冷たい海【10】

 

 

 

 風にゆれる木々の音、陽光を反射する色鮮やかな緑。

 そして、耳を掠める川のせせらぎ。

 ここは知ってる。

 昼間も訪れた、レギンレイブ城からほど近い森の中だ。

 

 

「でも、なんで……」

 

 さあああ....と。

 少し強い風が顔に当たり、思わず顔をしかめたその先に。

 彼が、いた。

 

 

 大樹の蔭で、静かに瞳を閉じている彼。

 昼間に会った,アルヴィス。

 風が強く吹き付けても、その瞳を開くことなくアルヴィスは眠り続けている。

 まるで一枚の絵のように、緑の中の彼はとても綺麗だった。

 

 

 同時に、一つの可能性に思い当たる。

 ここはおそらく、昼間のアルヴィスの記憶の中。

 ということは、このあとに...

 

 

「__アルヴィス!」

 

 

 とてもよく知っている、聞き慣れた声がしてギンタは振り向いた。

 木立の中駆けてくるその少年は、

 

 やっぱりオレだ。

 

 

 ギンタの記憶通りに、過去の映像は流れていく。

 

 

「……ギンタか、こんな所で何をしているんだ?」

「散歩! せっかくの休みだし、ずっと修行もつまんないしな」

「アルヴィスは? 寝てたのか?」

「いや……」

「?」

「目を閉じていた」

「……それ、寝てたって言わねぇ?」

 

 呆れた自分の言葉に記憶通り、アルヴィスはバツが悪そうに横を向いた。

 すると、記憶にない声。

 

『……ここなら、誰にも気付かれないと思ったんだよ』

「え?」

 

 吃驚して声を上げるが、記憶の中の二人には現在のギンタの姿は見えないので、会話は止まらずに進んでいく。

 

 

「何だよ、やっぱり寝てたんじゃん」

「間違ってはいない」

「そんなムキになんなよー」

「……ふふっ」

「あはははっ!」

『痛みも引いてきた...久しぶりな気もするな、こんな風に笑えるのは』

 

 

 脳裏に響いてくる少年の声は、確かに目の前にいる人物の声だ。

 つまり。

 

「この声は、アルヴィスの心?」

 

 

 少年たちの笑い声が途切れ、会話は記憶で最も新しいものへと話題を変えていく。

 

 

「…………ギンタ」

「お前がここに来てから、どれくらい経つ?」

「え? う〜ん……二ヶ月くらい? 修練の門にも入ってたから、よくわかんねーけど」

「そうか……もうそんなに経つのか……」

 

 

『早いものだな……まだそれほど経った気がしないのに門番ピエロでお前を喚んだ、あの頃から』

 

 

「出会ったばかりのお前は、ARMの使い方すら知らなくて、どうしようもないくらい弱かった」

『先が思いやられたよ。盗賊に肝を冷やしているようじゃ、と』

     

「うっ」

「でも今じゃ、ナイトクラスと対等に渡り合える」

『バッボもいつの間にか使いこなして、キャプテンとしての風格も出来てきた……本当に』

 

 

「強くなったな」

 

 

 心がこんなにもダイレクトに伝わると、恥ずかしいことこの上ない。

 記憶と同じように照れ臭くなり、鼻を掻いているとこんな言葉が響いてきた。

 

『素直に褒められると照れるんだな、いつもは図に乗るのに変な奴だ』

「なんだと?!」

 

 言葉が届かないことを知りつつも、思わず文句を言おうとアルヴィスの顔を見ると、アルヴィスはとても優しい表情で記憶の中のギンタを見つめていた。

 その顔に、ギンタは自分の中の怒気が消えていくのを感じる。

 

 

 こんな風に自分のことを、思っていてくれたのだ。アルヴィスは。

 それが、なんだかくすぐったくて、照れくさくて、とても。

 

 嬉しかった。

 

 

 

「……お前がオレを褒めるなんて、初めてじゃないか?」

「そうかもな。でも本当のことだろ。お前だけじゃない、スノウやジャックも、最初に比べたら随分頼もしくなった。……正直驚かされるよ、お前たちには」

 

 そう言葉を結んだところで、記憶の中のアルヴィスは空を見上げながら言った。

 どこか遠い、眩しいものを見るような目をして。

 

 

「そうやってお前は、どんどん成長していくんだな。今も、そして、これからもずっと」

『そして、オレをも越すのかもしれない。近い……未来に』

 

 

「ああ……オレたちは、どんどん強くなるんだ。スノウも、ジャックも、お前も」

「……オレも……?」

「当たり前だろ。お前さっきから他人事みたいに言ってるけど、お前だって強くなるんだ。オレたちみたいに」

 

 

 しばらく過去のギンタを見つめたアルヴィスは、小さく笑った。

 この会話を交わした時はわからなかったそれは、とても哀しい笑みだった。

 

 

『ああ、そうか。お前はそう信じてくれてるんだな』

 

 

 溢れ出しそうな気持ちを内包した、全てを受け入れるような哀しい笑み。

 

 

 

『でも、それは無理かもしれないんだ、ギンタ』

 

「……アルヴィス?」

 

 何が、無理なんだ?

 

 

 

「…………ああ。そうだったな」

『タトゥの痛みの頻度はどんどん多くなっている。じきにこの体中に回り切るのも遠くない』

「そうだったなって……お前やっぱり寝ぼけてるんだろ?」

『こんなこと、お前にも言えないけれど……オレは』

 

 

「……そうかもな」

「ぜってぇそうだよ!」

 

 

『オレは、いつまで生きていられるだろう』

 

 

 

 

 

→ 第十一話