I'm alive.〈IF97話〉

 

 

 

 長い時間走り続けても出口の見えない森に、アルヴィスは疑念を抱く。

 

 (おかしい……この森は、そう広くはなかったはずだが……)

 

 (まさかディメンション!?)

 

 何故その考えに至らなかったのか、いつになく焦っているらしい自身に舌打ちをしつつアルヴィスは立ち止まった。

 腕に抱えたスノウを見る。 

 

「……アルヴィス?」

 

 憔悴している彼女を下ろし、すぐさま周りに視線を走らせた。

 ……近づいてきている。奴が。

 足止めを引き受けたナナシがどうなったのか気になるが、今は彼女を逃がすことが先決だ。

 

「森全体に魔術がかけられている。このまま逃げていても埒があかない、君だけでも飛ばす!」

「そんな!」

 

 ポケットから取り出したナナシのアンダータに魔力を練り込んでいく。

 

「今ここで、君まで失うわけにはいかない」

「でもアルヴィス……アルヴィスは!?」

 

 驚いて目を見張るスノウは気付いていないが、アルヴィスたちが立ち止まり会話している間にも男の気配は近付いている。

 先程の戦いで消耗した身体に鞭打ち、アルヴィスはとにかく魔力を練り上げる。

 

「オレなら大丈夫だ。君は先にカルデアに行き、ギンタたちにこのことを伝えるんだ!」

「だったらアルヴィスも一緒に! 置いていけるわけがないよ!!」

「駄目だ! 君は先に行け!」

「でもっ……!!」

「スノウ!!!」

 

 普段自分には優しいアルヴィスの張り上げた声に、スノウは思わず身体を強ばらせる。

 掌のアンダータを握り締めながら、アルヴィスはその小さな肩を痛い程の力で掴んだ。

 

「ナナシが稼いでくれた時間を無駄にするな! あの男の存在をギンタに伝えるんだ!!」

 

 言葉が出せず、涙を溜めたまま頷くことも忘れてしまった彼女から手を離し、アルヴィスは最後の魔力を込め終えた。

 

「アンダータ!!!」

 

 術が発動し、我に返ったスノウの驚愕した顔が景色に溶けていく。

 

「待って……アルヴィスーーー!」

 

 必死な思いで伸ばされた掌が消えていった。

 

 ……これでいい。

 懸念事項が一つ消え、アルヴィスは少しだけ肩の力を抜く。

 心優しい姫は胸を痛めるだろう。

 しかし彼女は失ってはならぬ存在。これからの時代を背負っていく、メルヘヴンの中心である大国の王女だ。

 そうでなかったとしても、自分の中での彼女の位置は変わりはしないが。

 

「……来たな」

 

 背後で甲冑の擦れるにぶい金属音が響いた。

 

「……偽りの姫は逃がしたか」

 

 追い付いてきた仮面の男は、アルヴィスの手元にあるアンダータを見て己のディメンションARMをしまう。

 

「あの命に、もはや意味などないものを……」

 

 嘲るように笑った男の台詞に、アルヴィスの頭で数刻前、自分が言った言葉が真実味を増してくる。

 

 “スノウには、オレたちも知らない秘密があるのかもしれない”

 

 遠い異国の地まで、スノウを執拗に狙ったディアナの魔の手。

 パルトガインで見た書物に記されていた、オーブに邪悪な意識を封じた技術を応用した古い魔術。

 そして、スノウと外見だけでなく仕草もそっくりだという、ギンタの幼なじみの少女・小雪。

 散らばっていた事実がアルヴィスの中で繋がる。

 恐らくディアナとこの仮面の男は、スノウの出生に関わっている。

 彼らの野望を達するための布石が、メルヘヴン大戦の起こる何年も前から打たれていたのだ。

 恐らくこのことだけではない、様々なことが……。

 

 

 ——だが。

 

 自分たちにとってスノウは、誰の代わりでもない大切な仲間だ。

 

「……好きなだけほざけばいい。貴様の相手はオレだ」

「ふふふ……」

 

 ロッドを発動させ構えたアルヴィスの足に、布のような物が流れてきた。

 燃える炎を思わせる、緋色の長いバンダナ。

 

「!!」

 

 

 “早よ行け!!”

 

 

 アンダータを投げ渡した彼。

 真剣な瞳。おちゃらけたように笑って自分たちを促した青年を思い出し、彼が既にこの世にいないことを悟る。

 

「ナナシ……」

 

 再び訪れた仲間の喪失に、アルヴィスは自身の手が壊れそうになるくらい握り込んだ。

 

「うおぉおおおおおお!!!!!」

 

 怒りを絶叫に変え、見知ったオーラの主に向かっていった。

 

 

 

 

 

「大ジジ様……」

 

 石像へと変わり果てた長老を埋葬し、悲しみに沈んでいたドロシーとギンタの後ろで景色が捻じ曲がる。

 空間転移の術が発動され、二人の前に茫然自失の状態のスノウが現れた。

 

「スノウ!?」

「……ギンタ……」

 

 数時間前に別れた仲間の姿を見た途端、スノウの瞳から涙が溢れる。

 膝から力が抜けた彼女を、駆け寄ったギンタが慌てて支えた。

 

「一体何があったんだ!?」

「アカルパポートの外れで……仮面を着けたアランの仇と戦ったの……」

「何じゃと!?」

「でも凄く強くて……私たちじゃ敵わなかった……」

「……他の皆は!?」

「わからない……私だけでもって、アルヴィスが飛ばしてくれたの……」

 

 ナナシさんのアンダータで。そう続けたスノウにドロシーが言い縋る。

 

「何てこと……それじゃナナシは!」

 

 漏れそうになる嗚咽を堪えながら、スノウは答えた。

 

「ナナシさんは、私たちを……」

 

 そこで唇の動きを止めた。新たな魔法の気配がした。

 彼らの傍で再びアンダータが発動され、満身創痍のアルヴィスと力なく地に伏すジャック、それに泣き付いているベルと気を失ったパノが姿を見せた。

 

「アルヴィス!!! ジャック!!!」

 

 魔術が完了すると、アルヴィスは糸が切れた様にそのまま倒れ込んだ。

 

「ナナシは!?」

 

 抱き起こし矢継ぎ早にドロシーが訊ねると、アルヴィスは辛そうな表情のまま緩慢な仕草で首を振った。

 手に握られているアンダータが悲しく光る。

 ドロシーはほんの刹那、美しい形の眉を歪めたが、努めて冷静な態度を崩さぬままギンタに指示をした。

 

「……ともかくジャックとアルヴィスの傷を治癒しなきゃ。ギンタン!!」

「あ、ああ!!」

 

「バッボ! バージョン4! アリス!!」

 

 バッボの姿が白銀の天使へ変わり、傷だらけの二人を治癒していく。

 苦し気に呼吸を繰り返すアルヴィスを抱きかかえるドロシーは、泣きそうな表情になっているのを自覚しつつ呆けているスノウを叱咤した。

 

「スノウ、アンタも!!」

「う、うん……!」

 

 数刻前、パノを治療したきり沈黙していたARMを服の奥から取り出す。 

 

「癒しの天使……」

 

 魔力を込めながら震える唇でARMの名を綴った。

 スノウの目の中で、ジャックの背中に出来た大きな傷が、身を挺して自分を庇ってくれたナナシの火傷とだぶった。

 

 無事に皆で逃げたらすぐに治療しようと、そして“さっきは有難う”と言おうと、そう思っていたのに。

 置いてきてしまった。救えなかった。

 

「……ナナシさん……っ!!」

 

 陽気な笑顔とバンダナだけを残して逝った彼を思うと、どうしようもなく涙が溢れた。

 

 

 

 

 END

 

 

 

 

 

*I'm alive.シリーズについて*

 

97話を初めて観た時の衝撃は今でも忘れられません。

僅か数分でナナシ、そしてスノウまでもがいなくなるという展開。

しかもスノウは、悲しい自分の正体を告げながらギンタの腕の中で消えてしまう。

この「多分全員が復活する」という私の予想は外れ、最終話で小雪と融合した彼女は一人メルへヴンから去ることとなりました。

スノウが小雪のクローンというアニメオリジナルの設定・ストーリーも好きですが、もし彼女が最後まで生きていたら、もし別の道があったならどうだったのかなと、そういうやりきれない思いもありました。

そこで実験に近いIFシリーズを考えて、少しずつ書き貯めていました。

 

 

*IF97話の後書き*

 

スノウが仮面の男に殺されそうになる時、アルヴィスは仮面の男=ダンナという事実に打ちのめされ動くことが出来ませんでした。

IFでは動揺しつつも、幾分冷静な判断でアンダータでスノウを逃がすという展開にさせました。

スノウが生き残ったことで今後周囲もどうなっていくのか、最終話まである程度展開を考えていますが、自分でも想像ができない部分があるので、書いていくのが楽しみです。

他の話と同様に続きが出来次第随時アップしていきます。

少しでも皆様に楽しんで頂けましたら幸いです。

 

2010.8.18