冷たい海【12】
__息が出来ない。
何度呼吸を繰り返しても、容赦なく水が肺に流れ込み苦しくなる。
助けを求める声も口から出る呼気にせばまれて出せない。
うっすらと瞳を開けると、暗い世界にいた。
「........」
しばしその世界を眺め、思い出したように呼吸をすると呼気が上へと上っていった。
泡が小さくなる様子と身体の感覚から、自分の身体がゆっくりと沈んでいっているのがわかる。
いつからここにいるだろう?
もう、ずっと前からここにいるような気がする。
自分が今までいた場所は別であると知ってるのに、それはもう随分遠い世界の出来事に思えてならなかった。
__そうか、オレはずっとここにいたのか。
ふいに目元に涙が溢れてきたのを感じた。
しかし、その涙は周囲の水と同化して存在をわからなくさせる。
その光景をアルヴィスはぼんやりと見つめながら己の涙の行方に想いを馳せる。
ここならどんなに泣いてもわからない。
誰も涙に気付かない。誰にも自分の弱さを知られることはない。
そのことにふっと溜め息をつくと、それはまた水の中を上っていった。
誰にも気付かれない。そのことに安心していいはずなのに
何で今、自分はどこか寂しいのだろう?
何で、哀しいのだろう?
『人間だからだろ?』
「.......?」
この声は、誰の声だっただろう?
とても懐かしい聞き覚えのあるこの声は……
『強いだけの奴なんでどこにもいねーよ』
強くなくてもいい?
許される?
「……ギンタ?」
『お前が一人で立てなくなったときは、引っぱり起こしてやりたい。その手をオレは持ってる。……オレだけじゃない。スノウもジャックも。おっさんやナナシもドロシーも!ベルだって!!』
名前を認識すると同時に、仲間達の顔が脳裏に浮かぶ。
それだけで、肺に酸素が行き渡り楽になる。
どうして胸の痛みがなくなるのだろう。
どうしてこんなにも、安心できるのだろう。
『お前は一人じゃない!』
ああそうか。
この気持ちを受け止めてくれる人たちがいる。
自分を支えてくれる人たちがいる。
......気付かなかっただけで。
だから
オレは
一人じゃない。
深い深い、底の見えない水の中。
引き上げてくれる腕を
その時オレは、確かに感じた。
→ 第十三話