ひと月後への約束
粉雪の舞う夜、中の人間に配慮した、控えめな音量でドアがノックされる。
ペンを動かす手を止めて振り向くと、片手で扉を開き、タートルネックのセーターを着込んだクラピカが入って来た。
「夜遅くまでお疲れさま」
湯気の立つマグカップと小皿を盆に載せてやってきたクラピカは、カップをレオリオに差し出す。
「おぅ。サンキュ」
「あと少しだな」
「……まあな」
香ばしい香りを吸い込み楽しんだ後、レオリオはコーヒーを啜ると視線を壁へとずらした。壁にかかるカレンダーの日付には、ちょうど今週末、十六日に赤色で印が付けられている。その日はレオリオの第一志望大の受験日だ。
隣に立つクラピカは、持ってきた自分の分のカップに、ゆっくりと息を吹きかけながら少しずつ飲んでいく。その仕草に、レオリオはそっと笑う。
時計を見ると、休憩にほど良い時間だ。クラピカもそれを見越して部屋を訪ねたのだろう。レオリオが根を詰めぬよう、細やかな気配りをしてくれるクラピカに感謝の念を抱く。
しばしの間、二人は静かにコーヒーを飲む。部屋を満たすのは沈黙だったが、コーヒーのほのかで暖かい香りのように心地の良いものだった。
コーヒーを飲み終え、レオリオはクラピカに礼を言う。カップを返す彼に相槌を打ちながら、クラピカはもう一つ持ってきた小皿を机に置いた。
「甘い物は疲れがとれるぞ」
器に乗せられているのは、いくつかの小さな菓子。色から察するにチョコレートらしい。
「サンキュ。先寝てていいぜ」
「わかった。あまり無理するなよ」
「わーってるって」
得意げに笑うレオリオにくすりと笑みを浮かべてみせ、クラピカは盆を持ち部屋を後にしようとする。
ドアノブに手をかけて回す直前、クラピカは首だけで振り返り言った。
「……頑張れよ」
「おぅ、おやすみ」
はにかむように微かに顔を赤くしたクラピカに、レオリオは笑顔で答える。「おやすみ」と言うと、クラピカは部屋の扉を閉じた。
クラピカの表情を少しだけ不思議に思いつつも、気分を切り替え、ふたたびレオリオは問題に取りかかる。
右手でペンを滑らせながら時折指で小皿を探ると、触れたそれをあまり見ずに口に放り込む。
「あ、これ結構うめぇ」
甘すぎず僅かに酒も入っているのか、ブランデーの余韻がレオリオの好みだった。
その後もレオリオは勉強の合間、チョコレートをつまみ続けた。
一段落つき、レオリオは勉強用の眼鏡を外す。
手元の時計は夜中の一時を指していた。流石にそろそろ寝るかと伸びをし、最後の一個を口に入れた。美味い。
明日の朝、クラピカに礼を言わないとな。そう考えながら空の皿を見ると、チョコレートが乗っていた包み紙に文字が書かれていることに気付いた。
店のロゴだろうか。何の気なしに、レオリオはその紙を手に取る。
印刷ではない、手書きの文字だった。
『Happy Valentine's Day』
存在を主張せず、小さな文字でひっそりと書かれていたそれは、よく見慣れた筆跡だった。
クラピカの、字だ。
レオリオはすぐさまカレンダーを見る。そして今日の日付を知ると、まっすぐ寝室に走った。
「クラピカ!!!」
勢いのまま大声で叫んで部屋に入ると、クラピカが背中をびくっと震わせて飛び起きる。
「な……なんだ?」
寝ぼけ眼を擦りながら、クラピカは部屋の入り口に突っ立っているレオリオを見つめた。
それにレオリオは叫び声のまま返す。
「——ホワイトデー!!」
クラピカの瞳が、完全に開く。
「とびっきりいい知らせとお返し用意しとくから、待ってろよ!!」
数秒間目を見開いた後、レオリオの言葉の意味を理解したクラピカは、頬を赤らめつつふわりと微笑んだ。
「……期待してる」
一ヶ月後、大学の合格通知と、数えきれないほどのプレゼントを持ったレオリオが帰宅するのは、また別の話。
END
本編沿いでもパラレルでもありそうな話です。本編だと全てを終えた32巻スーツピカが、マフィアの世界から足を洗ってその後レオリオと同居してるという設定。
本文中でクラピカが差し入れのお菓子をバレンタインのチョコだと言わなかったのは、レオリオに気を遣わせないためです。
直前期なのにお返しとか考えさせてはいけない。だから気付かれなくてもいいからと、そっとメッセージを添えていたのです。
レオリオもその配慮もわかったから、「ありがとう」じゃなく別の言葉で返しました。
お互いのことを思い合う、やさしい話にできていたらいいなと思います。
レオクラは私がキャラクター単体でなく、初めてCPではまった二人です。二人の遣り取りが大好きなので、今後も少しずつ作品を増やしていきたいです。
ご拝読下さり、有り難うございました!
2014.2.15