冷たい海【9】
チャンネルが繋がった、というドロシーの声が聞こえた途端、身体が何かに吸い込まれていく感覚を覚え、ギンタの意識は消失した。
ばしゃん……
聞いたことのある音が耳元をかすめ、ゆっくりとギンタは目を開ける。
視界をよぎる小さな泡。
「ここは……」
そう言葉を発すると、口から気泡が生まれ目の前を踊った。
「水……?」
いや、これは違う。
これは
涙、だ。
アルヴィスが今まで飲み込んできた、
一人で流してきた、
心の、かけら。
ギンタの身体は海底のような平べったい空間に横たわっていた。
振り仰いでも、水中ならば差し込んで来る太陽の光はなかった。
光が届かない、暗い空間。
「……この世界の何処かに、アルヴィスがいるんだな」
よし、と拳を握るとギンタは大きく身体を動かし、とりあえず目の前の方向へ泳ぎ始めた。
しばらく泳いでいても,変化のない世界。
「くそっ! どこまで広いんだよこの空間!!」
こんだけ広いんじゃ見つからないんじゃないのか?
泳いでいる時間が増えるのに比例して、焦りばかりが募る。
自分はもしかして間に合わなかったんだろうか。
「おーーーーい!! アルヴィスーーー!! 隠れてねぇで出てこーい!!!」
大声で呼ぶが、沢山の泡が生まれるばかりで返答はない。
「……」
ほかに何もないこの世界では、まるで他のすべてから取り残されたような気さえする。
外では待っている仲間が居るのに。
互いに支え合っている、大切な仲間が居るのに。
ほんのすぐ近くにいるとわかっているのに、ここにいるとどうしてこんなにも寂しい?
「……そっか」
そこまで考えて、理解できた。
この水がこんなにも冷たいのは、これがアルヴィスの抱えてる孤独だからだ。
彼が言えなかった気持ち。彼に言わせなかった気持ち。
どこまでも深い、涙の海。
「……」
後悔と苦渋の表情を少しのあいだ浮かべた後、前を見据えてギンタは再び進みだす。
しばらく進んでいると、視界の先に小さな影が見えた。
「アルヴィス!?」
心に急かされるまま最高速度でそこへ向かおうとする。
しかし思ったよりも身体は早く動かず、じれったい位ゆっくりにその人物の顔がはっきり見えてきた。
「……だれ?」
小さな顔を膝に埋めている、青い髪の少年はどこか心此処にあらずといった表情でギンタを見上げた。
遠目では分からなかったが、目元はなんだか潤んでいる。
「あ……オレは……」
「__っ!!」
ギンタが名前を言おうとした途端、はっとした表情を浮かべた少年はどこか怯えたように後ずさった。
「く、来るな!」
「え?」
「来るな!!!」
自分を守る手段がそれだけであるように大声で叫んだ少年は地面を蹴り、何処かへと行こうとしている。
「お、おい! 待てよ!!」
その反応に慌てたギンタは彼の後を急いで追う。
「__アルヴィス!!」
あまり自由の利かない水の中で、それでもギンタは少年の細い腕を掴むことに成功した。
しかし少年はその小さな身体のどこにあるというのだろうか、思った以上に強い力で腕の束縛から逃れようと抵抗してくる。
「__っ、離せ!!」
「おい、暴れるなって!!」
もみ合いになった空間で暴れ続けていた少年は、ギンタから目を背けるように固く瞳を閉じて唐突に叫んだ。
「オレを見るな!!!」
悲痛な声で叫ばれたその言葉に一瞬ギンタは動きを止める。
「!?」
その次の瞬間、ざあぁぁぁぁ!! と、水が引く様な音をギンタは確かに聞いた。
気がついたらそこは水中ではなかった。
そして、頭の中を駆け巡るいくつもの映像。
まるで映画のようにそれは、次々とギンタにいくつもの場面を示していく。
最初は音が無かった。
どこかの村があった。
人が倒れていた。
殺されていた。
戦場だった。
ARMをつけた兵士がいた。
若かりし頃のアランやガイラがいた。
誰かの笑顔があった。
誰かの泣き顔があった。
……自分の父がいた。
「__オヤジ!!」
そして不敵に笑うあの男がいた。
映像はふいに、音と共に再生されていく。
『メルへヴンが好きってか?』
『キミはオレを信用させることができるか?』
『いい目をしている』
『強くなれ』
『情が移らなければ、そんな想いはもうしなくていいでしょう?』
『気持ちだけ受け取っておく。ありがとうギンタ』
そしてギンタは森の中にいた。
→ 第十話