックを好きになったんですか?」

「え、え、ええええぇ!?」

 

 パノの顔が首からてっぺんまで、見る見るうちに熟れたリンゴみたいに真っ赤になった。

 ちなみに年上なこともあり、やっぱりスノウは彼女をさん付けのままで呼んだのだったが、それについては見事にスルーだった。まぁそれどころではないだろうが。

 

「な、何でそんなこと……」

「だって、なれ初めとか全然聞いてないんだもの! ねぇねぇ、どうして? どこがいいなって思ったの?」

 

 キラキラと瞳を輝かせうきうきとした様子で聞いてくる彼女に、パノは「あ〜」とか「う〜」とか唸りながら、困った表情で頭を掻いた。

 

「ど……どうしても、言わなきゃダメ……?」

「うーん、どうしてもじゃないけど……教えてくれないなら、パノさんがここに来たこと、誰かに言っちゃうかもしれません!」

「……アンタ、けっこう意地悪だね」

 

 恨めしげに見てくるパノに、スノウは悪戯っぽく微笑む。ドロシーらの印象が強いのであまり目立たないが、スノウだって意外としたたかなのだ。

 観念した様子で、パノは考え始める。

 

「う〜ん……一番好きだなって思うのは、優しいところ……かな」

 

 月並みな言葉であったが、パノはほんのりと頬を染めて言った。とっておきの秘密を明かすように、そっと声を潜めて続ける。

 

「最初は正直、眼中になかったなぁ。自分でも言うのもなんだけど、私けっこう面食いだからさ、ぶっちゃけると、ナナシやアルヴィスみたいなイケメンの方が好みだったの」

(……やっぱり)

 

 彼女の返しに、スノウはジャックにちょっぴり失礼なことを思った。

 

「それが変わったのは、あの時」

「あの時?」

「3rdバトルの時。ほら私、ジャック君に変なキノコ付けられたじゃない?」

「ああ、マジカルマッシュルーム!」

「そう、それ! あのとき幻覚で、ジャック君がむっちゃ格好良く見えてさぁ」

 

 もちろん、普段の顔もカッコイイけどぉ! と両手を顔に当てうっとりしながら言うパノに、スノウは「あはは」と乾いた笑いを返した。同時にある事実に気付いて、ひそかにびっくりする。

 

(じゃあパノさんが今もジャックのことを好きなのって、マジカルマッシュルームの効果のせいじゃないんだ……)

 

 てっきり幻覚がずっと続いていたのかと。とてもとても失礼だが、半分ほどそう思っていた。

 ジャックはとても良い仲間だ。スノウも彼のことが好きだ。けれどそれは恋愛感情とはまったく違うもの。

 その理由は、スノウの頭の中を、すでに別の人物が占拠しているからなのだが。

 ともあれ、思いがけず知った意外な真実をしみじみと噛み締めているスノウを横目に、パノはちょっぴり表情を変えて続ける。

 

「……気付いてたかな。私さ、今日以外にもポズンからアンダータ借りて、よくこの城に来てたの」

「……知らなかった、です」

「一応魔力は消してたし。でも豪傑のアランとかは気付いてるんじゃないかな」

 

 それでも捕まってないってことは、見逃してもらってるんだろうな、きっと。

 

 花壇から視線を外して遠目をしつつ、パノは独りごちた。

 大人びた笑みをスノウが見つめていると、ふいに彼女がこちらを向く。

 

「ジャック君、ここの草花や木を大事にしてるでしょ」

「はい」

「前にこの城に来た時に見た、その時の目が、すごく優しくてね。毎日ウォーゲームの合間を縫って、大事にしてるんだなぁって感じたら、どんどんいいなぁって思えてきて」

 

 そういった仕草から、どんどん彼の挙動を追いかけていたら。

 

「気がついたら、好きになっちゃってた」

 

 はにかんで、彼への想いを全身で噛み締めながらパノは語った。

 

 

「ジャック君の、植物を育ててる顔が好き。日に焼けた笑顔も、ちょっとエッチでスケベなところも好き。大好き」

 

 

 最後のものは褒めているのかやや疑問な言葉ではあったが、スノウはパノから感じられる空気に目を細める。

 人を思う気持ちに触れると、胸が暖かくなる。お日様に手をかざしてるみたいに、幸せな心地になる。

 それが自分にも思い当たるものであるから、余計に。

 

「あなたもいるんじゃないの?」

「え?」

「好きな人」

 

 パノの優しげな微笑に、スノウはゆっくりと頷いた。

 

「……はい」

 

 今度はパノがスノウを覗き込む番になる。スノウはちょっぴりほっぺたが熱くなった気がして、顔を背けた。

 赤くなった横顔を微笑ましそうに見ながら、パノはたずねる。

 

「私の想像だけど……それって、やっぱりギンタ?」

「……はい」

「強いもんね、アイツ。オヤジを負かすとは思わなかったもの。あのガーディアンもすごかったしね」

 

 もう一度、スノウはうなずく。

 ギンタの最強の必殺技であるガーディアン・ガーゴイル。あれはスノウとの特訓時に彼が創造したものだ。

 ギンタの想像力が強すぎて、下手な術者では身に余るほどの力を持ったガーディアン。それを彼が使いこなすまでを、スノウはずっと見てきた。

 あのガーディアンを見るたびに、修練の門での修行の日々を思い出して、スノウは誇らしいような気持ちになる。

 

「私の勝手な印象だけどさぁ……アイツなら、本当にファントムも倒しちゃうんじゃないかって思うよ」

「はい。でも、強いだけじゃないんです。ギンタは……」

 

『スノウはエド助けるんだろ。がんばれ! オレはがんばってるスノウを助ける!』

 

 

 それは、とてもとても大切な思い出。

 

 

 スノウの弱くなりそうな心を支えてくれる、大切な思い出。

 

 

 胸がキュッとして口をつぐんだスノウを、パノはしばし不思議そうにじっと見ていたが、心情を悟ったのか。口元の笑みを深めるだけで、何かを聞くことはなかった。

 彼女が言葉を止めた理由を、根掘り葉掘り聞こうとはしなかった。

 それにスノウは感謝の気持ちを抱きながら、二人で再びしばらく花壇を眺める。

 

 

「……そろそろ帰らなきゃ。楽しかったよ、ありがとね」

 

 膝に手を置いてパノは立ち上がる。

 他の面々にバレないようにと、物陰の方でアンダータを使おうと走っていく彼女にスノウは呼びかけた。

 

「ねぇ、またお話ししませんか?」

 

 大きく振り向いたパノは、離れた先から聞こえるよう、少し声を張り上げて尋ねる。

 

「え、いつ?」

「いつか!」

 

 それにスノウも口の横に手をかざして、ちょっと大きな声で返す。

 本来ならば敵同士だ。けれど、次の約束を交わしておきたかった。

 

 

「……いいよ」

 

 

 屈託なく笑うと、パノは拳を掲げるようにして手を上げた。

 

 

「その時まで、おたがいの恋が前に進んでますように」

「はい!」

「じゃあ、またね」

 

 

 彼女の姿が視界から見えなくなった後、アンダータが発動する気配がした。

 見えてないと分かっていながらも、スノウはその方向に向けて手を振る。

 ……どうやら、無事に帰れたようだ。

 

 

 午後の風が吹いて、花の香りが鼻をくすぐった。

 スノウは無性に、大好きな彼に会いたくなった。

 

 

 

 

E N D

 

 

 

 

 

 

意外な組み合わせだと、自分で思います。

この二人は公式だとアニメル最終クールのシリアス回でしか絡みがないんですが、ふと思いついたので数年前から書き溜めていた話になります。

パノの好みの顔は、最終決戦時に話していた順番です。

口に出していた順だと、ギンタ<ナナシ<アルヴィス<<超えられない壁<<ジャック じゃないかと。

アニメだと「…オレよりも?」とつぶやくアルヴィスの間が面白くて好きです。

 

需要はともかく、個人的には楽しく書きましたので、お読みいただいた方にも少しでもお楽しみ頂けたら幸いです。

 

ご拝読いただき、ありがとうございました。

 

 

 

2021.7.31