幼き戦士達のMagic hour
宴の賑やかな喧噪と焚き火の明かりが、夜のレギンレイヴ城を彩っていた。
日没前から始まった賑わいは、日が沈んだ今も空を明るく照らしていて、まるで夕方のままのようだった。
今日の試合を観戦していた民衆達や城の兵達が、近くを通るたびにキャプテンのギンタに声をかける。それに笑顔で返していたギンタだったが、ふとジュースの入ったコップを抱えたまま神妙な表情になった。
「……どうしたんスか、ギンタ?」
「ん? ああ…」
隣で果物を口に運んでいたジャックが手を休めて問うと、ギンタはちょっと微笑み、離れたところで騒ぐ仲間達を眺めながら答えた。
「……あっという間だな、って思ってさ」
橙色の火の粉が、風に舞い上がって闇に溶ける。
揺れている炎に、ギンタの金髪が照らされて光った。
「もうウォーゲームの中盤だし、ナイトもいっぱい出てきただろ? そろそろラストバトルかもしれないなって思ってさ」
ギンタの言った意味がわからず、不思議そうに見つめてきたジャックにギンタは続ける。「ああ……」と納得した声をジャックは漏らした。
「そっか……考えてみたら、もうそんなに経つんスね」
パヅリカにいた頃が懐かしいや、とジャックは呟く。その発言に触発され、小さな島の風景を思い出しながらギンタは夜空を見上げる。
「……オレがメルヘヴンに来てから、多分一ヶ月くらい経つんだけどさ、毎日色んなことがあったけど、本当にあっという間だった」
頭の奥で、これまで目にしたもの達が流れていく。
夢で見ていた生き物や景色。出逢った人々。
知らず二人して口を噤み、周囲のざわめきだけが彼らを包む。向こうで酒に酔ったスノウがドロシーにじゃれつき、エドを困らせている姿が目に入った。
「……寂しいっスね」
己の心情を代弁したようなジャックの言葉に、ギンタは沈黙を保つことで同意を示した。
ウォーゲームが終わる。それは仲間達と一緒にいるこの日々が終わるということ。
今は同じ目的を持ってここにいるが、元々は皆それぞれ別の場所で生きてきたのだ。
別れは、必然だ。
「戦争なんて、もちろん早く終わった方がいいっスけど……」
「うん……」
理解していても、その感情は胸をじんわりと締め付ける。
夜空の果てを見るように、ギンタは首を伸ばし続けて言った。
「……この先もきっと、あっという間に過ぎちゃうんだろうな」
「……気持ちはわかるが、少し後ろ向きだな」
すると横から思いがけない声が飛んできて、二人は視線を声の方に向けた。
宴の輪に少し離れて加わっていたアルヴィスが、橙色のほのかな明かりの中、微笑を浮かべてこちらを見ている。
「終わることばかり考えるのは、損な思考だぞ」
いつものシニカルな態度ではなく、諭すような穏やかな優しさの交じった口調に、内心ギンタは目を瞠り聞き返す。
「……損って?」
「……終わってしまうこと、つまり未来のことばかり考えるのは、今をないがしろにしていることにもなると思う」
問われたアルヴィスは、落ち着いた様子で言葉を紡いだ。何度も考えたことがあったのか、その声は詰まることなく滑らかに続けられる。
「考えたところで、いつかは“その時”が来るんだ。だったら今は、もっと楽しんでも良い筈さ」
無論、悪い方向に考え準備をしておくことも大切だがな、とアルヴィスは言葉を添えた。黙って耳を傾けていたギンタとジャックは、顔を見合わせ、彼を少し意外そうに見つめた。
「……ん? 何だ?」
「いや、アルヴィスのことだから……」
「てっきり、『まだウォーゲームは終わってない』とか『余計なことを考えるな』とか言われると思ったっス」
「そうだな。そう言いたい気持ちも少しはある」
「……やっぱし……」
ぼやく二人に、アルヴィスはくすっと悪戯っぽい笑いを漏らす。
「しかしそう感じるということは、今の時間がお前たちの中で良いものであるという証拠だな」
「え?」
「そうでなければ、終わることが嫌だとは思わないだろう?」
確かめるように自分を見たアルヴィスの言葉を、ギンタは自分の中で復唱する。
心を覆っていたもやのような気持ちが、すっと晴れたのを感じた。
「……そっか」
幾分さっぱりとした面持ちで、ギンタは笑う。そのまま軽く勢いをつけて、腕を後ろに投げ出した。
「あーあ。なんで楽しい時間って、早く過ぎちゃうんだろうな。学校の授業とかはすっげー長く感じるのにさ」
「ガッコウ? 何スかそれ?」
「ジュギョウ……?」
「あー……えーっと……どうでもいい話を聞いてる時とか、何だか時間が経つのがゆっくり感じるときがあるっていうか。そういうことねぇ?」
「……ああ! 確かにオイラも母ちゃんのお説教とか、無駄に長く感じるっス!」
「だろだろ? あと校長先生……じゃなかった、偉い人の話とかさぁ!」
「……それは当てはまるのか……?」
盛り上がる二人を尻目に訝しそうに呟くアルヴィスだったが、自身も思案して言った。
「……時間というのは、魔法のようなものなのかもしれないな」
「……どういうことっスか?」
「人によって感じる長さも、密度も違う」
焚き火に照らされたアルヴィスの瞳が、炎の動きに合わせて不思議な色合いに光る。
「同じ時間でも、たった一瞬がかけがえのない思い出になる人もいれば、そうでない人もいる。誰にとっても、同じ価値を持っているわけじゃないんだ」
静かに聞く二人のまじめな顔を認めてか、アルヴィスは少し笑って続ける。
「……不思議なことにな、体感時間や移動の速さを変えるARMはあっても、時間そのものを変えることの出来るARMは無いんだ」
「へぇ……何かすげぇな」
世界の神秘に触れた気がして、ギンタは感嘆の声を上げた。
時間というものは、人の力では及びつかない領域なのかもしれない。人知を超えた大きなものに思いを馳せていると、ふと今までずっと黙っていたジャックが言葉を発した。
「……オイラ達が一緒の時間って、他の人から見たらすっごく短いんだろうけど」
二人に見つめられたジャックは照れ臭そうに、しかし確かな感触を持って言った。
「でも多分、ずっと忘れないだろうなと思うんスよね」
「……そうだな」
「ああ」
朗らかに笑ったジャックの言葉に、残った二人は同じように笑って応えた。
「わたしもそう思うー!」
「うわ、スノウ?」
「何や何や、自分ら盛り上がっとるなー」
ギンタの背中に飛びついてきたスノウを始めとして、急に三人の後ろに仲間達が顔を出す。
「何だよ、皆話聞いてたのかよー」
「いやぁ? まったく全然聞いてねぇぞ」
「アランさん、すっかりできあがってますね……」
「じゃあ皆、何に同意したんスか!?」
「よくわかんないけど、ギンタンがそう思うなら私もそう思うー!」
「何だそれ!」
次々に加わる面々に、場はあっという間に賑やかなものとなる。
夕焼けと同じ色をした空間で、いくつもの笑い声が夜空に響いていった。
END
webアンソロジーに投稿させて頂いた話です。
タイトルの「Magic hour」は、夕焼けの時間帯を意味する「マジックアワー」と「魔法のような時間」をかけています。ベッタベタなタイトルです(笑)
この「マジックアワー」という言葉は、夕焼けと朝焼けを描写した「あなたがここにいる理由」を執筆している時(もう4年ぐらい前ですね)に知りました。
懐かしさや切なさを駆り立てる色合いの空を、絶妙に現した言葉がとても素敵だなと感じて、いつか小説のモチーフとして使いたかった単語なのです。
本当はそれこそ「あなたがここにいる理由」に使っても良かったのかもしれませんが、この話は正確には朝日がモチーフであること、また既に同名のRie fuの曲が刷り込みの様にイメージとしてあったので、「次の時に」と取っておくことにしました。
4年経って漸く使えましたので、感慨のようなものがあります。
あと文中のアルヴィスの台詞「時間とは魔法のようなものかもしれない」にも、個人的に思い入れがあります。
これは高校生の時、演劇部の舞台で使った脚本に書いた台詞なのです。17歳の時ですね。…若いな(笑)
最初は使う予定ではなかったのですが、書いていくうちにどうしてもこの言葉しかしっくりこなかったので、一字一句同じではありませんが使用することにしました。
自分の語彙とかが増えてない証でもありますが、「当時時間が経っても通じるものが書けた」と考えて良しとすることにします。
メインはギンタとジャックとアルヴィスの三人という、当サイトでは珍しい組み合わせ。
ギン+アルはよく書いていますが、この二人にジャックを加えたのは、実は私がここ数年結構注目しているキャラだからです。
異界の人間でチームのリーダーとしてのカリスマ(?)があるギンタや、16歳で既に誇り高き戦士としての自覚を持つアルヴィスと比べて、普通の少年であるジャックの視点というのは、結構貴重なものだと思うのです。
カルデア後の二人の会話のように、彼にはギンタとは別の意味での気持ちを正直に口にする「素直さ」がある気がします。
またこの話のテーマは「時間」ですが、裏テーマには「変化」があります。
変化を恐れたギンタ
変化を知らなかったジャック
変化を待っていたアルヴィス
それぞれの立場からくる三人の違いを意識しつつ、ほんのり暖かい空気を目指して書きました。
相変わらず萌えはない話ですが、かけがえのない今について考える三人の会話から、何か感じて頂けるものがあれば幸いです。
ご拝読下さり、有り難うございました!
初出:2013.8. MARwebアンソロジー