シアン・イノセンス

 

 

 

 ウォーゲームがしばらく休みになると通達のあったその日。メルの一同は、ちょっとしたパーティをすることになった。

 レギンレイヴ城の広間を借りて、料理も用意してもらって。これまでの戦いの慰労会をするのだ。

 せっかくパーティをするのだからと、レギンレイヴ姫の好意で衣装部屋の鍵を借りてきたエドの提案で、いつもとは違うお洒落な服も着てみることにした。

 普段着のジャケットを脱いで、スノウもまた、先ほどドロシーに選んでもらった服に袖を通す。

モダンなグレーカラーがベースの、肩にフリルのついたエプロンドレス。スカート丈が意外と短いそれは、最初は気恥ずかしかったけれど、着ているうちに徐々に慣れてきた。

 華やかな洋服が集められた室内で、ほかの皆の洋服を選んでいるドロシーにスノウはちらちらと視線を向ける。

 その視線を感じつつも、ドロシーは服を吟味し続ける。

 やっと、と言いたくなるほど時間をかけて。スノウは思い切ったように彼女に声をかけた。

 

「ねぇドロシー、ちょっと聞いてもいい?」

「んー? なぁに?」

 

 視線はあえてたくさんの服に向けたまま、ドロシーは聞き返す。

 

「ドロシーは私のこと……イヤじゃないの?」

 

 しかし続いた言葉に素っ頓狂な顔になり、思わず後ろへと振り返る。

 服を両手に抱えたままこちらを窺うスノウを、まじまじと見つめる。

 

「……何、その質問」

「だって、ドロシーもギンタのこと、好きでしょう?」

 

 そしてためらうように言葉を切りながらも、思いがけない問いを投げかけてきた。

 困ったように眉を下げつつも、その明るいブルーの瞳はドロシーの顔をまっすぐに見つめていた。

 一瞬思考が止まったドロシーだったが、すぐに冷静な自分を取り戻す。

 これはまた直球で来たわね、と思いながら、目の前の少女を見遣った。

 スノウの顔は、至って真剣だ。

 

 ……ふとドロシーは、こんな風に彼女と二人きりで話すことが、初めてであったことに気付く。

 パヅリカ島でなし崩し的にギンタの旅に参加して以降、二人の周りにはいつも誰かしらがいた。

 チームとして、お互いの目的は共有しているけれど。プライベートのことなんて、ほとんど話していないも同然だ。

 

 ドロシーは、改めて横に立つ彼女を見る。

 幼くして母を亡くした後、父王と家臣たちにお城で大事に育てられていたお姫様。

 何の不自由もなく暮らしていたのに、慕っていた義母に追われて、たった一人の家臣と二人ぼっちの旅に出て。

 それでも民と国を、世界を守るために、自ら戦うことを決意した。

 

 これまで対等な立場の人間なんて、いなかったに違いない。

 気軽に話せる友人も、きょうだいのような人間も。

 そんな彼女が今、年頃の少女らしい、かわいらしい問いかけを真剣に聞いてきている。

 その事実に気づいたドロシーの胸に、不思議な感情が湧いてきた。

 

 

 ……この子、なんだか可愛い。

 

 

「……イヤなわけないでしょう?」

 

 

 だからいつも癖になっている、本心を隠す笑みではない、素直な微笑で。

 殊更、柔らかく伝わるように、ドロシーは答えた。

 どことなく不安そうな視線が、おずおずと尋ねてくる。

 

「……どうして?」

「恋のライバルとかの前に、アンタは大切な仲間だもの」

「仲間……」

「そ。大体、イヤだったらこうして誘ってないわよ!」

 

 と、ドロシーは彼女の不安を吹き飛ばすように笑った。面食らったスノウは年端もいかない子供のように、大きな目をぱちぱちと瞬きさせる。

 

「ま、アンタが素直にギンタンを諦めるなら、もっとかわいいなーって思うけどね」

「そ、それは駄目!」

 

 反射的に両拳を握ってしまったスノウだが、あ、と気づいてしまう。

 自分に歩み寄ろうとしてくれているドロシーの思いを、無下にしてしまったのではないか。そのことに気付き、悩みかける。

 しかしドロシーは、スノウの心配もどこ吹く風のように、ふふっと声を出して笑った。

 

「それでいいのよ」

 

 大人っぽい、優しい眼差しで見つめてくるドロシーに、スノウもまた不思議な気持ちになる。

 

 ……ドロシーって、こんな優しいカオになるんだ。

 なんだか、お姉さんみたい。

 

「私だって譲れない。アンタに負けないくらい、ギンタンのこと好きだもの。……そんな簡単に諦めちゃうほど、アンタも私も、軽い思いじゃないでしょ」

 

 ドロシーの言葉に、スノウはこくりと頷いた。

 

「恋のライバルだから……それが理由で、他人を嫌いになる人も、確かにいるだろうけどさ」

 

 ドロシーは悪戯気な顔を覗かせながら、明るく彼女へと問いかける。

 

「アンタは私のこと嫌い?」

「そ、そんなことない!!」

 

 間髪入れずに返したスノウに「でしょ?」と、ドロシーは返す。

 キョトンとしたスノウは、数秒間考えたあと、腑に落ちた顔でつぶやいた。

 

「………そっか」

「そうゆうこと」

 

 なるほど、と彼女の言葉を噛み締める姿に、ドロシーは満足そうに頷いた。

 ……とはいえ、ドロシーの彼への想いや感情は、すべて恋という気持ちだけで構成されているのでは無いのだけれど。そこまでは語らなかった。

 

 

(やれやれ、いつから私は、こんな甘ちゃんになったのかしら?)

 

 なんて、思わなくもないけれど。

 そんな自身の変化も、そう悪いものではない気がした。

 多分、久しぶりに暖かいものに触れて、くすぐったい気持ちになっているから。

 

 

「さ、どんどん選んでいかないと! あんまり時間かけてたら日が暮れちゃうわ」

「あ、うん!」

 

 その後ドロシーやベルの洋服だけでなく、ギンタを始めとする男性陣の衣装もわいわいと選んでいく。途中エドたちが乱入するトラブルがあったものの、無事すべて選び終えた。

 たくさんの衣装は、ドロシーがジッパーを使って一旦異空間へ収納した。気が付けばそれなりに時間も経っていたので、二人は階下へ向かうことにする。

 皆待ちくたびれてないと良いけど、などと言いながら衣装部屋を出て、先導するように歩き始めた背中を数秒間眺めた後、スノウは少し大きく足を踏み込みながら声をかける。

 

「ドロシー!」

「ん?」

 

 数歩ステップして追いついた先で、スノウは服の裾をつまんでみせた。

 

 

「これ、選んでくれてありがとう!」

 

 

 満面の笑みに虚をつかれたドロシーだったが、すぐに自分も笑顔で答える。

 

 

「どういたしまして!」

 

 

 そして二人そろって、皆の待つ場所へ降りていくのだった。

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 

アニメルのアリオリ展開沿いのお話です。これも大分前から思いついていた話かな。

あの話の冒頭でスノウが「皆の服も選んであげる!」と言った後、ギンタが「頼むぜスノウ」みたいなことを返した後に「ギンタンの服は私が選んであげる」とドロシーが口を挟み、「え?」「いくよ、スノウ」「あ、待って!」とドロシーの態度に少し戸惑ったスノウの様子があるんです。

初見時は、ドロシーが若干性格悪いようにも見える描写だったので、なんだか違和感を感じた会話だったのですが、その後スノウが自分で選んだドレス(どことなく少女趣味、やっぱりお姫様だからかな)より「こっちの方がいい」とドロシーが本編のドレスを選んでくれて、「皆喜ぶよ」という言葉にスノウははにかむ、というやりとりになって。

一連のシーンを通して見ると、思春期の女の子の心の揺らぎとか、微妙な距離感とかが出ていた、すごく良いシナリオだなと思いました。

そのお話の印象と、以前ふと思いついたスノウの冒頭の一言からできたお話になります。

 

タイトルはアニメ「百姓貴族」のED曲名から。曲そのものというより、言葉のイメージから来ています。あ、でも曲も好きです。

思春期ならではの青い(シアン)頃の悩みと、無邪気、純朴などを意味する「イノセンス」という単語が使いたくてこうなりました。

 

女の子たちの可愛さとかが、少しでも伝わっていたら幸いです。

ご拝読くださり、ありがとうございました。

 

2023.10.31