夜明け
〈side ALVISS〉
数巡目の訓練を終え、アルヴィスは握りしめたロッドを勢いよく振り下ろした。
全身からゆっくり緊張を抜くと、やや冷たい風が身体を包み込む。
しばらくその風の心地よさに浸ると、アルヴィスは視界の端でだんだんと色を変えていく空を見上げる。
……そろそろだな。
トレーニング中背にしていた、東の空の方へと向く。
切り立った崖の上からは、レギンレイヴ領下の小さな村々を広く見渡すことが出来た。
山と山の間に、小さな光が漏れ出でる。
一瞬視界が白く染まり、そして、
世界がオレンジ色に息づいていく。
眼下で照らし出されていく家々の中から、人々が顔を出し、それぞれの生活へと繰り出していく。
また、一日が始まった。
こうして色づいてゆく世界を見るたび、アルヴィスの胸に愛しさが溢れ出す。
当たり前のように紡がれる日常。しかし、これが何物にも代え難いものだと知ったのは、いつの頃だろう。
水を汲みに出る少年、市場へ品を運ぶ農夫、母親と会話しながら畑へ向かう少女。
彼らの目は日々の仕事に追われながらも、太陽と同じように生き生きと輝いている。
────この光景を守るために、自分は戦い続けるのだ。
愛しい世界をしばらく眺めた彼は、やがて背を向けて迷わず歩き始める。
……今日も、この世界で生きていく。
〈side NANASHI〉
寝つけなくて真夜中に散歩に繰り出したあと、一休みしていた木の上で眠っていたらしい。
よく落ちなかったものだと、ナナシは思わず他人事のように反芻する。
茂った木々の葉のすき間で、藍色で覆われていた空が、徐々に淡い赤色を含んでいく。
このぶんやったら、久しぶりに朝日を拝めるかもしれないと思うと、下でビュッ、と素早く空気を切る音がする。
首だけ動かして眼下の様子を見下ろすと、まだ暗闇が支配する世界でアルヴィスが銀色に光るロッドを振るっていた。
「こんなに朝早うから……熱心やな」
おそらく彼は、自分が寝こけている間もこんな風に訓練していたに違いない。
どこまでも真面目な彼だ。たとえ悪天候だろうがなんだろうが、日々のトレーニングは欠かさないのだろう。そう考えると、たまには肩の力を抜けばいいのにと思った。
規定量のトレーニングをこなした彼は、疲れを感じさせない表情で短く息をつくと、それまで背を向けていた崖へと向く。
つられるように、ナナシも東の空を見た。
じりじりと動く太陽が、今にも顔を出しそうにしている。
そして数秒の後、山際から光が生まれる。
夜明けだ。
数時間ぶりに顔を出した太陽が、世界をどんどん照らし出していく。
夜明けとともに起きたのだろう。人々が家から出て、それぞれの生活を始めていく。
彼らの頭上で、茜色に染まった雲が静かに流れていく。
しばしその世界の息づく様を見ていると、ふと同じように村を見下ろすアルヴィスの姿が目に入った。
朝日を真っ正面から受ける横顔は、愛おしいものを見る目で、丘から見渡せる世界を見つめている。
寡黙でいつも近付きがたい雰囲気を持つ彼は、今までナナシが見たことのない、優しい笑みをしていた。
その光景に目を丸くしたナナシは、少しして、自分が彼と同じような優しい顔になるのを感じる。
そうか。
君はこの世界が大好きなんやね。
やがてアルヴィスは城への道を戻り始めたが、ナナシは動かずに目の前の景色を見続けた。
彼の愛するこの世界を、もう少し目に焼き付けよう──
そう思いながら。
END
これはかなり昔に思いついた話だったりします。
まだウォーゲームが始まったばかりで、二人がお互いのことをよく知らないという設定です。距離を測りかねてるナナシさんが、アルヴィスの素顔を知って彼に少し近付いた気になるといった感じで書きました。
この話は後々アップ致します、18000hit・20000hitを踏まれた蓮華様のキリリクと密かに絡むお話なので、蓮華様にはかなりお待たせして頂いているのですが、先にアップさせて頂きました。
…正直、何てことない話なんですけれど、少しでも楽しんでいただければ本望です。
ご拝読下さり、有り難うございました!