真相交差概念

 

 

  

 激しい音。
 水飛沫。
 魔物の断末魔の叫びが、通路の奥まで反響する。

「ゼピュロスブルーム!!」

 原始的な造りをした鎗を突き出してくる敵の斬撃をさけて、箒をふるって突風を起こした。
 後列にいた敵も巻き込まれて、水路に沈んでいくのを見届ける。
 足の向きを変えて、反対側の水面から上がってきた魔物に蹴りを入れ、着地しながらドロシーはアルヴィスを盗み見た。

(……やっぱ調子悪そうね)

 地下水路に入った時に言っていた言葉通り、時間の輪舞を付けられたアルヴィスの戦いぶりは、普段とくらべて良いとは言いがたい。
 掌にいつものロッドを発動させ、確実に魔物を仕留めてはいるが、魔力の波長がやや安定していない。禍々しいゴーストARMのオーラに、彼本来の魔力が侵食されている。
 でも窮地というわけではないから、手を出したくなる気持ちを抑え、彼の腕が最後の魔物を叩きつけるのを見守る。
 それに合わせて、眼前の敵を箒の先で思いきり弾き飛ばした。

「——ふぅ。大丈夫? アルヴィス」

 わずかに肩で息をして、アルヴィスは己の握るロッドを見た。
 やはり身体に纏わりつく魔力の違和感を、完全には拭い切れないのだろう。

「ああ。何とか」
「……ったく! なんでお城の地下にこんなに魔物がいるのよ。ここの奴ら知らないのかしら!」

「知っていて、あえて野放しにしているのかもしれない。オレ達のような侵入者を排除するために」
「兵士の人たち、追いかけてこなかったもんね」
「……だとしたら趣味悪いわ……」


 辟易した様子でドロシーは煉瓦の床を蹴る。

「……行くか」


 アルヴィスの短い促しに、無言で賛同して再び水路を進む。

 二度階段を上り下りし、水路の上に架けられた小さな橋を曲がっていくと、何度目かの別れ道にきて一同は足を止める。

「……また別れてるわね。道」
「どちらが出口に通じているか……」

 二つの道を眺め考え始めたアルヴィスの肩から離れ、彼の数歩先の位置まで飛んだベルが二人を振り返る。

「アルとドロシーは休んでて。私が見てくるよ」
「いや、それは駄目だベル。危ないよ」
「だいじょうぶ! さっきもそうだったけどね、上の方飛んでると魔物に見つかりにくいの」
「けど……」
「二人とも疲れてるでしょ? 早くギンタ達と合流しなきゃいけないし、ベルが見てくる方が早いよ!」

 そう言ってアルヴィスの負担を、少しでも減らそうとしているのだろう。彼の不調を誰よりも察している彼女らしい、健気な言葉だと思いドロシーは微笑んだ。

「…
ここはお言葉に甘えましょうよ、アルヴィス」
「……ああ。……気をつけるんだよ」
「うん! じゃあ行ってきまーす!」

 虹色の羽の羽ばたきが、絶えぬ水音に紛れていくのを見送った後、ゼピュロスを抱えながらドロシーは先に地面を腰を下ろした。
 続いてアルヴィスも床に腰を落ち着ける。通路の壁に少し気怠げに首を持たせかけ、両腕を下ろすと左手に握った13トーテムロッドが床にぶつかってキンと涼やかな音を鳴らした。
 その音に何気なくドロシーがアルヴィスの手元に目をやると、水苔がうっすら生えた渋い薄緑色の煉瓦の上に、男性にしては白い手の甲がある。
 そして指に填められた二つの指輪。試合でも使っていたガーデスと、もう一つ……。

「………
そのリング」
「うん?」
「人指し指の。……ダガー?」
「ああ。これか」
「使ってる所、見たことないわね」

 彼女の指摘に、アルヴィスはロッドを床に置き腕を持ち上げる。発動はさせず、リングの形状のままのそれを見つめながら曖昧な笑みを浮かべた。

「……いつ手に入れたのかはわからないんだ。けど何故か手放せなくて……」
「………お守りみたいなもの?」」
「…そんな感じかもしれない」

 気恥ずかしそうに、アルヴィスは微笑んだ。いつもならば「そんなよくわからないARM持ってるなんて、アンタにしては珍しいわね」などと、からかい混じりに大いに突っ込む所かもしれなかったが、ドロシーにその気が起きなかったのは、彼の表情が酷く穏やかなものだったからか。その笑みが儚く見えたからか。

 彼に差し迫ってる、命の期限のためか。
 無意識にタトゥが目に入らないよう、ドロシーはアルヴィスの掌から視線を外した。

 


「…
こんな所に、クラヴィーアの手がかりが本当にあるのかしら」


 頭をかすめた暗い考えを振り払うべく、ドロシーは声を押し出す、不自然になってないだろうかと危惧するが、アルヴィスは普段と変わらぬ調子で答えた。

「他ならぬイフィーさんの情報だ。火のない所に煙は立たないと言うし、手がかりが無かったとしても、あのオウビットというチェスの狙いが少しでもわかるかもしれない」
「そうね………」

 彼の見識を反芻しながら相槌を打つが、ふとドロシーはそれに違和感を覚える。
 逸らしたばかりなのに、また彼の顔をじっと注視してしまう。

 たしかに彼の言う通り、クラヴィーアを探しているのは、アルヴィスにゴーストARMを付けたチェスの目的を知り、その野望を阻止するためだ。
 奴らに伝説のARMが奪われたら、どんなことに悪用されるかわかったものじゃない。
 しかしそれだけでなく、何でも望みが叶うARMを手に入れて、カルデアの技術でも取り除くことができないゴーストARMを外すために。六年前からアルヴィスを苦しめるゾンビタトゥの呪いを解くために、自分たちはクラヴィーアを目指している。
 けれど彼自身はまるで、そのことには興味がないみたいな。そんな素振り。
 期待しないはずが無いのに。自分たちはクラヴィーアの話を聞いてから導かれるように、願いの叶うARMを手に入れることを望んでいるのに。
 なんで? どうして? ………
まさか。



「…
アルヴィス…」

「何だ?」


 ……諦めているの?


 考えてみれば、その片鱗は既に見えていた。

 アリスでの解呪に失敗した際、彼はその事実をだれよりも冷静に受け止めていた。
 ファントムを倒す以外、呪いを消すことはできない。そう断言した。
 けれど今の時点では、いくら急成長しているギンタの力を持ってしても、レスターヴァに乗り込み奴を倒すことは………不可能だ。
 そして残された頼みの綱は、いつから伝えられているかもわからないお伽話。


 イフィーにも言われたではないか。彼を救える可能性はほんの少しだと。
 対ゴースト用に調整を進めているイーヴィルARMも、ゾンビタトゥの魔力を打ち消すまでには至らない。

(………それでも)

 今己の隣にいる少年を、死なせたくないと、ドロシーは強く思う。
 六年間呪いと一人で向き合ってきた彼に、その言葉は言えなくても。
 自分は諦めるものかと、強く思う。


 不自然に切れた声に不思議そうな顔をして、アルヴィスがドロシーを見た。

「………
何でも、ない」

 表情が見えないように、膝に回した腕で彼の視界から顔を隠す。 

「……そうか」
「うん」

 彼の視線がドロシーから逸れた。
 このままやり過ごそう。そう思い沈黙を守っていると、アルヴィスが再び、問いを言の葉に乗せた。


「……何でもないなら」



「どうして泣きそうな顔をするんだ?」


 ドロシーは熱くなった目頭から、涙が零れそうになるのを必死でこらえる。


「……だって………」


 私の所為だから。
 アルヴィスの呪いは、お姉ちゃんを止められなかった私の所為だから。


 ——彼の手にあるタトゥ。それを見つめる眼差しの色。
 

 この戦争は、カルデアからオーブを盗んだお姉ちゃんの所為だから。


 ——想像でしか知らない、大人たちの中に一人立つ幼い彼。


 ゾンビタトゥやゴーストARMを生み出したのは、故郷のカルデアだから。


 ——振り向けば、そこにあるのが当たり前になった姿。
 ——ベルにだけでなく、自分にも見せてくれるようになった微笑み。


 ————————違う。



 お姉ちゃんや故郷。自分を取り巻くものを、言い訳にしてるだけだ。
 

「……大切なんだもの………」


 地下水路を流れる流水音が、一度は囁きをかき消した。


「貴方が、大切なんだもの…………」


 二度目に大きくした声は、青い深海のような瞳が見張られたから、たしかに彼の耳に届いたはずだ。


「呪いとか掟とかそんなの関係ない。アンタが、大切なの………」


 小さく呑まれた息。
 流れる水と、静寂。



 ベルの呼ぶ声がした。


「……行こう」

 わずかばかり焦った声音に、先に気付いたアルヴィスが立ち上がる。
 遅れてドロシーも、浮かびかけた涙をぬぐい立ち上がる。目元から手を離す。

 離した手に、別の手が重なった。

 アルヴィスの左手が、ドロシーの右手を引く。ベルが待つ水路の更に奥へ、走り出す。

「………死なないで」

 最後の呟きが聞こえたかどうかはわからない。けれど掌に感じる彼の手と、錆びた色をしたダガーリングが答えた気がした。
 
 
 
 
END
 
 
 
 
 
 携帯サイトのキリ番44444を踏まれた、スピカ様リクエストのドロアルです。
 以前から書いてみたかった、パルトガイン水路でのやりとりにしました。
 今回のテーマは「真意」。ドロシーは会話の中でアルヴィスとの微妙なズレを感じ、彼が既に未来を諦めている事を知る。それに対し憤りすら感じつつも、絶対に死なせたくないと思う。そしてその感情が、彼に対する罪悪感などではなく彼に対する愛情(ここでは仲間意識かな?)から来る事を知る。
 一方アルヴィスは、ドロシーや皆がこうまで必死になって助けようとしてくれる姿に、自分が思っているほど自分の命の価値が低くない事を思い知らされる。…そんな感じの話です。…言わないとわからないですね(苦笑)

 因みにタイトルは最初、話の舞台である地下水路から水関連の言葉にしようと思いましたが、「泡沫の影」と被るので却下。
 次に花言葉で「真意、真実、真心」などを表す“アネモネ”を使おうと思いましたが、モチーフが全く出ないので却下。
 最後に「同じ延長線上にある二つの思い、交錯」というイメージから来る言葉で、辞書で引いた「交差概念」という単語を「真相」と組み合わせて合成語にしてみました。
 タイトル全部が漢字なのは初めてなので、自分でも新鮮な感じです。
 しかし、テーマがテーマなだけにまたもシリアス…(汗)
 しかも最後、ドロアルだかアルドロだか判別つかなくなりました…。
 スピカ様、この度はキリリク有難うございました。書き直しならいつでも承りますので、こんなもので宜しければどうぞお持ち帰り下さい!

 テーマの割に短くなってしまいましたが、少しでもお楽しみいただければ幸いです。
 ご拝読下さり、有り難うございました。
 
2011.3.15 初出