Thank you for Everything ~わたしたちに祝福を!~
それは天気の良い、とても穏やかな気候の日。
レギンレイヴ城の長い廊下をバッボと共にぶらぶらと歩いていたギンタは、スノウがエドとともに何やらたくさんのものを持って歩いているのを見かけた。
「スノウ、その花どうしたんだ?」
駆け寄ってきたギンタに、スノウは笑顔で答える。
「お城の人に聞いたんだけど、今日はレギンレイヴ姫のお誕生日なんだって」
「レギンレイヴ姫って……」
「ウォーゲーム前に挨拶をしていた、あの美しい黒髪の姫君じゃな」
ギンタはレギンレイヴの姫君を思い出す。おしとやかで口数はあまり多い方ではないが、一言一言が真摯な、やさしい人。
「うん。だからお世話になってるお礼も込めて、プレゼントをしようと思って!」
スノウは両手に抱え込んだたくさんの花を掲げてみせた。
「姫様と一緒に集めてきました。どうでしょう? 綺麗でしょう?」
エドも誇らしげに自分の抱える分を持ち上げ、エヘンと胸を張ってみせる。
「へぇ〜そっか! お姫様、今日が誕生日なんだ」
淡い色調のドレスを着ることの多い彼女は、物静かな雰囲気も相俟って、いかにも童話に出てくるお姫様のような人だ。
目の前にいる同い年の姫様とは、ちょっとタイプが違う。大人しそうな見た目とは裏腹に意外とアクティブで、怒るとけっこう怖い、でも優しく頑張り屋な彼女を見遣って、ギンタはこっそりと笑む。
「そう! これを綺麗な紙とリボンで包んで花束にしようかなって!」
「いいじゃねぇか! オレも手伝うよ」
「ほんと?」
「ワシも手伝うぞ! 紳士のセンスを遺憾無く発揮させようではないか!」
「ありがとう! ギンタ! バッボさん!」
「今日、お誕生日なんですよね。おめでとうございます! これ、私たちからのプレゼントです!」
兵士の一人に案内してもらい、レギンレイヴ姫の私室を訪ねたスノウは、皆で作った花束を差し出した。
黒曜石のような美しい瞳を丸くして、姫はぱちぱちと瞬きをした。
「これを私に……ですか?」
「はい! いつもお世話になっていますから、そのお礼に!」
「まぁ……! 有難うございます、嬉しいです。……とても綺麗ですね。それにいい香り」
花に顔を寄せてすうと息を吸い込み、姫は口元を綻ばせる。
その様子は色味豊かな花束がおとなしい色彩のドレスに映えて、まるで絵物語のような情景になる。
「でもこんなに沢山の花をどこから……」
「近くの森に花畑があるんです。そこから摘んできました。他のみんなも手伝ってくれたんですよ」
「最後のリボンとか、ちょっとだけだけどな」
「うむ!」
照れてはにかんだギンタと得意げなバッボの横から、ジャックが別の可愛らしい色合いの包みを差し出す。部屋に向かうところで偶然会い、話を聞いて自分もとプレゼントを用意したのだ。
「これ、オイラ特製の肥料っス。水に溶かすと花が長く保つっスよ!」
「まぁ、こちらまで……皆さん、有難うございます。早速お部屋に飾らせて頂きますね」
嬉しそうな彼女に一同も笑顔になっていると、どこからか良い匂いが漂ってくる。
ギンタが鼻をくんくんとさせると、美味しそうな料理の匂いが鼻腔を刺激した。
「今日はご馳走なんだな」
「ええ。厨房の者が張り切ってくれているのです。……こんな情勢ですから、皆に無理をさせるようで心苦しいのですが……」
「そんな……辛いだなんて思ってないよ。きっと」
ほんの少し表情を曇らせる彼女に、スノウは言い募る。
確かにレギンレイヴは今、メルヘヴンの国々の中でも辛い状況にある。ウォーゲームの開催地に選ばれたことで、城を守る兵士達だけでなく大勢の民もチェスの人質となっているも同然だ。
しかし城の者達は皆、彼女のことを笑顔で話してくれる。
『姫様はとてもお優しい方だ』
『まったくだ。一介の兵士にすぎないワシら一人一人の名前を、ちゃんと覚えていて下さる』
『お顔を合わせると、いつもお礼を言ってくださるんだ。俺達はただやるべきことをやっているだけなのに』
そもそも王族としての誇りを捨て、民の為に躊躇なく自らの身を敵軍へと明け渡したくらいである。そんな彼女が国民に慕われていないはずがないのだ。
「そうっス! 皆自分が出来ることをしてるだけだと思うっスよ」
「……そうでしょうか」
心持ち不安げな顔つきを見せた姫の言葉に大きくうなずいて、ギンタが言った。
「皆、お姫様のことが大好きなんだよ」
ギンタの力強い返しを聞いた姫は、しばらくその言葉を噛み締めたのち、珍しく、とても晴れやかな顔になって笑った。
「喜んでくれて良かったですなぁ」
「うん!!」
廊下を歩きながら、エドの言葉にスノウを始めとした一同は満足げに笑い合う。
「今日はワシたちにもご馳走を出してくれるって言っておったし。夜が楽しみじゃの!」
「お祝い事は、やっぱり皆でやった方が楽しいもんね!」
相槌を打つスノウは、そこで不意にあることに気づいた。足を止めてくるりと振り返り、他の面々に無邪気に大きな瞳を向けた。
「ねぇ、そういえば皆の誕生日っていつ?」
そう。実は知り合ってからわりと時間が経つのだが、これまで不思議とこの話題にはならなかったのだ。初めての質問にそれぞれが答える。
「オレは12月!」
「オイラは△月っス!」
「姫、ワタクシは……」
「エドは知ってるから大丈夫。そっかぁ、二人はまだずっと先かぁ」
しょげ〜と若干肩を落とすエドを横目にスノウは思案する。せっかくだから、皆の誕生日もお祝いしたいと思ったのだが、いささかタイミングが合わないようだ。
「私の誕生日もまだ先だし、アランは確か先月だったから……バッボさんは?」
「んん? ワシの? はて……覚えとらんのぉ……」
「バッボは確か、カルデアの先代のじーさんの意識が入ってたとか言ってたよな。だったらその人の誕生日と同じじゃねーの?」
「カルデアの人だったら、ドロシー姐さんなら知ってるスかね?」
「ドロシー……ドロシーはの誕生日はいつだろ。知ってる?」
「ん〜知らねぇなぁ」
「せっかくだから、聞きに行ってみるっスか?」
「私の誕生日? 3月だけど」
お城で泊まっている部屋に向かう途中で、ちょうど遭遇したドロシーの答えにスノウはわかりやすく肩を落とした。
「あ〜……過ぎちゃってたぁ……」
ちなみに、バッボ……つまりカルデアの先代長老のことも聞いてみたが、彼女も知らないとのことだった。「私が生まれるずっと前から、長老は今の大ジジ様だったし」と。当然といえば当然である。
「イフィーなら物知りだから知ってるかも。今度聞いてみれば?」
「お、それがいいじゃん。よかったなバッボ!」
「うむ、手がかりがあるだけでもありがたいことじゃ」
「何? 今日が誕生日なのはレギンレイヴ姫じゃないっけ?」
ドロシー姐さんも知ってたんスね、と言うジャックに、まぁね、と彼女は返す。どうやら彼女も姫にプレゼントを贈っていたらしい。
年も近いみたいだし(多分)、もしかしたら二人って仲良いのかな。ぼんやり考えるスノウの横で、ギンタがドロシーへ説明する。
「なんかせっかくウォーゲームも休みだから、スノウが皆の誕生日もお祝いしたいんだってさ」
「あー、なるほどね」
「もうこの際、時期が過ぎててもいいよ! 先月のアランのと一緒に、ドロシーのもお祝いするのどう!?」
「え〜、そんな、良いわよ恥ずかしい」
意気込むスノウに対し、ドロシーはひらひらと手を横に振りながら言う。
「でも……」
「誕生日を祝う年なんて、ずいぶん前に卒業しちゃったし」
苦笑いするドロシーを「私たちそんな歳変わらないと思うけど……」と呟くが、いつもの年齢に敏感な態度はどこへやら。
ドロシーは苦笑を崩さぬまま、子供を宥めるような口調で続けた。
「私のことはいいってば。それより他の皆に聞いてみなさいよ。その方がきっと喜ぶわ」
お祝いすることになったら教えてね、と言い残して、ドロシーは背中越しに手を振りながら去っていった。
「……はて。何やらドロシー殿にしては、珍しい態度でしたなぁ」
「え、そうか?」
「いつもでしたら、もっとこう、押しの強い所があるというか……」
不思議そうに首をひねるエドと同じように、スノウもまた彼女の態度に違和感を感じていた。
しかしその理由まではわからず、ただその背を見つめるだけだった。
その後、一同が戻った共用の部屋にいたのはベルだけだった。
いつも彼女がそばにいるアルヴィスは、一人真面目に修行へと向かってしまったらしい。置いていかれたーと口を尖らせるベルに、めげずにスノウはまた問う。
「ねぇベルの誕生日っていつ?」
「誕生日?」
小首を傾げたベルは少しだけ考えたあと、キッパリと答える。
「ベルに誕生日はないよ」
「「え?」」
予想外の答えに皆の声がそろう。その反応を予想していたのか、あまり驚いた様子も見せず彼女は説明をする。
「ベルたちは妖精だから、暦じゃなくて季節で数えてるの。春生まれの子とか、夏生まれの子、とか。あとは月の満ち欠けとかかなぁ。三日月の日の子とか、満月生まれの子とか」
「ほほー、妖精たちには誕生日という概念は存在しないのですね」
意外な種族間のちがいに、エドが感心した声を上げる。その反応にベルが「むむっ」と眉間に皺を寄せる。
「そーいう言い方だと、なんかちょっと馬鹿にされてるみたい〜」
「いやいや、誤解ですよ! 別に馬鹿にしたとかではなくてですねぇ」
「そもそも暦は人間が後から考えたものじゃない! ベルたちは別になくても困らないもん!」
頬を膨らませて憤慨するベルの言葉に、ギンタが納得の声を上げる。
「あとから……そっか、言われると確かにそうかもな」
「え、そういうもんスか?」
思いがけず順応性を見せるギンタに、しっくりこない顔つきをしていたジャックがたずねる。
「考えてみたら、オレの国でも初詣とかの他に、昔はなかったクリスマスとかハロウィンとか、浅草のサンバカーニバルとか、誕生日とか関係なくめでたいことはなんか何でもやってる気がするし。人間があとから決めたってのはそうだなーって」
「ハツモウデ?」
「アサクサ?」
「あー、いや、こっちの話」
ポカンとする面々に、ギンタは無宗教と言われる故郷の国で、日常の光景となっている数々のごった煮イベントの映像を脳裏から追い出した。
クリスマスやハロウィンならわかるけど……と首を捻っていたスノウが、気を取り直しつつ再びたずねる。
「そ、そうなんだ……じゃあ、アルヴィスの誕生日っていつかな?」
「アルヴィスの?」
「うん」
しかしベルは、今度は困ったようにつぶやいた。
「……わかんない」
「………え?」
「ベルは、っていうか……アルも多分、自分の本当の誕生日は知らないと思う」
それはだいぶ前のこと。どこかの町で、すれ違った家族連れの会話を聞いた時のことだ。
『今日は誕生日だから、夕飯は好きなものを作ってあげようね』
『やったぁ! ありがとう母さん』
『…………ねぇアル。誕生日って、生まれた日のこと?』
『ん? そうだよ』
『お祝いをする日なの?』
『そうだな、そういう人が多いだろうな』
『じゃあ、アルヴィスの誕生日はいつなの?』
『そうだな……いつだろうね』
『え?』
『多分、冬生まれだろうって聞いてるけど』
『たぶん……?』
不思議そうに聞き返したベルに、幼いアルヴィスは静かに笑った。
「アルのお父さんもお母さんも、アルが生まれてすぐに死んじゃったんだって。それから街の人たちに育てられたから、はっきりした日付はわからないって言ってた」
「そう……だったんだ……」
思いがけず知ってしまった彼の素性に、スノウを始め一同は言葉を失ってしまう。
だから彼は、必死に世界を守ろうとしたのだろうか。
一人になった自分を受け入れてくれた人々を、街を、世界を守るために。
そこでスノウは、はたと思い至る。
先ほどのドロシーの態度。困ったような苦笑い。
ドロシーにとって、現在家族にあたるのは姉のディアナしかいないはず。
それは今、図らずも彼女が殺そうとしている人間だ。
先ほど誕生日の話を聞かれた時、彼女は思い出したに違いない。
優しかった姉がそばにいた頃のことを。まだ幼い頃、姉に誕生日を祝ってもらった時のことを。
でもそんな日は、もう来ない。
「スノウ?」
(……私、余計なことしようとしてたのかな)
ベルや他の皆の少し心配そうな声が届く。しかし彼女の脳裏にまでは届かない。
思いもしなかったことに言葉を失ったままのスノウには、傍で「でもね」とベルが続けようとするのも聞こえなかった。
午前中に訪れた時と変わらずに、天気は清々しく、頭上には抜けるような青空が開けている。
けれどどこか灰色の気持ちを抱えたまま、スノウは花畑のそばで座り込んでいた。
昼間ここの花々を見つけた時は、あんなに幸せな思いで溢れていたのに。
「どないしたん、スノウちゃん?」
「ナナシさん……」
両膝の間に顔を埋めていたスノウは、後ろから聞こえた声に上を向く。
そこには赤いマフラーをなびかせて、仲間である青年が立っていた。
「城でギンタたちが『スノウちゃんがおらんー!』って探し回っとったで? ……何かあったん?」
「ううん! 別に変なことがあった訳じゃないの! ……心配かけちゃったな」
慌てて首を振ったあと、反省の念を込めて呟いた言葉を拾ってか。ナナシは何度か目を瞬かせたあと、静かに笑みを浮かべた。
そして知らず下を向いていた彼女を覗き込みながら、いつもは見せない、頼れる年長者の顔で言った。
「自分でよかったら、話聞いたるよ」
スノウはすぐに返事をしなかった。しかし沈黙から拒絶の雰囲気はないと判断したのか、ナナシは彼女の近くに腰を下ろす。足元の草が擦れる音がする。
しばらく二人で風に吹かれていたあと、スノウはゆっくりと口を開いた。
「……ねぇ、ナナシさん」
「ん?」
「……私はね、誕生日の日は、お城でいつもパーティを開いてもらってた。お母様がいる時も、お父様だけになってからも、ずっと。新しいお義母様が来てからもそう。毎年たくさんの人にお祝いしてもらっていて……同じように、お父様やお義母様や、誰かのお祝いをすることが、嬉しかったし、楽しかった」
家族である父王や義母にだけではなく、ただの兵士であるアラン達やお付きのエドにも。いつからか、スノウは毎年プレゼントを用意した。
お金では買えないものを考えてみなさい、という義母のアドバイスに従って、スノウが贈ったのは手紙と、今回みたいに近くの丘で摘んだ花だったりした。
今思えば、手紙の字も内容もつたなく、たいした物ではなかったけれど。
アランは『誕生日を喜ぶほどガキじゃねえけどなぁ』などと言いながらも、笑って受け取ってくれた。エドも「姫様からプレゼントをいただけるなんて!!家宝にします〜!!」と泣きながら喜んでくれた。そんな反応を見て、幼心にもとても嬉しかった。
「皆、そうやって祝うのが当たり前だと思ってた。でも……そうじゃない人もいるんだってこと、知らなかった」
スノウはポツポツと、ナナシに先ほどの話をした。話の一部はあくまで想像が混じったものにすぎなかったが、意外にも聞き上手なナナシは、黙って彼女の話に耳を傾けてくれた。
視線を落とした先に、ふと花弁の端が枯れかけている花が目に入る。それを指先でいじりながら、スノウは思う。
……家族を亡くしていたり、悲しい記憶と絡んでいたり。
それぞれ境遇や立場は違うけれど、ただ生まれた日を祝うということが、難しい場合もあるのだと。
「私、無神経だったのかもしれないなって」
これまで想像もしていなかった、しかし確かに存在する厳しい現実に、スノウの心は打ちのめされてしまったのだった。
「んなことあらへん。どんな形であっても、お祝いしようと思ってくれたスノウちゃんの気持ちは、誰にとっても嬉しいもんやで」
「でも……」
「まぁ、皆それぞれ、全くちがう人生を生きとるからなぁ。知らんことにまで思い至らんのは当然のことやと、自分は思うけどな」
ただ優しいだけの励ましでなく、事実は事実として認めた上で、意見を述べてくれるナナシの態度が、今のスノウにはとても有り難かった。
なおも膝に顔を埋めたままのスノウの頭に、ナナシは慰めるようにそっと触れてきた。
けして下心のない、労りの仕草。その撫で方がどことなく以前、アランにされたものと似ているなと、スノウは感じた。
不意にその手つきが止まったので思わずちらっと見ると、ナナシがやや神妙な面持ちで遠くを眺めながら言った。
「……誕生日があらへんとかは、自分もおんなじやな」
「え?」
「自分は、ルベリアに拾われる前のこと、なーんも知らんからな」
「あ、そっか。ナナシさんは記憶が……」
そこではたと気づいて、スノウは思わず頭を下げた。
「……っ! ごめんなさい、私……」
また知らず無神経なことをしてしまったと謝るスノウに「あ、ちゃうちゃう! そういうことやない!」と慌ててナナシは言い募る。
わたわたと動いた拍子に赤いマフラーが風に踊り、それがやけに目立って見えて、逆にスノウの心を落ち着かせた。
「記憶がないことも確かにあるけどな、もともとルベリアは、過去を捨てたモンが集まってできた組織や。……盗賊なんて商売、真っ当に生きてたら縁がないさかい。どいつも表の世界じゃ生きていけない、誕生日も何もない奴らばかりや」
「……そう……そっか……」
スノウは切ないような気持ちになって、膝の間で両手を軽く組んだ。
しかしナナシはその憂いを払拭するように、小さく笑って続けた。
「……けどな。自分は別に寂しいとは思っとらんで」
「……どうして?」
「ちょうど、ルベリアに来て一年ぐらいの時にな」
『……何やこれ』
『あ、おかえりなさい、ナナシ!!』
『今晩はやけに豪華やな。なんかのお祝いか?』
『今日の主役はお前だぞ、ナナシ!』
『は?』
『今日は一年前、ナナシがここに来た日なんだぜ!』
『へ?』
『ほらー、やっぱり忘れてますよボス!』
『な、なぁガリアン、これは一体……』
『ここがお前の帰る『家』だということだ。素直に喜べ、ナナシ』
『…………』
『おんやぁ〜? ナナシ、もしかして照れてんのかぁ?』
『……っ、な、なに言うとんのや!』
『ほらほらナナシ、ジョッキ持って。皆、乾杯するわよ!』
『『乾杯!!』』
ナナシの口ぶりから、まるでその時の宴の暖かい空気が感じられるようで、スノウは自然と顔を上げ、彼の横顔を見つめていた。
くすぐったそうに笑いつつも、切れ長の目を細めるナナシの表情はそれが愛おしい記憶であると、雄弁に語っていた。
「そもそも誰にだって、生まれた日はあるもんやしな。自分の場合は覚えてへんだけで。……自分にとって特別な日は、ルべリアに拾われた日っちゅーだけのこっちゃ」
「……だから、ナナシさんは平気なんだ」
ゆっくりと微笑んだスノウに、ナナシは「ああ」と笑みを返す。
「アルちゃんやドロシーちゃんも、スノウちゃんが思うほど案外気にしてないかもしれへんで?」
「……そうかな?」
小さな願望を込めて、スノウは聞き返す。せや、とナナシは頷き返す。
「誰にとっても特別な日はあるし、それはきっと、誕生日じゃなくたってええはずや。意味なんて、後からいくらでも作れるんやで」
それは過去を持たない彼の言葉だからこそ、スノウの胸に強く響いた。
「…………お。自分、ええこと思いついたかも」
「え?」
「誕生日のお祝いがアレかなーって思うんやったら、自分らが出逢った記念っちゅーんはどう?」
スノウは言葉を繰り返す。
「出逢った、記念……」
「名案とちがう?」
得意げに首を傾げたナナシの言葉を、もう一度反芻する。
スノウの瞳に、みるみるうちに光が戻った。
「うん! それ、すごくいいと思う!」
思い切り破顔したスノウは、膝に力を入れてすっくと立ち上がる。
「ねぇナナシさん、ちょっと手伝ってくれる?
「お? ええでええで。何するん?」
何やらスノウに耳打ちされた後、ナナシは楽しそうな笑いを浮かべ「それめっちゃええやん」と返す。
そして二人はその場に屈み込み、ある作業を始めた。先ほど見つけていたものも含めて、たくさんたくさん集めていく。
しばらくしたのち、「これで大丈夫かな」と手の中の物が十分になったことを確認してから、スノウは作業を終える。
「ありがとう、ナナシさん! 私、ちょっと先に戻るね!」
「ああ、気ぃつけてな」
「うん!!」
裏のない笑みで見送る彼に頷いた後、両手いっぱいに「それ」を抱えつつ、軽やかな足音を草原に響かせながらスノウは花畑を後にした。
「あ、スノウ!! ここにいたのか!」
「姫様!! あ〜良かった!! どちらに行かれてしまったのかと思いましたよ」
一度お城の部屋に戻り、持って帰ってきた物をこっそり隠したところで、部屋を出たスノウは焦った様子の二人に迎えられた。
ずっと探してくれていたのだろう、ほっとした顔で汗を拭ったエドは「わたくし、他の皆様に知らせてきます!」とすぐさま奥へと走っていく。
ふぅ、と肩の力を抜くギンタの姿に、スノウの胸にじんわりとした思いが込み上げる。
「……心配かけて、ごめんね」
「ううん! あのさ……えっと……」
スノウの心情を慮ってか、言葉を選んで言い淀むギンタに歩み寄り、スノウは彼の手を取った。
え、と小さく呟いた彼の声が届く。日々の修行で分厚くなった手のひらをきゅっと握ると、照れたのか、ギンタは少しだけ頬を赤くさせた。
木漏れ日みたいにキラキラした、明るい緑の瞳。大好きな彼の目を真っ直ぐに見つめながら、スノウは微笑んで言った。
「ねぇギンタ、皆でお祝いしよう!」
「…………何の?」
「私たちが『出逢えた』記念に!」
夜。広間でレギンレイヴ姫の誕生日を祝う、ささやかな宴のあと。
共用の部屋に戻ったアルヴィスは、いつもとは違う室内の様相に目をぱちくりさせた。
先ほどのものよりは控えめだが、華やかな装飾で飾り付けられた部屋と、ちょっとした料理の数々。
「……これは一体何の騒ぎだ?」
不思議そうにつぶやいた彼に、ドロシーがどこか楽しそうに答える。
「『出逢えた記念』ですって」
「出逢えた記念?」
「そう!」
大きく頷きながらやってきたスノウは、手の中の花を数輪ずつ二人に手渡す。花畑で新たに摘んできたものだ。
「アルヴィスと、ドロシーにも」
渡されるままに受け取る二人に、スノウはさらに続ける。
「今日はレギンレイヴ姫のお誕生日だけど、せっかくだから、私たちが出逢えた記念のお祝いもしたいなって思ったの!」
「みなさまの誕生日はまだまだ先のようでしたので、お祝いにちょうど良い日を姫様が考えたのです。厨房の方に、料理も少し分けていただきました!」
料理を手配したらしいエドが、スノウの足元で得意そうに鼻を膨らませる。
手元の花に視線を落とした二人は、スノウを見、エドを見、それから顔を見合わせる。
ふふっと二人の相合が崩れ、笑い声が上がった。
「下でもお祝いだったというのに、なんだか贅沢だな」
「ま、たまにはいいんじゃない?」
満更でもなさそうな彼らに微笑み返した後、スノウはもう一度皆に花を配って歩く。
その小さな背中を眺めながら、二人もほかの皆に混じって思い思いにこのひと時を満喫する。
「お前らしいなあ」
楽しげに会話する合間に、酒を煽っていたアランがボソッという。
彼の無骨で大きな掌の中にも、スノウに渡された小さな花がある。オッサン似合わねーと指を差すギンタたちにゲンコツをお見舞いしたのはついさっきだ。
長い付き合いゆえのくだけた口調で、スノウはそっと彼にたずねた。
「……こんな時に、って思う?」
「いや。こういうことを当たり前に出来るのが、お前の強さだと思うぜ」
花を手のひらで遊ばせながら、アランは笑ってみせる。
「ま、俺みたいな歳になると、ちいと気恥ずかしいのはあるがな。こういう祝い事っつーのは」
「気にすることはありませんぞ姫様。この男、こちらが覚えておかないと、そのうち自分の年齢や名前すらもきっと忘れますからな」
なはは! と高笑いするエドは、アランに遠慮なく殴られ「痛ァ!!」と叫んだ。
それを楽しげに眺めながら、私だけのアイデアじゃないんだけどな、とこっそりとスノウは思う。
本当の発案者であり、このお祝いの立役者である人物へと視線をずらすと、ナナシは景気良くお酒を飲みながらジャックの肩に腕を回していた。
すでに酔っ払っていつも以上に陽気な彼を、若干面倒くさそうに相手をしながらジャックがスノウに向けて手を振る。
「よかったっス! スノウが元気になったみたいで」
足元からバッボも安心した顔をのぞかせる。
「なんだか暗い顔をしていたようじゃったからのぉ。スノウちゃんは笑顔が一番じゃ」
「……いっぱい探してくれてたって聞いたよ。ごめんね二人とも」
「気にすることないっス! オイラたち仲間じゃないっスか!」
「第二家来の言うとおり! 当然のことじゃぞ」
「……うん」
屈託なく微笑む二人に笑い返し、スノウはジャックへ手の中の花を渡した。バッボには茎を輪っかのようにして、頭の取手部分に結びつける。「似合うかの?」と聞くバッボにうん! と頷く。
パーティが盛り上がる中、アルヴィスの傍らにいたベルがスノウの近くへとやってきてささやく。
「あのね、スノウ。昼間言おうとしてたことなんだけど……」
「え?」
スノウは自分の感情でいっぱいいっぱいで、上の空だったためにすっかり聞いていなかったことを思い出す。
「あ、ごめんね、私あの時……」
「ううん。いいの」
いきなりあんな話、びっくりしちゃったよね、と、どこか年上のようにも見える優しげな表情になった後、ベルはこそっとスノウの耳元に寄る。
あのね、
「私もね、アルヴィスとおんなじことを話したんだよ」
とびきりの宝物のありかを話すように、ベルは口を開いた。
出逢ったばかりの頃。まだ幼い彼と誕生日について話した時。
『アルヴィスとはちょっと違うけど、ベルにもきちんとしたお誕生日はないから。これからは、二人が会った季節にお祝いしようね』
そう言ったのだと。
「そしたらアル、ちょっと驚いたあと、すっごく嬉しそうに笑ってくれた」
もちろん、冬になったら、冬生まれって言ってたアルヴィスのお祝いもしっかりするけどね、と話したベルは、にっこりと微笑んだ。
「今日のアルヴィス。あの時とおんなじ顔してる。スノウ、ありがとね」
あたたかな眼差しと言葉に、喉元が熱くなる。
胸を震わせながら、スノウは首を振った。
「ううん……私こそ」
少しだけ涙が滲みそうになって、目元をひそかに押さえた後。
スノウは満面の笑みとなり、手の中からまた何本目かの花の贈り物を取り出した。
「教えてくれてありがとう、ベル!」
「……うん!」
「……みんなも」
生まれてきてくれて。
ここにいてくれて。
……出逢ってくれて。
「ありがとう!!」
いつかは、離れてゆく仲間たち。
だけど今は、同じ時間を過ごせている。
そばにいられる奇跡。
その全てに。巡り合わせに。
ありったけの、感謝を!
END
→あとがき