アルヴィスの七日間の休暇 1
それは初夏に差しかかった、良い天気の日。
レスターヴァ城の執務室で、書類に目を走らせていたアルヴィスに、スノウと共に来たアランが話しかける。
「おい、アルヴィス」
「はい」
「お前、今日から休暇な」
「……はい?」
仕事を言い付ける調子で告げられた内容に、アルヴィスは目をぱちぱちとさせた。
二人の間を、さわやかな風が吹き抜ける。
「休暇って……いきなり何故ですか?」
「オレはむしろ、お前に今まで休暇がなかったのかが不思議だがな」
皮肉交じりにアランは言うが、アルヴィスは書類を手にしたまま当たり前のように返す。
「やることはいくらでもあるでしょう。オレだけ休めませんよ」
「そう言ってオレたちが休ませようとしても、何だかんだ理由つけて断ってたんじゃなかったか? 誰かさんはよ」
呆れ混じりの言葉に、アルヴィスはぐっと言葉に詰まる。手元にある書類も、たしかに急ぎの案件ではないものだ。それをあえて進めているのは、アルヴィスが自ら行っているからに他ならない。
「ですが……」
しかしアルヴィスは渋る。生真面目な彼の気質は、上司の言うまま休むことを選択できないでいるのだ。
見かねたように、アランの横でやりとりを聞いていたスノウがひょいと顔を出す。
「アルヴィス、戦争中から今までずっと頑張ってきてくれたんだもん。せっかくだから、この機会にゆっくりしてきて欲しいなって思ったの」
「スノウ……」
アルヴィスと似たその目にあるのは、純粋ないたわりだ。やさしさにほんのりと胸が暖かくなる心地を覚えながら、アルヴィスは彼女を見つめる。
「手続きとかは私たちで済ませてあるから」
すっかり準備までされていることに、アルヴィスは目を丸くした。二人の顔を交互に見比べる。
「それは……だが、しかし……」
だがなおも辞退しようとする彼に、スノウはちょっぴり眉をいからせる。腰に手を当てると、ぐいと身を乗り出して迫った。
「いい? これは“命令”だよ!」
思わず顔を引く。可愛いながらも迫力のある宣言に、アルヴィスはついに降参した。
「…………わかりました」
「ハハッ。お姫様には逆らえねーよな」
素直に頷いたアルヴィスに、アランが楽しげに笑った。
アルヴィスも苦笑を唇に乗せるが、ふといつも傍にいる彼女のことを思い出した。
「あ、でもベルが……」
「ベルには私から話しとくよ」
彼女はアルヴィスの仕事を邪魔しないようにと、日中は出かけていることが多い。今日も朝食の後、城の近くの散策に出かけていた。
「そうか、それじゃあ頼むな」
そこまで言った後、アルヴィスは恥ずかしそうにアランに向いた。
青い髪の間から見える耳を、少し赤くして口を開く。
「……後のことは、お願いします」
「おぅ!」
「行ってらっしゃい!」
笑顔で送り出した二人に、アルヴィスは控えめながらも笑みを返して、部屋を後にした。
「……といってもな」
数十分後。そう独りごちたアルヴィスは、自室として割り当てられた部屋を見渡した。
荷物の少ない彼の部屋には、仕事道具と趣味で読む本以外には、最低限の物しかない。
いつだったか、少し寂しい部屋じゃないかと、ベルか誰かに言われた覚えがある。
たしかに殺風景であるのは否めない。
「……とりあえず、買い物でもしようかな」
頼りない子どもを見るようだったその目を思い出し、きまり悪そうに頭を掻いていたアルヴィスだったが、用事を見つけて準備を始めた。
そして数十分後、スノウは城の廊下でアルヴィスを見つけた。
居心地悪そうに歩いている姿にあれ? と首を傾げた後、怒った顔を作ってみせる。
「もう、アルヴィスったら。まだ出かけてなかったの?」
対して、アルヴィスは困ったように言い淀んだ。
「いや……それが……」
「?」
「買い物しようと城下町に行ったんだが……」
***
『ん、アンタはもしかして……?』
『はい?』
『やはり! 貴方はアルヴィスさんじゃありませんか!』
『なんと、メルヘヴンの英雄がこんなところに!!』
『うちの店に寄ってってよ! アルヴィスさん!』
『うちにも是非!!』
『え、ちょ、ちょっと……!』
***
「……というわけで、すっかり目立ってしまって……買い物どころじゃなかったんだ」
「そっか……私たち有名人だものね。仕方ないか」
疲れた様子のアルヴィスに、スノウは同情の眼差しを送る。
彼の容姿は目立つ。その上マジックミラーを通して、ウォーゲームでの偉業は全世界に知れ渡っているのだ。致し方あるまい。
すると何かを思い付いたのか、彼女はぽんと手を叩いた。
「よーし。じゃあスノウちゃんが、アルヴィスをコーディネイトしてあげましょう!」
「こ……コーディネイト?」
「うん! 目立たず、かつアルヴィスに似合う素敵なカッコにしてあげる!」
「うん……?」
「あ、安心して。別に女装とかじゃないから(笑)」
「……」
女装の件は正直やりかねないので、冗談だと笑い飛ばすことはできなかった。
妙なやる気を見せるスノウに「そこまでしてくれなくてもいいんだがな……」と、アルヴィスはひそかに溜息を吐いた。
そしてさらに数十分後。アルヴィスは再びレスターヴァの城下街を歩いていた。
どんな格好にされるものかと戦々恐々していたが、至って普通の格好だった。
目立たない色のジャケットに、ジーンズのパンツ。インナーは明るい色のシャツ。
ARMは万が一のこともあり一応見に付けているが、アクセサリーとして格好に馴染んでいる。
……クロスガードの服ではない、こんな普通の格好をするのは初めてだ。
変装のおかげか、時々店員などに少し不思議そうな顔をされつつも、町中でアルヴィスであると気付かれて騒ぎになることはなかった。
その日、久々の買い物を終えたアルヴィスは、足を伸ばして港まで行った。
買ったチケットは大陸の端、明日出航のヒルド大陸行きのものだった。