a chain of feeling
 
 
 
 淡い水色のドレスを着た少女が、きょろきょろと辺りを不安げに見渡した。
 お城では少し前から、たくさんの人が切羽詰まった顔で、出たり入ったりを繰り返している。
 分厚い甲冑や剣を身に付けてかけ回る人達の横を、少女はおそるおそる通り抜けて一つの部屋に着く。
 薄く扉を開けて、そっと覗き込んだ部屋では、顔馴染みの兵士と義母(はは)がなにか話していた。
 兵士が頷き、大きな歩幅で部屋から出たので、扉の前にいた少女は慌てて体を引こうとした。
 部屋の奥にいた義母が気付いて、優しい笑顔で尋ねる。

「スノウ、どうしたの?」
「おかあさま……」
「こちらにいらっしゃい」

 少し迷ってから、スノウと呼ばれた少女は小走りで義母の女性に抱き着いた。

「おかあさま……せんそうが始まるの?」
「……ええ、そうよ」
「こわい人たちが、来るの?」

 幼いながらも情勢を理解しているのか、髪に付けた大きなリボンを揺らしてスノウが問う。
 恐怖心のためか、ドレスをぎゅっと掴む指に自身の手を乗せ、義母は落ち着いた様子で言った。

「そうよ。でも大丈夫よスノウ。私たちを守ってくれる人がいるから」
「本当?」
「ええ、とても強い人たちが守ってくれるから」
「つよい人たち?」

 舌足らずな口調でスノウが顔を上げる。義母は微笑んで、小さな彼女でも外が見えるテラスへと誘った。

「ほら、見て」

 スノウが窓に手をかけると、眼下の広場には大勢の人々がいた。
 彼らの手にあるのは様々なARM。恰好は同じ人もいれば違った人もいる。しかし、どの人の顔立ちも気概に溢れ、瞳の光は、強い。

「あれがクロスガード。私たちを脅かすチェスを倒すために集まった人たちよ」
「クロスガード……」
「レスターヴァの兵だけでなく、世界中から集まってくれた勇敢な人たちなの」
「すごぉい…

 大きな男の人たちが立っている姿は頼もしく、あっという間にスノウの中の恐怖や不安が消え去っていく。時々周りの人に号令らしき声をかけている金髪の男の人や、よく構ってもらうアランの勇姿を、身を乗り出して眺め渡す。
 と、大人達の中にたった一人、小さな子供が紛れているのを見つけ、スノウは青い目をじっと凝らした。
 
「…あの子もクロスガードなの?」
「そうみたいね。一人志願した子がいたと聞いたわ」
「わたしと同じくらいなのに……」
「………
気になるの?」

 こっくりと首を縦に振ったスノウに、義母は顔を近付けた。

「だったら、お礼をしてあげたらどうかしら」
「お礼?」
「ええ。私たちを守ってくれて、有難うって」

 「ありがとう」という言葉の意味をしばらく考え、見る見るうちにスノウの表情が明るくなる。

「うん! そうする!」

 力一杯頷いた彼女に、義母もまた柔和な笑みを浮かべた。




「アラン、クロスガードの人出はどうですか」
「今のところ二十人程度です。北の大陸からも志願者が集まってきております」
「そう。それは何よりです」

 まさしく賢主と呼ばれる理知的な表情で聞くスノウの義母、レスターヴァの王妃ディアナは、ふっとそれを柔らかなものにする。

「クロスガードに男の子がいると聞いたのですが」
「はい?」
「何という名前なのですか?」
「…
ああ」

 しばしの黙考を経て合点がいったアランは、「アルヴィスと言います。今ダンナの近くにいるやつです」と窓を覗いた彼女の後ろに立って言った。

「あいつが何か?」
「…
スノウが気にしているみたいなの」

 ディアナは少しくだけた口調で、王妃から母親の面持ちになって続ける。

「同い年くらいの子、見るの初めてだものね。お礼がしたいんですって」
「そいつはきっと喜びますよ」

 ダンナの横で、魔力を高める練習をしているアルヴィスを見てアランも口元を緩める。

「あいつも我々のような大人の中で、気を張っているはずですから」
「いいお友達になってくれると嬉しいわ」
「そうですね」

 この困難な時代を生きる二人の少年と少女のささやかな幸福を思って、アランとディアナは目を細めた。
 
 
 
「ふぅ…

 日も落ちてだいぶ経った頃。城の裏手でARM練習の手を休め、暗がりのなかアルヴィスは滲んだ汗を拭う。
 繁みに腰を落とすと、ダンナから借りたARMに目を落として、人知れずため息を吐いた。

 昼間から発動しようと試みているのは、魔力がある一定量にまで達さないと反応しないARM。
 ほかのクロスガードのメンバーは発動できるのに、自分は何度挑戦してみても沈黙したままだ。
 子供だから仕方ない、と言われてしまっては、何も言えない。


 ……傷付けられる世界と人々に耐えられず、何かしたくて来てしまったが。
 幼すぎるからと前線には出してもらえない。これから始まるウォーゲームも、きっと安全な場所で見ているだけ。
 かと言って、ARMもクラスの低いわずかなものしか使えない。戦力にもなれない。

 何も、出来ない。

 ダンナさんは歓迎してくれたけど、皆にとって自分は重荷ではないだろうか。


 ぴょこ ぴょこ


「?」

 ふと、小さな生き物が行進するような音が聞こえてきて、アルヴィスは目をぱちくりさせる。
 
 
 ぴょこ ぴょこ

 足音はどんどん近付いてくる。きょろきょろと首を辺りに巡らせるアルヴィスの前に、白い小さな生き物が何体か顔を出した。


 ぴょこ!


「……ゆきだるま……?」

 アルヴィスの膝の下ぐらいまでの大きさの彼らは、それぞれいくつかの花を抱えていた。
 足元にまで来たので、アルヴィスは身体を起こす。
 先頭にいる雪だるまが、手に持った花をアルヴィスに向けて差し出した。そのまま動こうとしないので、とりあえずアルヴィスはそれを受け取る。
 すると次の雪だるまも花を差し出す。渡されるがまま受け取っていると,いつしか沢山の花がアルヴィスの腕を埋める。
 雪だるまである彼らが持っていたからか、花はまだ瑞々しい。花びらの奥からふんわりとやさしい香りが漂った。
 と、彼ら以外にもまだ視線を感じて顔を上げると、雪だるま達の背後、城の勝手口の陰から,頭にピンクのリボンを付けた小さな女の子がこちらを見ている。
 自分と似たような青い髪。その子の大きな水色の瞳を、アルヴィスも見つめ返す。

 背中に何かを隠し持ち、思い切ったように駆け出して、少女はアルヴィスの前に立った。

「はい!」

 勢いよく花を差し出した少女の胸で、雪だるま型の銀のネックレスがちゃりんと音を生む。
「わたしたちを守ってくれて、ありがとう!」

 戸惑って動かないアルヴィスの手に、少女は最後の花を握らせた。
 雪だるま達がくれたものと合わせると、たくさんの花はまるで花束のようになった。

 無邪気に自分に笑いかける少女に、アルヴィスはぼつりと答える。

「…
オレ、戦ってないよ」
「…そうなの?」
「うん………オレも確かにクロスガードだけど、子供だから戦えないんだ」

 ARMも使えないし、と花束の下に持ったARMを思い出し、自分を責めるように、寂しい目で花束を見るアルヴィスに少女はうーんと首を傾げて、ほんの少し背の高い彼を覗き込んだ。
 
「でも、わたしたちを守りたいと思ってくれてるんでしょう?」
「うん」
「だったら、わたしはあなたに『ありがとう』って言うよ!」
「……どうして?」
「だって、うれしかったの!」
 ドレスを翻らせて、少女は笑った。
 
「わたしと同じくらいなのに、あなたはここに来てくれた! わたしにはできないこと、あなたはしてくれた!」

 その言葉にアルヴィスは、少女が時々窓から見えていたお姫様と同じだと気付き、わずかに青い瞳を見張る。スノウと言う名の王女はそれを気にすることなく、つたなくも芯の通った声音で話し続ける。


「それにたたかってなくても、あなたは自分にできることを一生懸命してくれてるでしょう?」

 スノウも、スノウの作った雪だるま達もアルヴィスを笑顔で取り囲んでいる。


「だからありがとう!!」


 眩しい彼女の笑顔が、何も出来ないなんてこと無いと、言ってくれていた。

 アルヴィスは渡された花々と言葉を、しっかりと抱き込んだ。照れ臭さに頬を赤らめながら、ゆっくりと答える。


「…
どう、いたしまして」


 そして面を上げて、はにかんで笑った。


「こちらこそありがとう。………スノウ、姫」



END
 
 
  
ネタ自体は二年前くらいから思い付いていたものです。何だかんだと後まわしにしていたのですが、「これは今書かねば!!」と思い気合いで完成させました。
人一人に出来ることって、本当にちっぽけですが、それがどこかに繋がっていけばいい。
巡り巡って、見える所見えない所関係なく、誰かの力や笑顔になればいい。
遠回りでも出来ることをして、未来に繋がるように。そう願って、思って行動しよう。
そうすればきっと、誰かの心に灯りが灯る。この話で、スノウがアルヴィスの姿に勇気をもらったように。
そんな事を思い、日本語で「気持ちの連鎖」というタイトルをつけました。
この度サイト四周年という節目の記念と、震災の復興をお祈りして、フリー小説に致します。
お気に召して頂けましたら、どうぞご自由にお持ち帰り下さい。

これから更に困難な問題が出てくるかと思いますが、自分に出来る事を模索しながら、今後もサイト運営を続けて参りたいと思います。
短く拙いものですが、最後までご拝読下さり、有り難うございました。
2011.3.26 初出