Colors of happiness

 

 

 

 

 空から舞い降りた雪の結晶が、花びらのような赤い葉の上にふわりと落ちる。

 屈んだ頭と同じくらいの高さにある窓が、灰色の景色を反射している。

 日頃よく足を止める花屋の店先に置かれた、同じ種類のいくつもの鉢植えから、アルヴィスは長い間目を離せずにいた。

 

 この時季街を一斉に彩る、鮮烈な赤。

 

 その華やかさに心を惹かれ、気がつけばレジに足を運んでいた。

 

「ご自宅用ですか?」

「あ……」

 

 そこで尋ねられて初めて、誰かに贈るという考えに行き着く。

 惹かれるままレジに並んでしまったが、この際プレゼントにしてしまおうか。

 強い意志を持つ深紅の瞳を思わせたこれを。

 

「……プレゼントで」

「かしこまりました。ではお包みいたしますね」

 

 一瞬の逡巡のあと答えると、店員は快く承諾して手提げ袋を取り出してくれる。

 陶製の白い鉢を、薄いピンクの包装紙と透明なビニルが、広がった花を覆うようにして包んでいる。

 クリスマスカラーの紙袋に、無意識に選んでいたそれが手際よく収められるのを見て、ああ、彼女の色だ、なんて思う。

 縁にアクセントとして真っ赤なリボンを結ばれているのも、運命としか思えない。

 

「ありがとうございましたー」

 

 ドライフラワーのリースが掛かった扉を通ると、純白の欠片が出迎える。

 心なしか、先程よりも大粒になったような気がするそれと、耳に触れる冷たい空気が、夜がさらに寒くなるであろうことを予感させる。

 

「……ホワイトクリスマスだな」

 

 うっすらと闇を帯びた天を見上げて、アルヴィスは楽しげに呟き両の手にそれを抱えた。

 

 

 

 

 灰色の空がちらほらと、花びらを地上に落とす。

 赤と緑の二色に彩られた街は、時折ロウソクの光をちらつかせながら、いつにも増して賑わっていた。

 

「そっか、今日はクリスマスイブだもんね」

 

 今夜は戦いの休息も兼ねてパーティをするんだと、スノウ達がはりきっていたっけ。

 結わいた長い桃色の髪を弾ませて、ドロシーは白い息を吐く。

 近くの雑貨屋の軒先に、綺麗に飾り付けられたツリーと手作りのオーナメントが入った箱が並べられて、道行く人達の目を引いている。

 奥にある棚には、雪が積もった家々などのアンティークな置物が見えた。

 それらの落ち着いた雰囲気とはまた違う、鮮やかな色彩が照明に照らされ、立ち止まったドロシーを楽しませる。

 ツリーのてっぺんに飾る星やリンゴ、キャンディケイン、ジンジャークッキーマンに、小さな天使を模したガラス製の人形。

 うわぁ可愛い、と思わず声に出しながら冷やかしていると、ふとある一角が目に入る。

 木箱にたくさん詰められた、最もポピュラーなオーナメント。

 一つひとつ丁寧に色付けされた、光沢を持つ小さな玉。

 その中の一つに、ドロシーは思わず目を留める。

 他のと大差ないそれが身に纏うのは、他にはない特別な色。

 

「………」

 

 まるで心を奪われたように、彼女は暫くそれを見つめた。

 

 

 

 

 

 コンコン、と、部屋に軽めの音が木霊する。

 

「はい」

「お邪魔するわね」

 

 涼やかな声と共に入ってきた人物を見て、アルヴィスは少し表情を動かして微笑む。

 

「帰ってたんだな」

「ついさっきね」

 

 扉を閉じたドロシーがかすかに冷たい空気に部屋を見遣ると、几帳面なアルヴィスにしては珍しく窓が開け放されている。

 彼のいる窓際まで歩き隣に立つと、暗くなってきた窓の外遠く、雪花の舞う隙間に小さな明かりが明滅していた。

 ロウソクや照明用のARMの数々に照らされた街は、いつもより明るい。

 雪の中届いてくる光は、束の間といえども世界が平穏に包まれていることの証。

 

「……戦火の中にあっても」

 

 

 取り巻く空気を同じように感じたのか、アルヴィスは瞳を柔らかく細めて街を眺める。

 

 

「人々がこうして、大切な人と特別な日を祝えているというのは、いいことだな」

 

 

 普段は見せない優しい表情で語りながら、大好きな世界を見守る彼。

 その横顔を見るのが、ドロシーは好きだったりする。

 

「……そうね」

 

 彼の肩にもたれかかると、アルヴィスは緩りと口元を上に上げた。

 

「……ドロシー」

「なぁに?」

 

 低く、落ち着くような声で名前を呼ばれて間もなく、温もりが肩から離れる。

 あ、ちょっと残念、とドロシーが思う暇もなく、アルヴィスは椅子に隠しておいた袋を出した。

 

「これ」

「え……?」

「クリスマスだから」

 

 驚きに目を丸くする彼女に、アルヴィスはそう続けて袋を差し出した。

 意外にも大きいそれを机に置き中身を取り出すと、広がった赤色に息を飲む。

 

「ポインセチア……」

 

 花の名前を呟いてドロシーはしばらく見入っていたが、くすっと笑みを零す。

 

……プレゼントにする花じゃないでしょう、これ」

「うん。オレもそう思う」

 

 クリスマスというイベントを象徴するポインセチアは、値段が安く、プレゼントにされるよりも装飾のために購入される花だ。

 贈り物には、ランみたいに高価なものや、色彩の豊かなスイートピーなどの方が好まれる傾向にある。

 

 

「でもこれを見たら、ドロシーのこと思い出して」

 

 

 時に激しく胸を焦がす炎のような

 いつだって心から離れない、情熱を湛えた赤。

 

 

「買わずにはいられなかった」

 

 

「……ありがと」

 

 

 小さな声で感謝を述べ、ドロシーは抱えた花のように頬を紅くして微笑んだ。

 暫し嬉しそうに鉢を見つめるが、ふと少し困ったように眉を曲げた。

 そうして、何かを思い付いた表情になり、いくらか慌てた様子でポケットを探る。

 そのくるくるとした表情の変化を、アルヴィスが内心楽しみながら見ていると、

 

 

「これ、あげる」

 

 

 気恥ずかしそうにポケットから取り出した包みを、ドロシーは彼に手渡した。

 

「くれるとか思ってなかったから…」

  

 自分用に買ったものだけど……と呟くドロシーに、アルヴィスは「……いいのか?」と聞く。

 二回ほど小さく首肯したのを見て、袋を開けた。

 掌に丁度収まるくらいの大きさの、丸い玉が顔を出す。

 

 

「…これって、ツリーの飾りだよな」

 

 

 凝った装飾の付いていない素朴な作りの、青色が印象的なボールオーナメント。

 

「どうしてこれを? しかも一つだけ……」

「〜〜五月蝿いわね!! 自分でも変だってわかってるわよ!! だって……!」

 

 アルヴィスの言葉を遮り真っ赤な顔で反論したドロシーは、顔を背けて消え入りそうな声で答えた。

 

 

「……貴方の髪と瞳の色だったんだもの……」

 

 

 全てを優しく包み込むような、夜の色が混じった

 何物にも代えられない、稀有な青。

 

 

「……有難う」

 

 

 そっと響いた言葉に、顔を上げる。

 

 

「大切にする」

 

 

 花が咲く様に零れた笑顔に、ドロシーは機嫌を直して微笑んだ。

 

 

「それにしても、貴方のプレゼントと私のそれ、値段に差がありすぎるわね」

「別にいいよ。オレは気にしないし」

 

 改めて双方のプレゼントを眺めたドロシーがしみじみ言うと、アルヴィスは屈託なく言いきり嬉しそうに壁へボールを飾りにいく。

 その背中にドロシーは「気にするんだけど……」と独りごちるが、ふいに悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

 

「……じゃあこれも」

「え?」

 

 振り向いたアルヴィスの前には、これ以上ないくらい近付いた、顔。

 

 

「……あとデートも付けちゃう♪」

 

 ウィンクしながら付け足された言葉に、アルヴィスは耳を赤く染めながら言い返す。

 

「……キスするならすると先に言ってくれ……」

「先に言ったらつまらないじゃない」

 

 アルの吃驚する顔が見たいのに、としれっと答える彼女に「心臓に悪い……」とぼやく。

 まだ頬の熱さが引かぬ顔でオーナメントを壁に掛け、窓を閉じると入り口へと歩き出す。

 

「どこがいい? やっぱ海が見える所かしら」

「オレはどこでもいい」

「じゃあアカルパポートにしましょう!」

 

 予定を楽しく話し合いながら、二人は夕食が用意された大広間へ向かう。

 

 

「エスコートしてね、アル」

「君のプレゼントなのにか?」

 

 

 窓の傍で揺れる、青い玉。

 机には、赤色が眩しい鉢植え。

 

 暖かい空気が満ちた部屋には、二つの色彩が仲良く存在していた。

 

 

 

 

 誰かを思うだけで幸せになる、そんな奇跡。

 

 この広い星の上で、出逢えた貴方と、今宵は

 

 

 ハッピー・メリークリスマス。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

折角のクリスマスだから幸せな話、と楽しく書きました。

実は最初に浮かんだものが、すっごく重いアランとアルの会話で(苦笑)

その反動のようにアルとドロシーをラブラブにさせました。

…ラブラブ?とツッコみたい感じですが、私の腕ではこれが限界です。すみません…

 

タイトルにある通り、今回は「色」をキーワードにしています。

なお、ドロシーの瞳は原作では緑ですが、今回はアニメでの赤色です。

また執筆中、ポインセチアの赤色が、花びらでなく色の違う葉であることを初めて知りました。

危うく「赤い花びら」と書く所でした…無知って恐ろしい。

イメージ曲は「Love is a Bird」。クリスマスにぴったりな優しい曲です。

近所の雑貨屋を巡って、イメージを膨らませるのもすごく楽しかったです。

 

ありふれたものでも、大切な誰かの色というだけで特別になる。

二人の優しい気持ちとか雰囲気が、伝わっていれば嬉しいなと思います。

ベタな展開の文章ですが、ご拝読下さり有り難うございました!!

 

皆様にとっても素敵なクリスマスでありますよう…。

 

 

2009.12.25