ちいさな誓い
「アルヴィス、どうしてるかなぁ…」
少年の姿が門の中に消えたあと、そばにいた妖精は門の上をぐるぐると飛んでいたが、羽ばたきをやめて地面に降り立った。
近くの小石を椅子がわりに、腰かけ、それでも下を見る。
「お腹とか空いてないかなぁ……」
地面越しに覗き込むような仕草は、心からアルヴィスを案じたものだ。
ガイラは自分でも意外なほど、彼女にやさしく声をかけてやる。
「……門の中には、果物や食料になる生き物も生息している。飢え死にする危険はない」
「うん……」
「そんなに心配か?」
深く、ゆっくりとベルは頷いた。
ガイラは深くしわの刻まれた額を和らげて言った。
「案ずるな。アルヴィスはそれほど弱くない。無事に戻ってくるはずだ」
「……うん」
ベルは頷くも、場にはまた無言が続く。
態度から彼女の気持ちは手に取るようにわかる。
自他ともに多弁でないと認めるガイラは、修練の門の魔力を維持しつつ、彼女を見守ることに徹した。
「………ねぇ」
数時間か、数十分か。いくらか経った後、ベルが話し出した。
なかば瞑想状態に入っていた意識を、ガイラは横に向ける。
これまで二人だけで会話をしたことは、ほとんどない。彼らが顔を合わせる時は、いつもアルヴィスがいたのだ。
「アルヴィスの胸にある模様……あれは、呪い?」
「……アルヴィスからは聞かなかったのか?」
再びベルは首肯する。彼女が把握しているのは、模様が痛むのか、アルヴィスが時折、うめき声と共にうずくまっている様子があることぐらいだ。
けれどもあのタトゥが、彼を戦場へと駆り立てるもう一つの理由なのだとは、知っている。
ガイラは一度考え込んでから、ゆるりと口を開いた。
「……ワシが話していいものかどうかはわからぬが、お主があの子の傍におるつもりなら、知っておいた方がいいだろうな」
姿勢を正したベルが、ガイラへと体を向ける。その様子を目に入れてから、ガイラは切り出した。
「お主の読み通り、あれは呪いだ」
「呪い……」
不穏な響きを改めて認識して、ベルは身を固くした。
「ワシらがチェスの兵隊と戦っているのは知っているか?」
「うん。アルたちはクロスガードって言うんでしょう?」
「左様。レスターヴァの近衛兵を中心とした者たちで構成された、選りすぐりの義勇軍だ」
強い人たちがいっぱいいるんだと、アルヴィスも以前誇らしげに話していた。
ガイラは淡々と、しかし少しの苦々しさを含んだ口調で言った。
「アルヴィスの胸に付けられた文様……あれは、我らクロスガードの敵であるチェスの兵隊の司令塔・ファントムの呪いだ」
「ファントム……」
それはベルが彼と初めて会った夜の翌朝、彼が一度だけ呟いた名前だ。
「……どうしてアルが……」
「仲間が殺されるのを止めようとしたのだ。奴の前に立ってな」
ガイラの眼差しが遠いものになる。その視線には、後悔の念が混ざっている。
「ワシも仲間も、ほかの輩と応戦するのに手一杯で、それを止めることができなかった。……普通ならば、殺されていてもおかしくない状況だった。呪いだけで済んで良かったと思うべきなのかもしれん」
苦渋を押し殺しつつ、ガイラは自身にも言い聞かせるように語る。
「だが、アルヴィスの苦しみは、アルヴィスにしかわからぬ」
記憶の中へと向けていた視線を、ガイラはベルへと向けた。それはまだ年端もいかない弟子を思う、温かみのあるものだった。
「お主がアルヴィスの傍にいるつもりなら……あの子を支えてやってくれ」
「……うん」
しっかりとベルが応えると、ガイラは口元に微笑を浮かべた。
ベルは門の向こうの景色を見るように、扉をじっと眺める。
……明日、彼が帰ってきたら。
彼の名前を呼んで、笑顔で迎えよう。
アルヴィスが笑ってくれるように。アルヴィスの笑顔が見られるように。
そんな小さな決意を、胸に秘めて。
「アルヴィス!」
そして翌日。地面の扉が消えてようやく、待ち望んでいた姿が現れた。
傷だらけの姿はちょっとだけ凛々しく、大人びたようにも思える。
「アルヴィス! おかえり!!」
そんな彼の表情が、綻んだ。無邪気な、少年のままの顔でベルに微笑む。
瞬間、ベルは幸せな気持ちで胸いっぱいになる。
出会った時から、芽吹き始めていたその感情。
己にとって、彼の笑顔はもう、かけがえのないものになっているのだと。
彼へと飛びつきながら、ベルはそのことを全身で噛み締めたのだった。
END
過去に書いた「Two of one」のベルサイドです。
アルヴィスがベルへの感情を自覚したのは、前作で書いた修練の門の中のことで、ベルはそれより前の修行時という設定です。……伝わっていますかね?
今回は年長者としてのアルヴィスを見守っていたガイラが、新たにパートナーとなったベルに彼のことを託すというのも書きたくて、前作同様vsレノ辺りのアニメル描写を参考にしながら書きました。
そのため、冒頭でベルがぐるぐる門の上を飛んでいるのは、アニメ準拠です(笑)
ベルのアルヴィスへの感情は……色々あると思いますが、個人的に親愛はもちろん、母性愛とか、そういった「見守る」感情も大きいんじゃないかと思っています。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
2017.11.20