Believe in myself
数えることを忘れた花びらが、また膝の上に落ちる。
「ギンタは私が好き、私より小雪ちゃんが好き……」
最初は戯れだったその声はだんだんと真剣味を帯び、花弁をちぎる手もゆっくりとなっていく。
「私が好き、小雪ちゃんが……あー、もう!」
占いの結果が出そうになった瞬間、スノウは花を放り投げた。
これで何度目だろう。お土産に摘んでいたはずの花は、すっかりほとんど茎と花弁に分かれてしまった。
「もう。何やってるんだろう、私……」
どさっと、背中から草むらに倒れ込む。その拍子に持っていた花が手から滑り落ち、最後に残った花びらが軸から外れて宙に舞う。
草原を渡る風が、スノウの髪をさわさわと揺らす。ゆるやかなそれが花弁をどこかへと連れ去っていった。
穏やかな午後の太陽を、ゆったりと雲が横切る。頭上を見上げたスノウは、背中に大地の感触を感じながら呟いた。
「……空」
流れてく、空。
ここじゃないどこか。別の世界にも、続いているかもしれない空。
遥か上空を動いていく雲を、目で追いかける。背景は気持ちの良いブルーだ。
スノウの脳裏に、自然とチェックの模様が入った服を着た、もう一人の自分の姿が浮かんだ。
(……ギンタが私と小雪ちゃんを、別の人間として見てくれてるのは、わかってる)
スノウはすでに承知しきったことを、自分に言い聞かせた。
ギンタにとってだけでなく、スノウにとっても、もう一人の自分・小雪は大切な存在だ。
そして小雪もスノウのことを、己の半身として、大切な存在であると思っていることは間違いない。
それは感覚でわかることだ。疑いようもない、揺らぎない真実。
だがスノウはギンタが自分たちを見る際、時々その場にいない『もう一人の自分たち』を重ねていることを肌で感じていた。
それがどうしても、心の端っこで小さなささくれのように引っかかっていた。
……私たちは、違う人間なのにと。
……彼女にとっても、ギンタにとっても、私は大切な存在。
私にとっても、それは同じ。
それだけで、いいはずなのに。
……心のコントロールは、上手くいかない。
スノウは深々とため息をついた。そんな様子を気にすることもなく、悠々とした空はどこまでも澄んだ青色を映していた。
……私は小さい頃から、前向きな小雪ちゃんに憧れていて。
ギンタをぐいぐいと引っ張っていく姿が、とても眩しく思っていた。
けれど多分、小雪ちゃんの方は。立場も性格も違う私に対し、同じような気持ちを抱いていたようにも思う。
違う世界にいる私たちは、ある意味で理想の自分同士だ。
(……もしかして、嫉妬してるのかな?)
彼女も自分なのに?
(でも、違うでしょ?)
見てる景色は、違うよね。
……だからなんだって、話だけれど。
再び吹いたそよ風が、スノウの前髪を優しく撫でていった。
……小雪の目を通して見ている世界のことを、スノウはこれまでギンタに打ち明けたことはない。
過去に話したのは、亡くなった母と、義母・ディアナだけだ。
その時は二人とも笑顔で耳を傾けてくれたけど、どこか夢物語として受け取っていたように思う。
それは仕方のないことだろう。あの世界はスノウしか知らない。
自分しか見たことのない夢。
そこでスノウは、はたと気付く。
今悩んでいるのは、私。
小雪ちゃんではない私。
この想いは、私しか知らない。
スノウはすっくと身を起こすと、膝に残った花を再びむしり始める。
「……私は小雪ちゃん、小雪ちゃんは私……」
結果の出る前から、答えは決まっていた。
「……私は私!」
最後の一枚を勢いよく引き抜くと、スノウは空へと放り投げる。
羽根のように舞ったそれは、宙でくるりと一回転するとどこまでも飛んでいった。
END
テーマが難しかったため、サイト開設当初から思いついていたものの、完成まで10年を要しました。かかりすぎです。
悶々としている彼女の気持ちを吹き飛ばすような、さわやかな空気に最後できていたら嬉しいです。
2018.8.28