絆
スノウが違和感を感じたのは夕食の時だった。
ビュッフェ形式で並べられた豪勢な料理。明日もあるウォーゲームのために、レギンレイヴの人が手を込んで作ってくれた食事を、メルの各人が思い思いに取って談笑しながら食べていた。
そんな中、彼はそばを飛ぶベルがほかの人と話している隙に、料理を口に運ぶ手を休め腕を擦っていた。
「アルヴィス、どうかしたの?」
「スノウ……ああ、少し右腕が動かしづらくて」
デザートの器を取った帰りにひかえめな声で聞くと、同じようにアルヴィスも皆に気取られぬよう小声で答える。
「ほんの少しだけどね」と取り繕うように笑う彼に、「ちょっといい?」と言い置いてからスノウは服の上から彼の腕を触った。
テーブルにお皿を置き、ぐっ、ぐっと指先に力を込める。
「……少し張ってるね」
「……使い過ぎたかな」
ロッド使いにとって、利き手が痛むのは不安要素だろう。スノウが離した後も、アルヴィスは腕をしきりに気にしていた。遠くでドロシーやエドと会話に花を咲かせるベルは、まだ戻ってきそうにない。
「もし良ければ、後で私がマッサージしてあげようか?」
「マッサージ?」
「うん。こう見えても、結構得意なんだよ?」
アランにも褒められてたし、と胸を張ったスノウを感心した目で見ていたアルヴィスは、彼女の好意に素直に甘えることにした。
「それじゃあ、後でお願いできるか?」
「うん! 任せて!」
「お待たせ」
夕食後、スノウは道具を片手にアルヴィスの部屋を尋ねた。
抱えた籠に入れてきたのは、レギンレイヴ姫から借りたクリーム、オイル、タオル。
おたがい楽な体勢になれるようアルヴィスにはベッドに腰掛けてもらい、隣に座るとスノウは瓶やチューブ入りの道具一式を広げる。
「色々あるんだな……」
「うん。マッサージする部位によって、使うクリームやオイルの種類も違うんだよ」
銘柄や成分を確認しながら、スノウは植物から作られた保湿性のあるクリームを選んだ。
「私はこのクリームが好き。気持ちいいんだよ」
瓶の蓋を開け香りを確かめるスノウを余所に、違いのわからないアルヴィスは目を丸くしたまま準備を見守る。
「はい、じゃあ右腕から」
ジャケットを脱いで、タンクトップになったアルヴィスは腕を差し出した。
両手でその腕をとったスノウは、思わずじっとそれを見つめる。
細いけれどしっかり筋肉が付いている、男の人の腕。
目立つのは試合の後、いつも癒しの天使を拒み、自然と治癒するのに任せている小さな傷や痣。
そして何よりも目を引くのは、アルヴィスの綺麗な肌を、手の甲まで覆うタトゥ。
この呪いが彼を長いあいだ苦しめていると、つい先日知った。
…………私がお城にいる時も、アルヴィスはこの腕で戦って来てくれたんだ。
「すまない、あまり気分のいいものじゃないな」
黙り込んでいたのをそう解釈したのか、アルヴィスは苦笑して腕を引こうとした。
その動作を指でそっと制して、スノウは剥き出しの彼の腕をゆっくりと撫でる。
両の掌で優しく、包み込むように触れる。
「…………スノウ?」
………ありがとう。
今までずっと、守ってきてくれて。
「……大丈夫」
気付けばその言葉は、自然と出ていた。
「アルヴィスは大丈夫。確証はないけど、そう言えるの」
腕を辿って行き着いた手を握りながら、スノウは二つ年上の少年を見上げる。
「だって……」
(ギンタが、いるから)
違う、それだけじゃなくて。
私もアルヴィスを、助けたいと思っているから。
スノウは内心首を振って、戸惑った表情の彼を見つめる。
……私なんかの力は、本当にちっぽけだけど。彼のために出来ることなら、何でもしたいって思う。
それは、ほかの皆も同じはず。
アルヴィスが自分で思うより、皆アルヴィスのことを気にしてる。
助けたいと、強く思ってる。
「私たちが、いるから」
そしてその思いは、きっと大きな力になるって信じてる。
同じ願いを持つ人が多くなれば、希望は叶うって信じてる。
それは、ギンタや皆が教えてくれたこと。
真摯な瞳で手を握るスノウに、アルヴィスは驚いた表情を笑みに変えた。
「スノウがそう言ってくれるなら、きっとそうだな」
そして彼女が触れたままの右腕に左手を伸ばして、自分に言い聞かせるように呟く。
「…………大丈夫」
タトゥの模様をなぞった指先が、手のひらに辿り着き、そこにあった少女の手に重なった。
END
ネタ自体は随分前から(二年前くらい)あったんですが、お約束通り形になるのが遅かった代物です。
確か美容院でマッサージをしてもらった時、思い付いた話だったと思います。
恋愛云々はともかく、アルヴィスは自分より弱い者に対してはとても優しい性格だと思います。ナナシさん程じゃありませんが、若干フェミニストな所もあるかも。
同じ女子でもスノウとドロシーに対する態度の違いは、そこにあるのかもしれません。ドロシーの実力は多分アルヴィスと互角ですからね。
どちらかというとスノウ視点ですが、彼女には意外と素直なアルヴィスの態度と、不安だけれどささやかな希望を信じたいと思う彼の心情が少しでも表せていることを願います。
ご拝読下さり、有り難うございました!
2011.1.31 初出