Overflow 第二話
少年を拾い歩いて数分、いつもより少し時間をかけて男は自宅に帰り着いた。
安アパートの二階、階段奥の三号室。それが彼の城だった。
ポケットから器用に鍵を取り出し、少年を背負ったままドアを開ける。靴を乱暴に脱ぎ捨て、片手に持っていた鞄を玄関に放り投げた。
とりあえずベッドまで行くと、男は背中の人物を布団の上に転がし、部屋の電気を点ける。
明るい所で改めて見ると、少年は非常に綺麗な容姿をしていた。
暗闇の中で青かった髪は見事な金髪をしており、白い肌はほとんど光に当たっていなかったように肌理が細かい。
だがその顔色は病的なまでに青白く、瞳は固く閉ざされたままだ。
とりあえず、男は少年の分厚い服を脱がそうと試みる。
「……どうなってんだ、この服は?」
苦心しつつも上着を外し、スカートのような衣装も脱がした。
(下に着ていた道着のような薄い服も替えようかと思ったが、脱がせようとしている自分が何だか変な図に思えてきたので止めておいた)
見た目が大分軽くなったところで、再度少年の首筋に手を当てる。お洒落の為かけているサングラスを外すと、バイト代で買った聴診器を取り出し、独学で身に付けた知識で男は彼の診察を始める。
————この男、レオリオは医者志望の浪人生だ。
ヨークシンの有名大学の医学部に合格するため、故郷から移り住み現在は予備校に通っている。
しかし理論より実学を重んじる傾向があり、受験には出ない医学知識と技術ばかり磨いているので、教師陣からは気が早いと笑われている。
聴診器以外にも、彼の持ち物には薬から中古の医学書、まだ使われた様子のないメスなど、医療に関する様々なもので溢れていた。
薄手の生地の袖から、覗く手をとる。
体温はやや低め。脈も呼吸もやはり弱い。だがそれは身体が衰弱しているからで、心音それ自体に異常は見られない……多分。
身体の傷を確認する。細い腕は、最低限の筋肉がついている程度といったところだ。
「ん?」
少年の腕にあるものを発見して、レオリオは思わず呟いた。
針の跡だ。しかも太い。
血は乾いて固まっていたが、傷の周りの肌は変色していた。これは腕にほぼ慢性的に針が刺さっており、皮膚が絶えず再生しようとして色素が定着した結果だ。
一体どんな所で過ごしていたのだろうか。疑問を持ちつつ、レオリオは消毒液で濡らしたガーゼで血を拭き取ると、丁寧に腕の傷に絆創膏を張ってやった。足の傷には包帯を巻く。
濡れた頭から軽く水気を拭き取り、枕の下にタオルを引き、上掛けをかける。時季は春だったが体温が低かったこともあるので、閉まってあった毛布も出してかけてやった。
一通り処置を終えたレオリオは、一息吐きながら無造作に放っていたネクタイを拾い上げる。
だがふとあることに気付き、ワイシャツのボタンを外す指を止める。
……今日、オレの寝る場所なくね?
ベッドは一つ。侘しい一人暮らしなので客用布団などあるはずがない。
流石に病人(仮)を床に寝かせるのは人道的にどうかと思えたので、レオリオはベッドを彼に明け渡し、自身はソファで寝ることにするのだった。
一日目。少年は目を覚まさなかった。
容態に特にこれといった変化はなく、昏々と眠り続けた。
週末で予備校が休みだったレオリオは、勉強道具を片手に少年の傍に付いていた。
夜は昨晩と同様、ソファに横になって過ごした。
二日目。レオリオは近くに住む医者に、少年を病院から抜け出してきた知人と偽り診察してもらった。
医者が言うには、少年が眠り込んでいるのは病気という訳ではなく、おそらく極度の疲労の為だろうとのことだった。
「栄養失調の様子は見られませんし……水分を摂り続けていれば直に目を覚ますと思います」
ただ腕の針の跡は、点滴にしては太すぎるようだが。そう意味深な発言をして、医者は数日分の水分補給用の薬剤と、服用型の栄養剤を処方していった。
簡易的な点滴セットも貸してもらった。少々値が張ったが仕方がない。目を覚ましたらお礼の一つや二つでも頂戴しようと、レオリオはひそかに思った。
三日目。レオリオは予備校を休んで彼を看ていた。点滴のお陰か、拾った直後に比べ少年の顔色は大分良くなっていた。
呼吸も心無しか、穏やかなものへと変わってきている。
午後。真南からの日差しが差し込んで、部屋が一気に明るくなる。
少し眩しかったのでレオリオは立ち上がり、外側の薄いカーテンを引いた。
窓を通して届いた光で、ベッドで眠る少年の金髪がほんのりと光っているように見える。
外には青空が広がっていた。
数時間経った頃。少年の瞼が震えた。
「お?」
テキストの文字を追っていた視線を戻し、レオリオは彼の目覚めを待った。
少年の唇から音にならない息が洩れ、ゆっくりと瞼が上がる。
緑に近い、透明な碧の瞳が現れた。
室内の光に眩しそうに、少年は開いた目を細めた。
焦ることなく、レオリオは少年が周りを認識するのを待ってやる。
やがて、少年のつり目がかった瞳がレオリオを捉えた。
「……##>*&%?」
掠れた声音で、唇が動いた。だが少年が紡いだのは、レオリオにはわからない言葉だった。
レオリオの不思議そうな顔を理解したのか、少年は再度口を開いた。
「……ここは、外か?」
ゆっくりと、確かめるように発せられた声は、またも掠れていた。長い間声の出し方を忘れてしまっていたような、そんな声だった。
「お前が今までいた所でないことは確かだぜ」
普段よりも落ち着いた調子で、目覚めたばかりの彼にわかるようにレオリオは話す。
「ここはヨークシンの中心街から、少し離れたアパートだ。お前は三日前、近くの路地で倒れてた。で、それをたまたま見つけたオレが、こうして面倒見てやっているという訳。どうだ? 理解できたか?」
僅かに首を動かして、少年が頷いた。どうやらこちらの言葉は届いているらしい。
「オレの名はレオリオ。お前の名前は?」
数秒した後、少年は答えた。
「……クラピカ……」
「クラピカだな。ま、色々事情があるみてーだが、何にせよまずは体を治してからだ。もう寝ろ。起きたら助けてやった礼を、たっぷりしてもらうからな!」
軽い口調で言ったレオリオに、クラピカと名乗った少年の顔が、微かに微笑んだように見えた。
目を開けて、始めに視界に飛び込んできたのは眩しさだった。
見慣れていた水中ではない。長い間浴びていなかった、外の光。
眩しさと共に体が暖められていくような心地を覚え、瞳を細めたまま、彼はその感覚に束の間浸った。
視界が光に慣れたところで、すぐ近くに人影があった。背の高い、若い男のようだ。
誰かの顔をこんなにもはっきりと見たのは、本当に久しぶりだった。
「……ここは外か?」
己を見下ろしている男に彼は問うたが、男は何故だか奇妙な顔をした。己が無意識に話してしまったのが母語だったと気付き、少年は過去に本で覚えた共通語でもう一度聞く。
今度は通じたらしい。男は少年が今いる場所——男の住むアパートらしい——と、彼の置かれていた状況を説明した。
「オレの名はレオリオ。お前の名前は?」
男に聞かれ、少年は何年も口にすることの無かった名前を唇に乗せる。
「……クラピカ…………」
遠い記憶の端で、父や母の呼ぶその声が聞こえた気がした。
「クラピカだな。ま、色々事情があるみてーだが、何にせよまずは体を治してからだ。もう寝ろ。起きたら助けてやった礼をたっぷりしてもらうからな!」
……大仰な態度といい「助けてやった」という言葉といい、随分と恩着せがましい物言いをする人間だ。
その割に自分の体調を気遣い、眠るよう促す男に知らずおかしさが込み上げて、クラピカの口元に小さな笑みが浮かぶのだった。
クラピカが次に目覚めたのは、それから三時間ぐらい後だった。
冬が終わったばかりで日暮れが早く、窓の外にはもう夜の帳が降りようとしている。
「よ、起きたか?」
「…………はい」
数時間前の記憶を掘り起こそうとしてか、クラピカは目をぱちぱちと瞬かせた。
「……ええと……レオリオさん、でしたか?」
「レオリオでいいよ。お前とそう大して歳変わんねーし」
「……はぁ」
レオリオの言葉に、クラピカはいまいち気のないいらえを返した。それはレオリオの見た目が実年齢よりも結構上に見えることからの反応だったが、幸か不幸か彼は気付かない。
「あと敬語もいらねぇぞ? そんなガラじゃねーしな」
「…………わかった」
「とりあえず水飲めよ。ずっと点滴してたと言っても、喉は乾いてるだろうからな」
「ああ……」
素直に頷き、クラピカは体を起こそうとするが上手くいかない。
「……っ!」
「……どうした?」
「…………ちからが、」
はいらない、とか細く続けたクラピカは、レオリオが見る間に何度も起きようと試みるが、上体を僅かに浮かせることしか出来ず、すぐに布団に沈んでしまう。
腕を支えに起き上がろうともするが、関節が僅かに動いただけで両腕は体の横に投げ出されたままだ。どうやら動かすこと自体難しいらしい。
「ちょっと待ってろ」
レオリオはソファから毛布と枕代わりのクッションを持ってきて、クラピカの背中と壁の間にそれらを入れる。
クラピカの身体の下に腕を差し込み、てこの要領で引き上げる。
片手で彼の体を支えたまま、クッションを引き寄せ壁にもたれさせてやった。
「……大丈夫か?」
「ああ……」
壁とクッションに体を預けたクラピカは、しんどそうに息を吐いた。
何だか、まるでずっと寝たきりだった患者のようだ。
枕元に置いていた水のボトルを持ち、蓋を開けてレオリオは差し出す。
「水だ。飲めるか」
こくりと頷くクラピカの口許にボトルの口を寄せてやる。腕も満足に動かせないこの状態では、おそらく容器を持つこともできないだろうと判断しての行為である。
クラピカはゆっくりとボトルに口をつけ、少しずつ水を口内に入れていく。
だが。
「……ゲホッ、ゲホッ!!」
喉が動いたと思った瞬間、激しく噎せてしまう。レオリオは慌ててボトルを放し、彼の背中をさすってやった。
「おいおい、大丈夫かよ?」
「……っ、すまない……」
まだ水が喉に残っているのか、小さく咳き込みながらクラピカが応える。ひどく苦しそうだ。
「今のはどうした?」
「……なんだか、のどがひどく、いたくて」
「痛い? 気管に入ったとかじゃなくてか?」
首肯するクラピカの様子を、レオリオは奇妙に思う。まるで喉に異物が入ったような表現だと感じた。
生命維持に必要な水ですら、体が受け付けないとは。
医者の示していた見解とちぐはぐなクラピカの状態に、レオリオは疑問を覚えるが、とりあえず近くに置いてあったタオルで零れた水を拭く。
「点滴で水分は摂ってるから、無理に飲まなくてもいいがどうする? やめとくか?」
「……いや、もう一度飲む」
「おい、無理すんなよ」
「大丈夫だ」
強気な態度で答えたクラピカを、レオリオは「おいおい…」と少し呆れた顔で見るが、じっと見てくる視線にやがて折れた。
「……わかった。止めるときはすぐ言えよ」
もう一度ボトルを手に取り、クラピカの肩を支えながら飲ませ始める。
「ぐっ……」
再び喉が動いた瞬間、クラピカは呻きを漏らしたが吐くのをこらえて飲み続ける。耐えようとぎゅっと閉じられた瞳から、生理的な涙が零れた。
時折えづきそうになると、レオリオはボトルを離しクラピカの背中をさすった。呼吸を整えながら、それでもなおクラピカは水を飲み続けた。
水がボトルの半分まで減った所で、キリが良いと判断しレオリオはボトルを下に置く。
「よく頑張ったな。お前すげーよ」
すっかり体力を使い切ったクラピカの頭を撫で、ベッドに横たわらせる。されるがままのクラピカは、瞼を閉じたまま不機嫌そうに言った。
「……子供みたいに、するな」
「いや褒めてんだぜ? お前のこと」
「……」
照れのためかクラピカは黙る。大儀そうに「はぁ……」と息をつき、それから目を開けた。
何気なくレオリオが覗き込むと、クラピカの瞳が心無しか赤い。
充血? いや違う…? とレオリオが見ている間に、潮が引くようにすっと色が戻っていった。今は先程と変わりない、湖の様な青色だ。
「……すまない、もう……」
「いいぜ、寝ろよ」
視界がぼやけてきたのか、クラピカの碧い目がとろんとしたものになる。幼子のような様子に少し笑いながら、レオリオは声をかけた。
程なくクラピカは眠りに落ちる。
クラピカの寝顔を見ながらレオリオは思う。華奢な外見をしているが、その実なかなかの頑固者のようだ。
しかし水ですらこの有様では、用意していた食事も食べるのは無理だろう。
クラピカの夕飯になるはずだった粥は、明日のレオリオの朝食になることが決定した。
翌朝。週明け二日目だったが、レオリオはまた予備校を休んだ。日中に入れているバイト先にも連絡を入れる。
昨晩作った粥で朝食を済ませ、自習をしているとクラピカが目を覚ます。
「よ。今日は早いな」
窓越しに太陽で照らされた部屋を見て、クラピカは独り言のように呟いた。
「……明るいな……」
「そりゃあ朝だからな」
「朝……そうか……」
自由にならない身体で、クラピカは僅かに頭を動かし光の方を見る。
どことなく、感慨深げな表情だった。
「これが……当たり前なのだったな……」
「………カーテン、全部開けとくか?」
外の景色がよく見えるだろうとレオリオは提案するが、
「眩しすぎるからいい」
とクラピカは断った。少ししてから、気付いたように付け足す。
「……あなたがそうしたいなら、構わないが」
「オレは別に見慣れてる景色だしな」
彼の希望通り、レオリオはカーテンをそのままにしておいた。
昨日より調子は良くなったらしい。反応が早いし、自分から情報を得ようと積極的に瞳を動かしている。
レオリオはクラピカの点滴を変えると、また彼の身体を起こし、水分をとらせてやった。本人が希望したので、一緒に栄養剤も服用させる。
昨晩と変わらず、飲み込む際はとても苦しそうだったが、弱音を吐かずクラピカは耐えた。
点滴で水分補給に問題はなくとも、普通に生活を送れるようになるためには水の経口摂取は不可欠だ。
いつかは克服しなければならないとはいえ、目覚めたばかりの身で挑戦するクラピカの根性にレオリオは感心する。だが。
(食べ物どころか、水すら満足に飲めねぇ。筋肉も殆どない。の割に栄養状態は普通……ねぇ)
「お前、一体どんな生活してたんだ?」
「…………」
疑問が口に出てしまうのは仕方ないだろう。足の包帯を替え、横になった身体に布団をかけながらレオリオは聞く。
クラピカは答えない。予想していた反応だったのでレオリオは質問を変えた。
「持病とかはあるのか?」
クラピカは少し考えながら答えた。
「持病は……ないと、思う。多分」
そこまで言った所で、彼はふと思い出したように顔を上げる。
「……私の目は、今何色だ?」
「は?」
突拍子のない質問にレオリオは間抜けな声を上げるが、クラピカの表情は真剣だ。うろたえつつも答える。
「えっと……別に普通の青だぜ?」
「……そうか」
その回答にクラピカは満足したのか、それ以上何も言わなかった。
「……もう一度聞くぜ。お前、一体どこで何をしてたんだ?」
レオリオは話を戻し訊ねる。しかしやはりクラピカは答えない。
「何であそこに倒れてた?」
「…………」
「……ま。答えたくないならいいぜ」
持久戦には向かないと自覚しているレオリオは先に白旗を揚げる。すると、これまで視線を合わせなかったクラピカが首をこちらに向けた。
「……なぜ、私を助けた?」
今度はクラピカが訊ねた。レオリオは上を見ながらぼりぼりと頭を掻く。薄汚れた天井が視界に入る。
「……性分ってヤツだよ。道で倒れてる奴をそのまま放って置くのは、オレのポリシーに反してるんでな」
「……変わっているな」
「そうか?」
レオリオは普通に返すが、クラピカは心底奇怪だと言わんばかりに彼を見る。
「全く素性がわからない人間だぞ。そんな人間を数日間も部屋に置くなど、私には考えられない」
ヨークシンは治安が良い訳でもないだろうと、まるで咎めるような口調でクラピカは言った。レオリオはむっと顔をしかめる。
「あのな、別に恩着せようと思ってる訳じゃねーけどよ。お前そんなこと言える立場なのか? オレはお前を助けたんだぜ?」
「……だから不思議だと言っている」
レオリオの反論に、クラピカはやや鬱陶しそうに返す。
「関係のない人間が死んでいた所で、あなたの生活が変わるわけではあるまい」
「あのなぁ……!」
冷めたクラピカの言葉に、レオリオの怒りのゲージがどんどん上がる。
「……何だ何だ? それじゃお前、あの時そんまま放っておいて欲しかったってのか?」
「……そういうことを言っているのではない」
「じゃあ何だって言うんだよ。病人のくせに理屈っぽい奴だな!」
「私は病人ではない!」
「病人だろーが! 一人じゃ起き上がることすらできねーだろ!」
「だから、私が言いたいのはだな!」
はぁはぁとクラピカが息切れする様子に、レオリオは荒げていた声を抑える。つい興奮してしまったが、彼は今自分が言った『病人』なのだ。刺激させてどうする。
息を整えるクラピカの目の色が、不思議な色合いになる。呼吸に合わせて、色が何だか揺らめいている気がする。
暫しの時間を要して、落ち着いたクラピカはレオリオに問うた。
「……何故あなたは、見ず知らずの人間を助けることができるんだ。私など助けても、あなたにとって大したメリットは無いだろうに」
世の中の総てを悟ったかのような、冷たく達観した眼差しに、レオリオは先程までとは少し違った意味で腹を立てた。
「……あのよ。誰もが損得だけで生きてるわけじゃねーだろ」
レオリオは彼を真っ正面から見据えて続ける。
「オレはお前を助けたいと思ったから助けた。昨日はあんなこと言ったけど、別に礼なんざ請求しようと思ってねーよ」
ま、薬代とか後で貰えたらいいなーとかちょっぴり思ったけど、とぼそっと続けた言葉に、若干クラピカの視線が冷たくなったような気がしなくもないが無視する。
「メリットとか何とか、ごちゃごちゃ難しいこと考える前に、目の前に倒れてる人間がいた。放っておいたら死んじまう。……それが嫌だっただけだ。それに文句があるって言うなら、望み通りお前を元の場所に戻してやる。……だが、お前のためにしばらくはここにいることを勧める。そんな身体じゃ外に出たところで、何も出来やしねぇからな」
話を聞くうちに、レオリオを見つめるクラピカの瞳が柔らかくなっていく。突き放しつつも、最後は自分を思いやる言葉を述べた彼を見て、クラピカは少し目を丸くして言った。
「……そうだな。そういう人間も、いるんだな」
「……?」
「すまない、誤解させてしまったようだ」
クラピカは、レオリオのサングラスの奥の瞳を見上げながら言う。
「私はあなたが私を介抱したことに文句を言っている訳でない。私のような人間を置くことは、あなたにとって、迷惑にしかならないのではないのかと思った」
先刻とはうって変わった趣旨の言葉に、レオリオは毒気の抜かれた様子で瞬きする。
力説していた自分が恥ずかしくなってきて、顔を背けて答えた。
「……だから、迷惑じゃねーって言ってんだろ」
「そうか」
穏やかに相づちを打ち、クラピカは小さく微笑んだ。
「……助けてもらって、感謝している」
初めて見る彼の表情に、レオリオはほんの少し見入った。
少年らしい、花の蕾が綻んだような笑みだ。
先程の口論を水に流す意味を含めて、レオリオはあえてぶっきらぼうに言った。
「……だったら初めからそう言えばいいんだよ」
「そのつもりだったんだが、あなたが話を遮ったから」
「何だと? オレの所為かよ!」
「少なくとも私の所為ではない。人の話は最後まで聞くべきだろう」
「……かわいくねーやつ」
口を挟んだクラピカとレオリオは顔を見合わせる。互いを見ている間に何故か笑いが込み上げてきて、一人は床に座ったまま、もう一人はベッドに横になったまま笑い合った。
「ま、こんな風になったのも何かの縁ってやつさ。……クラピカ」
改めてレオリオは彼に向き直った。
「お前が望むなら、動けるようになるまでここにいていいぜ。その様子だと時間かかりそーだが気兼ねすんな。どーせ寂しい一人暮らしだし。あと金のことなら心配しなくていい。バイトで貯めた貯金があるから、一人ぐらい増えてもしばらく食っていけるさ。それじゃあ、さっさと寝て身体治せよ」
空になった水のボトルと、飲み干した自分のコーヒーを淹れ直すためレオリオは立ち上がる。
立ち上がった彼を、クラピカが呼び止めた。
「レオリオ」
「ん?」
「……ありがとう。しばらく、世話になる」
「おう」
照れながらも笑顔を見せたクラピカに、レオリオも笑みで返すのだった。
第二話 終
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