I'm alive.〈IF97.5話〉
仮面の男の襲撃を受けたメンバーの傷を癒し、近くの民家を借りて、ギンタとドロシーは事のいきさつを聞いた。
アカルパポートでパノと偶然再会したことも、先刻の戦闘で、ナナシが命を賭して皆を逃がしたことも。
「これを」
アルヴィスはギンタにポケットから出した物を差し出した。
「ナナシの、形見だ」
形見。先日アランの墓に置いたARMと、同じ意味を持つそれをギンタは受け取る。
初めてナナシと出会った時から、彼の髪と共に風になびいていたバンダナ。焼け焦げた跡が残ったそれを握り、ギンタは肩を震わせながらぎりっと歯を食いしばる。
「……すまない……」
アルヴィスの言葉に、ギンタは無言で首を振った。そして今まで見せたことのない、泣き笑いの顔を作った。
その表情を見たアルヴィスは、えもいわれぬ表情になる。
誰も何も、それ以上言わなかった。
(……ジャックの治療もあるし、しばらくカルデアにいましょう。奴らはもうここでの目的を終えてるはずだし、たとえ何かあったとしても、ここには魔法使いが沢山いる。たぶん一番安全な場所よ)
ドロシーの提案に従い、一同はカルデアで夜を明かすことにした。
言葉少なに夕食を終えた後、住人にアンダータを借りて、スノウは一人マグリット霊園の礼拝堂を訪れた。
……様々なことが起こったというのに、夜は無情なくらいに静かだ。
月の光が青白い色に染める聖堂で、スノウはただ立ち尽くしていた。
どのくらい経った頃だろうか。重厚な入り口の扉が、ギギギと音を立てて軋む。
「……姫様……」
「エド……」
入ってきたのは、レスターヴァで待っていたはずの家臣だった。
事の次第を聞き、いてもたってもいられなかったのだろう。礼拝堂内に数歩踏み入れた彼が、彼女を見る。
「……何があったのかは、アルヴィス殿から聞きました」
「……そう」
労わるような彼の眼差しから、スノウは目を逸らしたくなった。反射的な動作をこらえ、ゆっくりと彼に背中を向け、聖堂の中央にある像を見上げる。
「……正直……まだ信じられないんだ……」
背中に彼の視線を感じながら、スノウは続ける。
「アランとナナシさんが、死んだ、なんて」
口にしてしまうと、それが現実なのだと実感させられて、スノウの顔が歪む。
昨日まで当たり前のように、二人とも傍にいたのに。
もうこの世にいないなんて。
(……私があの時、付いていかなかったら)
アランの仇を討ちたいと、言い出さなければ。
少なくとも、ナナシが死ぬことはなかったんじゃないだろうか。
彼も言っていたじゃないか。気持ちはわかるが、止めた方がいいと。
なのに、わがままを通して、足手まといになって、
そして……
(…………私のせいだ)
スノウは目元に浮かびそうになる涙を、必死に抑え込んだ。
そんなことを言えば、きっとこの従者は悲しむだろう。スノウのせいではないと必死に言い募るだろう。
そんなのは、嫌だった。
「……大切な人がいなくなるのって、あっという間なんだね」
涙を湛えたまま、スノウは震えそうな声音で呟いた。
通路を歩いてやって来たエドは、彼女を痛ましそうに見た。しかし少しためらいがちに口を開く。
「……そのことなのですが姫様……実は気になっている事がございまして」
スノウはエドに振り向く。
「ご気分を損なわれるかもしれませんが……私の話に……お付き合い下さいますか?」
彼の顔を暫く見つめた後、こくんとスノウは首を縦に振った。その反応に力を得たように、エドは話し出す。
「アラン殿のことですが……」
「……うん」
「私はずっと気になっておりました。あれほどの男が、こんなにも容易く消えてしまうものかと」
エドの語る意味がわからず、スノウは彼に訝しげな瞳を向ける。
「アラン殿の実力は、身体を共有していた私が一番存じております」
「……でも……エドだって見たでしょ? アランの体が消えるところ…」
「はい。私もこの目でしかと見ました。ですが、人はあんな風には死にません。いくらARMの力とはいえ、あのような消え方は普通ではありえません」
少し早めの口調は、彼自身の望みも混じっているのか語気が強い。スノウは過日の光景を思い出した。
アランの肉体が黒い欠片のように変わって、夕焼けの空に消えていく様。
……そういえば、似たような光景を前に見なかっただろうか。
「ディメンションARMの中には、あのような効果のものもあると聞きます」
スノウがウォーゲームでのドロシーの戦いを思い出している横で、エドはある人物のことを頭に思い浮かべた。
幼いスノウを笑わせていた、トランプの使い手の青年のことを。
「私は……アラン殿は死んだのではなく、肉体だけが消滅、もしくは、異空間に消えてしまったのではないかと思うのです」
そう。レスターヴァ城に突入した際、スノウを救うために、デスキューブの代償でマジカル・ロウが異空間に消えたように。
彼女に告げない名前を胸に秘めながら、エドは言った。
スノウは彼の瞳を眼鏡越しに見つめる。
エドはARMを使うことはできないが博識だ。それこそ、アランも認めていたほどの。
「それじゃあ……」
スノウは、胸に小さな光が灯るような感覚を覚えた。
「アランとナナシさんは……生きてるかもしれないってこと?」
「……左様」
エドは短く答えた。
騒ぎ出した心を落ち着かせるように、スノウは胸に手を宛てがう。
「私の願望を含めた、勝手な憶測でありますが……」
だったら希望は、まだあるのかもしれない。
エドの顔をしばらく見返した後、スノウは胸にあてた手を握り、目を瞑った。
それから、瞼を開ける。聖堂内に差し込んだ薄明かりが足下を照らしていた。
首を伸ばし、下に向けていた視線を上に上げる。
迷いのない目で、スノウはエドへ向いた。
「………信じよう、エド」
エドに向けた表情には、微かな笑顔があった。
「アランとナナシさんは死んでないって。パノさんの家族や、ほかの人たちも無事だって、信じよう」
エドはゆっくりと頷いた。眼鏡の奥の瞳が、彼女と同じ気持ちだと語っていた。
スノウもそれに頷くが、ふと少しだけ目を伏せた。
「……でもギンタには、多分言わない方がいいよね」
「……何故ですか?」
「もし駄目だったとき、余計に悲しいもん」
不思議そうに訊ねた彼に、スノウは少しおどけたように言ってみせた。
「……姫様」
自身も辛いだろうに、仲間を失った彼を傷付けたくないという彼女にエドは切なくなった。
慈愛に満ちた眼差しで、スノウは再度彼に言う。
「だから、私達だけでも信じていよう。きっと大丈夫だって」
「……はい」
主君の言葉に、エドは深く首肯した。
力強い仕草に笑みを返し、スノウは聖堂の天井を見上げる。
どうすればいいか──答えはまだ出ていない。
でも、希望はまだある。消えてはいない。
自分にはマジカル・ロウや、ナナシが繋いでくれた命がある。
だから───
彼らを、きっと取り戻せる。
ステンドグラスの中で静かな月の光が、彼らの望みを照らすように淡く光っていた。
END
*IF97.5話の後書き*
前話が2010年で、今回が2015年…はい、五年越しの続きです。時間かけ過ぎだよ!!!!(全力のツッコミ)
スノウ生存設定のIFアニメル、需要は殆どないだろうとわかっていますが、区切りの良い所まで書けたのでアップしました。続きもまた、忘れた頃に載せると思います。
文中にあるように、この話ではゲーム設定とアニメ設定を混ぜています。
イフィー達は出る予定ありませんが、折角カルデアが舞台なので…。礼拝堂が少しですが書けて楽しかったです。
あと本文でスノウが思い出していたのは、ドロシーvsマイラ戦です。彼女はマジカル・ロウが消えた事を知らない筈なので、エドと思い出しているものが違うという。
そういえば、マジカル・ロウはアニメルでは消えたままなんですよね…最終クールの面子は復活したのに…悲しい。
正直誰得!な話でございますが、気持ちは他のと同様沢山込めております。少しでもお楽しみ頂けたら幸いです。
ご拝読下さり、有り難うございました!
2015.6.12