言い換えるならば、それは
呼ばれている、と感じた。
腕の文様が疼く。この忌まわしき呪いを刻んだ者が、近くにいると主張している。
導かれるまま、歩き続ける。痛みが増していく方へと迷わず、歩みを緩めずにアルヴィスは進んだ。
「……出てこい。いるんだろ」
しばらく歩いたところで、アルヴィスは宙へと呼びかけた。森の静寂を破らぬように、ひそやかに。しかし芯の通った、強く硬質な声音で。
すると近くの茂みから、その人物が現れた。白い月光にきらめく神秘的な銀髪の、長身の人物。漆黒の胴着の片腕は包帯で巻かれており、奇妙さと共に一種の禍々しさを感じさせる。
「やあ。六年振りだね、アルヴィス君」
親しげな口調であったが、アルヴィスは話しかけてきた彼をキッと睨みつける。
「ファントム……」
その名を口にすると、抑えきれない激情が沸き起こる。
しかしアルヴィスは冷静な態度を崩さぬまま、今にも走り出しそうな己の心を抑えて問い質す。
「……ファントム、何故あんな真似をした」
「何のことだい?」
「とぼけるな。先日のテストで、ナイト級のマジックストーンを混ぜたことだ」
「ああ、あれね」
ファントムはくすりと楽しげに微笑する。対して、アルヴィスは不快そうに眉をしかめた。そんな態度も柳に風とばかりに、ファントムは飄々と続ける。
「ガイラが当たったんでしょ? 良かったじゃない、ギンタ達が死ななくて」
「……っ!」
「どのみち今の彼らじゃ、キメラ相手に勝てるかどうかもわからないし。僕はむしろ、君たちは運が良かったと思うけどなぁ。ガイラも死ななかったわけだし」
怒りをこらえながら、アルヴィスは歯を食いしばる。ギリリと、噛み締めた歯が耳障りな音を立てる。ふぅと、荒れ狂う感情をやり過ごすように息だけをこぼす。
「……ゲームにしては、いささかフェアではないな」
「そう? ゲームだからこそ、こういったお楽しみがあるものだと思うけれど」
「楽しみ、だと?」
「そうだよ。それに僕も、どうせなら新しいものが見たいと思ったしね」
老いぼれた戦士は不要だよ。言外にそう言い放つ彼に、アルヴィスは剣呑な光を強くする。
「……ああ。そういえばアランはどこに行ったの? 彼のことだから、てっきり今回も参加するものだと思っていたけれど」
「………白々しいことを」
取ってつけたような質問に、アルヴィスは吐き捨てる。ファントムも当然、六年前のアランとハロウィンとの試合を見ていたのだ。
ハロウィンの手によって、彼がスノウの側近である獣人・エドワードと呪いで合体させられたことは、百も承知のはずなのに。
アルヴィスの心情をただただ逆撫ですることを楽しむ彼は、笑みを深めた。
「ぼくのこと、殺してやりたい?」
芝居ががった仕草で、ファントムは両手を広げる。
無防備な態度だ。けれど、まったく隙がない。油断などできるわけがない。全身の気が張り詰めている己がいる。
胸の呪いがドクンと音を立てた気がした。アルヴィスは足の爪先まで、筋肉が緊張して力がこもるのを感じる。
そこで、ファントムがふいに表情を変えた。笑顔が消え、後ろの景色が闇夜に全て沈んだかのような錯覚を覚えた。
逃げろ。やられる。本能がそう感じた時には、アルヴィスの眼前に、ファントムの手が伸びていた。
一気に間合いを詰めたファントムは、動けないアルヴィスの首を捉えていた。
さながら、獲物を手中におさめた捕食者のように。
「でも駄目だ。まだ君は僕を殺せない」
ナイフのように研ぎ澄まされた雰囲気が、ファントムの身体から、アルヴィスにふれている指先まで伝わってくる。
氷のようにひやりとした指が、アルヴィスの喉に触れる。反射で無意識に喉が動くが、意に介さずファントムはアルヴィスの首の後ろにまで指を回す。
「けど僕は、君をこの場で殺すことができる。花をむしるよりも容易くね」
指先に力を込める。それだけで、アルヴィスの細い喉は容易に閉まり、呼吸が困難になる。
ぐっと目を閉じて苦しげな声を漏らすアルヴィスの首に、ファントムは爪を食い込ませる。尖った爪の先が白い肌を傷つける。じわりと皮膚が裂けていき、うっすらと紅い血が滲んだ。
痛みと苦しさに息を乱しつつも、アルヴィスはまぶたをこじ開ける。なおも自分を睨もうとする彼の鼻先にまで、ファントムは顔を近づける。
彼の視界に、自分しか映らぬように。
「わかるかい? 君は僕に、この場で呼吸することを許されているんだ」
怒りと屈辱に、アルヴィスの表情が歪んだ。
これ以上ないほど憎々しげに、ファントムを見つめる。
その様子に満足げな微笑を浮かべたファントムは、にわかに力を抜いた。捕まえていた細い肢体を放り出す。
突然解放されたアルヴィスの喉が、かはっと大きく動く。その場に片膝をつき、失った酸素を求め、喘ぐような呼吸を繰り返す。
「せいぜい楽しませてくれよ、アルヴィス君」
うずくまるアルヴィスを見下ろしたまま、ファントムは言った。
数度咳込みながらも、アルヴィスはキッとした目付きでファントムを見上げる。
「ちゃんと勝ち上がって、ここへおいで」
「……言われなくても、そのつもりだ」
アルヴィスは一度ふらつきそうになったが、しっかりと地に足を着けて立ち上がる。
「待っていろ。必ず、お前を殺しにいく」
深い闇に沈んだ夜。さえざえとした月光を背に、美しい青い瞳は目の前の人物だけを見据えていた。
しばしその視線を堪能したあと、ファントムは愉しげに笑って別れを告げる。
「じゃあね」
アンダータを発動させる。風景が変わる最後まで、彼の両の眼が己を見つめているのを感じながら、ファントムはその場を去った。
やがて景色は、見慣れたレスターヴァ城へと戻る。ファントムは自身の掌を持ち上げる。
そこにあるのは、炎を象った模様。アルヴィスの胸に焼き付けた呪印と、同じものだ。
……ひどく楽しい気分だ。あの苛烈な瞳を思い出すだけで、まるで恋焦がれる乙女のように、胸がさざめき出す。
(いや、ある意味当たっているか)
彼の文様に指を沿わせるかのように、ファントムは手の甲に唇で触れてみた。
自分と、そして彼をも。突き動かしているのが、同じ感情であるならば、
互いが運命の相手であると、そう感じたとて何一つおかしくはない。
(待っているよ、ずっと。君もそうでしょう?)
———ある特定の存在への執着は、捉えようによっては。
愛に、似ている。
END
そこはかとなくファンアルを意識したもの。
怪しげな話にしたかったのですが、気がついたらトム様が唇を手に当てていました。
アニオリの「ファントムを倒す」の顎クイのイメージが先行した結果です。腐目線を除いても、あの仕草からの動きは、絶対アルちゃんにキスしようとしてた気がするんだ…。
気になった方は、是非見返してみてください(笑)
2019.11.24