ゆうきとなみだ、ひとかけら

 

 

 

 

 まだ寒さが厳しい、2月の半ば。

 少しばかりセンチメンタルな気分のスノウは、自室の引き出しの奥から、大切にしまい込んでいた物を取り出した。

 紙に包まれた、茶色い板状の形をしたお菓子。

 固いけれど口の中ですぐに溶けてしまう、甘い甘いお菓子。

 チョコレート、とギンタは言っていた。

 元の世界から偶然持ってきた、お気に入りのお菓子なのだと。

 

 ……アルヴィスから聞いた話だと、ギンタの世界では2月の中旬、ちょうど今日のような時期に、バレンタインというイベントがあるらしい。

 いわく、親しい人や大切な人に、チョコレートなどの贈り物を渡す日なのだと。そうダンナから教わったのだと言う。

 意外と料理のできる彼は、スノウやアランにエド、そしてベルに手作りのお菓子を焼いてきてそんな話とともに振る舞った。

 懐かしいな、と言葉を添えて。

 

 メルヘヴンの言葉とはちがう文字で綴られた包み紙を剥いで、その中の銀色の包み紙も剥いでいく。

 いつか、ギンタが食べたのだろうか。真ん中で半分に割られたレンガ模様のそれが顔を出す。

 ほのかに鼻をくすぐる、甘い甘い匂い。

 

 

『オレの世界のオカシだよ。あげる』

 

 

『お守りだ』

 

 

 スノウはチョコレートの端っこをつまむ。指先に力を入れると、指の体温でチョコレートが少し溶けた。

 それをこっそりと唇に持っていく、舌でそっと舐めてみた。

 

 

 ……甘い。

 

 

 今度は指に力を入れて、小さなひとかけらに割る。

 

 

 パキッ。

 

 

 軽快な音が、やけに部屋に響く。

 そうして摘んだチョコレートのかけらを、スノウは大事に口へと運んだ。

 

 

 カリッ カリッ

 

 

 …………甘い。

 

 

「……おいしい」

 

 

 ポタッ。

 

 

「おいしいよ」

 

 

 ポタッ。

 

 

「……ギンタ」

 

 

 不意に、スノウの両目から涙がこぼれた。

 

 

「ギンタ……」

 

 

 いつもは平気なのに、今日名前を聞いたら、会いたくて会いたくてたまらなくなった。

 でも、もう、会えない。

 たぶん、二度と、会えない。

 そんな分かりきっている答えが、今日はとても切なくて、歯痒くて、くるしい。

 わかっているのに、とても、さびしい。

 

 

(ギンタ。私、頑張ってるよ)

 

 

 

 鼻を啜って、片手で涙を拭う。

 しゃくり上げそうになって、息を吸い込んで整えた。

 唇に流れ込んだ涙で、甘いはずのお菓子は少しだけしょっぱくなった。

 

 

 ……この先、もっと大事な人ができるかもしれない。

 チョコレートを渡したい人が、できるかもしれない。

 もしかしたら結婚する人も、現れるかもしれない。

 

 

 でも、ぜったいに忘れない。

 あの日々を。

 彼の姿を。

 声を。

 彼がくれた言葉を。

 交わした約束を。

 

 

 …………初めての、恋を。

 

 

 ずっと、忘れない。

 

 

 

「……ずっと」

 

 

 手の中のチョコレートを胸元に抱き込む。変わらない、湧き上がる想いを噛みしめた。

 

 

「ずっと、大好きだよ。ギンタ」

 

 

 大好きな彼の笑顔は、今も思い出の中で輝いている。

 

 ほろ苦い甘さを、胸いっぱいに感じながら。

 スノウはもうひとかけら、チョコレートを口に含んだ。

 

 

 

END

 

 

 

 

 

実は当初、漫画にしようと書き始めていた話でした。

数年前に着手したものの、数ページで挫折して途中のまま放置しており、このままだと完成までどれくらいかかるか。見通しも経っていないことに先日ふと気づいたため、今回は小説として形にすることにしました。

少しポエムチックなのは、その名残だったりします。

 

MARの恋愛模様は、読者の対象年齢もあるのか結構プラトニックな印象があるので、今回はとにかくピュアを意識しました。

短いですが、テーマが大きなものなので、短編としてアップします。

 

漫画は地の文がないからこそ、絵で説明したり、一つのシーンでさまざまな想像力を膨らませられるから、小説と表現の質が異なっていて、その塩梅が難しいと同時にとても面白いと思いました。挫折しましたが!(苦笑)

機会があれば、また漫画にもリベンジしたいと思います。

 

ご拝読くださり、ありがとうございました。

 

2023.2.14