「また修練の門か?」

「ああ。この前はゾンネンズの奴らに邪魔されたからな。今回は内輪でとことん戦ってもらうぜ」

 

 ギンタの質問に先日の疲れも見せず、一同を見渡したアランはニヤリと笑う。

 修行場所は前回と同じ森の中。またゾンネンズのような輩が襲ってきた時のために、ガイラもベルやエドと一緒に門の傍で一同の帰りを待つことにした。

 

「この時間からだとリミットは……半日?」

「ああ」

「門の中の時間だと、三十日分だね」

「一ヶ月……また修行っスか……」

「組み合わせは…こないだ組んだ相手でいいか?」

「異議なし!」

「うむ!」

 

 この間と同様、ペアに分かれてアランの前に並ぶ。

 騒がしいメンバーの中で一人静かなままのアルヴィスの横に、ナナシも立った。

 ちらりと横目で顔を窺うが、いつもと変わった素振りはない。

 

「ディメンションARM、修練の門!!」

 

 地面に三つの扉が出現し、異空間への口を開ける。

 

「しっかり修業してこいよ!!」

 

 アランの激励とほかの皆の悲鳴をバックに、慣れているらしく無言で落下に身を任せるアルヴィスと共に、ナナシは門の中に落ちていった。

 

 

 地上で見るものとは違う、不思議な色合いの空。

 太陽や月などの天体はないようだが、一体光源がどこにあるのかが不思議だ。

 もしかしたら、渦巻くこの空が光っているのだろうか。

 13トーテムポールを発動させたアルヴィスを前に、ナナシは自身もグリフィンランスを握りながら一瞬そんなことを考えた。

 

「準備はいいか」

「ああ。いつでもオッケーや」

 

 腰を落とし、構えを作った。

 

「ほなら、行くで!!」

 

 かけ声と同時に足を踏み出し、アルヴィスの懐に入り込む。

 ランスの切っ先を素早く突き出す。アルヴィスはロッドを両手で斜めに持ち、指の最小限の動きで攻撃を防ぐ。

 金属のぶつかり合う甲高い音が続く。

 ナナシはランスの発動を止め、首にかけたARMに魔力を込めた。

 

「サウザンドニードル!!」

 

 地中から無数の鉄の針が突き出て、目前のアルヴィスをも巻き込んでナナシの周囲を囲む。

 と、アルヴィスはサウザンドニードルの下から勢いよくポールを突き出し、足場にすることでこれを避ける。

 

「13……トーテムポール!!」

 

 ポールの勢いに乗って高く飛び上がると、残ったポールを自分の周りに発動させ、ナナシ目がけて弾丸のように打ち出す。

 

「どわっ!!」

 

 強烈な威力に、さすがにARM発動をやめ回避に徹する。

 大きく駆け出してポールの雨をくぐり抜ける。

 

「やっぱ咄嗟の判断はさすがやね。ゾクゾクするわ」

 

 賞賛の言葉を贈ったナナシは、両手の人差し指に魔力を集中させエレクトリック・アイを発動させる。

 広範囲に電撃を放出させ、ポールを絡めとり動きを止める。

 その隙にふたたび手にランスを出現させると、ガーディアンの発動で身動きのとれないアルヴィスに突きを繰り出した。

 瞬時にガーデスを発動させたアルヴィスが、ナナシの猛攻を受けながら反撃を試みようと瞳をすばやく動かした。

 

「っ!!」

 

 が、突如その瞳が見開かれ、防御の動作がおろそかになる。

 ナナシがそれを訝しく思うと同時に、アルヴィスは何とガーデスをナナシに投げ付けた。

 咄嗟にランスの柄で顔を庇い、重厚な盾を弾き落とすと、アルヴィスは左手で苦しそうに胸を押さえていた。

 

「!? どないしたん、アルちゃん!」

 

 攻撃を中断したナナシは駆け寄ろうとするが、それを拒絶するかのようにアルヴィスの腰元が光った。

 13ト−テムポールが次々に飛来し、無造作に地面に突き刺さってナナシの足を止める。

 うずたかく積もったポールと巻き上がる土煙が、視界を隠す。

 

「……っ! アルちゃん!! どこやアルちゃん!!」

 

 砂塵が晴れた時、アルヴィスの姿は消えていた。

 

 

 

 遺跡の陰に身を潜め、アルヴィスは呼吸を整えようとしていた。

 

「……まさかこんな時に………っ」

 

 掌にまで伸びた呪いの文様が、紅く怪し気に発光している。

 タトゥの魔力が全身を這いずり回る嫌な感覚を、崩れ落ちそうになる身体を必死で支えながら抑えようとした。

 しかし更に一段と激しくなった苦痛に思わず声を上げ、アルヴィスの意識はそこで途切れた。

 

     

 

 

 彼は若さに見合わず、人を守り、殺す覚悟を持った強い戦士だ。

 しかし同時に、自身の感情に戸惑う普通の少年だ。

 

 ならば自分は、どうしたい?

 

 

 

 

 

 

 薄闇に沈んだ世界で、草原(くさはら)に寝かせたアルヴィスがぼんやりと目を開ける。

 

「気が付いた?」

 

 彼のそばに腰を落ち着け、林の一本に背中を寄りかかせたナナシは訊ねた。

 暗い青に色を変えた瞳がナナシを映し、情報を仕入れようとゆっくり周りを探る。

 

「ここには、夜明けがないんやな」

 

 まだ訪れる気配のない朝を思い、一人言のように呟いた。

 横たわったアルヴィスの不思議そうな視線を察して、ナナシは夜空を指差す。

 

「ほら、空見ても月が見つからんやろ? 星も見当たらん。昼間も太陽やなくて、ここの空自体が光ってたみたいやしな」

「…………」

 

 ナナシの言葉を理解したらしきアルヴィスが、ぎこちなく身体を起こして修練の門の空を見上げる。

 数時間前に倒れていた彼を抱き起こしたとき、邪悪な魔力を発していた文様は今は治まった様子だ。

 

「タトゥの、所為か?」

「……ああ」

 

 隠しても仕様がないこととわかっているのだろう。アルヴィスは素直に肯定した。

 

「よくあることなんか」

「いや」

 

 今度は否定するが、夜の闇に隠れたナナシの瞳が疑わしげに見続けるのに気付き、観念したように言葉を足した。

 

「最近は……よくある」

「最近?」

「ファントムが目覚めてから、これまでより頻繁にタトゥが疼くようになった」

 

 アルヴィスが袖を捲った。細い腕に、絡み付くようにタトゥが刻まれている。

 

「進行も、早まっているようだ」

 

 手首に右手を添えたまま、アルヴィスは左手の甲を見つめる。薄闇に普段ならば絶対に見せない、憂いを帯びた表情が浮かんだ。

 ナナシの胸に、先日朝焼けの中一人立っていた彼を見つけた時の感情が去来した。

 

「………修行、中断させてしまったな」

「何でそう、」

 

 話を変えようとする彼に一旦そこまで言い、ナナシは息を吸った。

 

 

「………何ともあらへんように言うんや」

 

 

 何を指したのかわからなかったらしく、アルヴィスは「え?」と聞き返すように薄く唇を開けた。

 

 

「倒れるほど辛いんやろ。なのに何で隠そうとすんの」

 

 

 気持ちが言葉となり、次々と口から出てくる。

 

 

「自分らから隠れて、一人で耐えようとすんの」

 

 

 星明かりも月光も無いのに、地面に二人の影が伸びていた。

 とても近いけれど、決して交わらぬ距離を保って。

 その距離を越えるように、追いかけられぬ影を掴むように、ナナシはアルヴィスに問う。

 

 

「何でもっと、自分を大事にせんの」

 

 

 怒りすら感じられる声に、心底戸惑った様子でアルヴィスはナナシを見つめる。

 

 

「……言っている意味がわからない」

「せやったらこう言い換えるわ。アルヴィスは自分らを信じとらんの?」

「……!?」

 

 “アルヴィス”と、常の愛称ではない呼び方をしたナナシとナナシの言葉に、吊り目がかった瞳が見張られる。

 

「前にギンタに呼び方のこと指摘された時、君めっちゃ驚いとった。まるでギンタのことを“お前”て呼ぶのがアカンかったみたいに。それって自分らのこと、仲間と思っとらんからか?」

 

 あのとき見た後悔の表情とは違う、驚愕と困惑が織り交ざった顔がナナシの問いを否定していた。しかし、

 

 

「自分には今のアルちゃん、そんな風に見える」

 

 

 ナナシは冷たい言葉を使っていると自覚しつつも、沈黙したままの彼を追い込むように続けた。

 自分の態度がナナシの言葉を打ち消すには至らないと悟ったのだろう、アルヴィスは悲しげに瞳を歪める。

 だが決定打とばかりにナナシが発した問いを、アルヴィスはすぐさま強く、きっぱりと否定した。

 

「……4THバトルの時『一緒にチェス倒すぞ』て言うとったのは、嘘やったんかい」

「違う」

 

 瞬時の出来事だった。演技や嘘ではない、真実の言葉だと思われた。

 その反応に、ナナシは内心満足げな笑みを浮かべる。

 アルヴィスはもどかしいような、ナナシの抱く疑いを払拭したいのにその方法が見つからないような、心細そうな面持ちで、表面上は態度を変えないナナシを見詰めた。

 

 

「……信じてない訳じゃない……だが」

 

 

 痛みを含んだ顔が、長い睫毛を伏せる。

 

 

「もう、同じ思いはしたくないんだ」

 

 

 六年前幾度となく味わった、大切な人達の死。

 心を通わせて、己の中で彼らの存在が占める領域が広がってしまえば。

 失った時、今度こそ立ち直れなくなる。

 

 立ち止まってしまえば、二度と走れなくなる。

 

 

「……それなのに」

 

 

 失うだけとわかっているのに。

 傷付くだけと、わかっているのに。

 

 

「皆に、心許してる自分がいる」

 

 

 心は求めてしまう。

 繋がりを。安らぎを。

 

 

「……それが嫌だから、自分らから離れるんか?」

 

 

 アルヴィスはそっと首を振った。

 自嘲するように声を絞り出す。

 

 

「自分から離れていたのに、今更心を許したからと」

 

 

「その手に縋るなんて、都合良すぎるじゃないか…」

 

 

 ……本当にこの子は。

 戦うこと以外は、何て不器用な子だろう。

 差し伸べられた優しさに、触れていいのか戸惑って。

 温もりを遠ざけることしか、心を守る術を知らないのだ。

 

 

「躊躇わずに掴んでくれた方が、自分は嬉しいけどな」

 

 

 ナナシはアルヴィスが膝の上で握り締める手を探り当て、己のより小さなそれにそっと指を絡めた。

 

 

「誰もアルちゃんのこと、身勝手とは思わんで」

 

 

 捕まえた。君が恐れる弱い君を。

 夜の外気で冷たい手に、じんわり熱を与えるように力を込める。

 我に返った顔に、してやったりと言う風に微笑んでみせた。

 

 

「前も言うたけどアルちゃん、もうちょい肩の力抜き? 自分に厳しすぎなんや」

「……そんなつもりは無いが……」

「……まぁそやろなぁ。自覚薄そうやし」

 

 

 ナナシの呟きに、アルヴィスは訝し気に顔をしかめる。何のことかは理解していないようだが不服そうだ。

 

 

 ……自分自身の感情に無頓着な彼は、きっと世界や仲間といった、己よりも優先すべきものが沢山あって。

 その姿が他人からは理解できない、過ぎた自己犠牲にしか見えなくとも、戦士である彼が自分に課した制約なのだろう。

 それが仲間すら容易に近付けない、孤高な強さ。

 

「けどな、アルちゃんがギンタ達を大切に思うとるように、自分らもアルちゃんのこと、大切やと思っとるんやで」

 

 

 ならば。

 彼が自分を、守ろうとしない、ならば。

 

 

「せやから、自分らにも君を」

 

 

「守らせて、くれ」

 

 

 君が愛しいと思うこの世界ごと、君を守ろう。

 生きることに不器用な君を守ろう。

 彼が自分たちの存在を望むように、自分たちだって、彼の存在を望んでいるのだから。

 

「……オレは………」

 

 誓いにも似た囁きに、アルヴィスはナナシから視線を逸らした。

 

「オレは、守られるような人間じゃ、ない」

「それを決めるのは、君やないで」

「………勝手だな、アンタ」

「アルちゃんと、同じやわ」

「本当に勝手だ。………だが、何故だろう」

 

 緊張していた身体を、やんわり緩める。

 

 

「オレ、今嬉しいと思ってる」

 

 

 暗がりで俯いた表情は、確かに心地良さそうに、握られた手を見遣っていた。

 やがてその顔を苦笑に変え、アルヴィスは目線を上げてナナシに訊ねる。

 

 

「……ナナシ。“お前”の所為か?」

 

 

 責めるようにも聞こえる口調で紡がれた言葉に、ナナシは優しく笑んだ。

 

 

「……せやな」

 

 

 伝わったのだと、握った掌が言っていた。

 

 

「きっとそうや」

 

 

 そう答えると、アルヴィスは静かに笑みを深めた。

 

 

 絆を作れば作るほど、辛いだけなのに。

 心は繋がりを求め、拠り所を探さずにはいられない。

 心が強くなるのも弱くなるのも、人の所為ならば、自分は守ろう。

 彼が大事に思う全てと彼自身を、守り抜こう。

 自分は決して死なないし、そして死なせない。

 この、生きることにあまりに不器用な少年を。

 

 

 太陽のない空が夜明けを迎えようと光を放ち、重なった二人の影をくっきり浮かび上がらせた。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 長かった…! とは言わずにはいられない作品です。

 丁度去年の今頃実施していた、三周年記念アンケートの第一位「シリアスなナナアル(happy end)」を受けて練り始めたこの話、やはり一年という歳月を経て漸く書き終えられました。

 アンケ以前からナナアルは多く書いていたので、どうせ書くならこれまでに書けなかったことを深く突っ込んで書きたいと思い、過去の作品を読み返しながら色々吟味しました。

 その結果、前連載「冷たい海」や「僕に出来ること」で表面上でしか書けなかった、アルヴィスが皆に「心許す」過程を描きたいと思い、構想がスタート。

 ゾンネンズ戦の際、若干違和感を覚えた「アンタ」という呼び方などをヒントに、「あなたがここにいる理由」でちらりと書いたナナシの回想と絡めた、サイドエピソード的な話となりました。

 …しかし深く突っ込むと言うことは、それだけ自分に試練が課されるということで(苦笑)

 何度も「これでいいのか」と自分に問うては書き直し、「何でこんなテーマにしたんだ自分…」と過去の己を呪う日々でした。

 テーマがテーマなだけに、いつにもまして出来に自信はないのですが、心血を注いだ作品なので少しでも楽しんで頂けたら嬉しい限りです。

 

 最後までご拝読下さり、有難うございました!!

 

2010.12.5