決意の幕間
思いがけず同じ修練の門に入ることになり、早数日。
予想通りではあったが、いまだジャックは割れずの門をクリアできずにいる。
ビクともしない門の前で、ゼーゼー息をついている彼に、ドロシーは果物を投げ渡す。
過日冷たくあしらったからだろう。礼を言いつつもこちらに来ようとはしない。その場で心なしか寂しげな顔でほおばる彼に、ドロシーは声をかける。
「ジャック、ちょっといい?」
「は、はいっス!」
途端に直立不動になったジャックは、サササッとすばやく近づいてくる。
「まぁ座んなさいよ」と促し、先に果物をかじってから、食べないの? と聞くとすぐに「い、いただきますっス!」と元気な返事が返ってきた。素直な子だ。ドロシーは内心微笑むが、その心情はまったく見せずに、やや鋭くも感じられる声音でたずねる。
「あんたさぁ、何でギンタンと一緒にいるの?」
ジャックは、目をパチパチと大きくまばたきさせた。
「……なんか、随分ざっくりした質問っスね」
「前から言おうと思ってたのよ」
ドロシーは普段彼をからかうものではない、真剣な目つきを覗かせた。困ったようにピンクの髪に手をやると、難しい顔をしながら話し始める。
「……アンタはこれまで、ちゃんとした戦闘訓練を受けたことはないでしょ。それなのに、チェスに狙われてるギンタンと行動することの意味がわかってる?」
ジャックは果物を口に放り込む動きを止めた。笑みの消えた表情を、ドロシーの瞳が見据える。
「ただの友達ごっこなら、止めておきなさい。もう子供の冒険じゃ済まないのよ」
のどかな景色とは裏腹に、空気は自然と重くなる。
しかしそれに気圧されるでもなく、怒るわけでもなく。しばらく真顔でいたジャックは、引き締めていた口元をふと緩めた。
「……アルヴィスって奴も、似たようなこと言ってたっけ」
「アルヴィス?」
「ギンタをこの世界に喚んだヤツっス」
「ふぅん……?」
この世界に、という部分が引っかかるドロシーだったが、それ以上は話題とずれるので聞かなかった。
ジャックは再びのんびりと果実をかじりながら空を仰ぐ。
「……そう考えると、オイラ、とんでもない旅に出ちゃったんスねぇ」
「何のんきなこと言ってんのよ」
ぴしゃりとドロシーは言う。
「あの氷の城に入ったのは偶然かもしれないけど……お姫様まで助けちゃった以上、チェスはギンタンとバッボ、そして二人と一緒に行動してる人間を完全に敵としてマークしてるはずよ」
そこで一度、彼女は言葉を切った。甘さは決して匂わせない、厳しい声音で紡ぐ。
「今ならまだ間に合うわ。アンタは帰りなさい」
「いやっス」
「何でよ」
「これはオイラにとっても大事な旅っスから」
その発言に、ドロシーは咎めるような視線を和らげた。組んでいた足を組み直して、彼の話を聞く姿勢になる。
「……最初は、恩返しのつもりだったんス」
そう始めたジャックは、彼女にギンタと出会った頃のことを語った。
獰猛な人狼の盗賊に、一年以上大事な畑を荒らされていたこと。恐怖でどうしても動けず、彼らを追い払うことができなかったこと。悔し涙を流した日々のことを。
そこにギンタとバッボが現れ、勇気を教えてくれたことを。
「勇気……」
繰り返したドロシーに、ジャックは大きく頷いた。
「氷の城のときだって、ヤバいって思ったっスよ。けど、だからってここで引いたら、これまでの自分と同じっス。オイラだって強くなりたい! ギンタみたいに、ギンタと同じように!」
揺れぬ眼差しを認め、ドロシーは肩をすくめた。
「……そう。わかったわ。そこまで言うなら、私ももう止めない」
ドロシーの言葉に、ジャックは明るい顔を浮かべる。その反応に絆されるような、くすぐったい気持ちを少なからず覚える。
すっかり食べるのを忘れていた。手に持ったままの果物を、ドロシーは大きく飲み込む。……思ったよりも、後引く味だ。
「……じゃあ、それ食べたらもう一回練習ね」
「え!! またッスか!?」
「強くなりたいんでしょ?」
ニヤリと意地悪げに笑ったドロシーに、うっ、とジャックは声を詰まらせる。
拍子に実が喉に詰まって、盛大にむせる。タイミングのいい反応に、ドロシーはけらけらと笑い声を上げる。
「だったら、頑張りなさいな」
その言葉を、別(かつて)の誰かにも向けて。
げんなりとした彼を見ながら、ドロシーは甘い果実をもう一度口に含んだ。
END
本編ではあまり触れられてませんが、ジャックとドロシーの師弟関係もいいですよね。
ジャックの「姐さん」呼びや、ドロシーの「君に力を与えたのが誰かも知らずにさ!」と言ったセリフから、二人の信頼関係が伺えます。
そこに至る道程を、考えながら書いた話です。
最後の「かつての誰か」は、昔のドロシーのつもり。
甘さを捨ててしまった自分がジャックにほだされていくのを、彼女が自覚しているところが表せていたら嬉しいです。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
2017.11.6