Overflow 番外編

インタラクティブ・メッセージ』

 

 

 

 

「そんじゃ行ってくるわ」

「ああ。行ってらっしゃい」

 

 玄関でレオリオを見送ったクラピカは、片手を支えに壁伝いに歩きながら部屋に戻る。

 クッションを置いたベッドに腰を下ろす。一息吐いた後、すぐ側にある物に手を伸ばし電源を入れる。

 アンテナを伸ばして、つまみを回し、クラピカはラジオのチャンネルを合わせた。

 

『……次は道路交通情報です。本日のヨークシン東道路では、只今三キロに渡り渋滞が発生しています。車を運転している方は……』

 

 聞こえてきた雑音混じりの音声に、クラピカは楽し気に耳を傾ける。

 一週間ほど前、ゴンとキルアが来る以外、日中は暇だろうからとレオリオが使っていないラジオをくれたのだ。

 レオリオの部屋には古いテレビがあったが、電気代が勿体ないからとあまり付けることはなかった。当然その様子を知るクラピカも使おうとはせず、テレビは彼らにとって殆ど無用の長物と化していた。

 外界と接触する手段が限られているクラピカにとって、ラジオからもたらされる知識は真新しいものばかりだ。今ではすっかり、毎日聞くのが日課となっている。

 番組表に従って、ラジオは今日も滞りなく進んでいく。いくつかの番組を聞き終え、時刻も良いのでお昼の準備をしようとゆっくり立ち上がったクラピカの耳に、ある男性パーソナリティーの言葉が聞こえた。

 

『番組では、皆様のリクエストをお待ちしています。ご連絡はおハガキかメールで……』

 

 

 

 

「ハガキ?」

「ああ」

「何に使うの?」

「ラジオに投稿してみたいんだ」

「「ラジオ?」」

 

 ゴンとキルアの声が揃う。きょとんと目を大きくした二人の表情は、歳が同じこともあってかとてもよく似ていた。クラピカは楽しそうに微笑する。

 

「へ〜。アンタ、ラジオ好きなんだ」

「ああ。意外か?」

「意外つーか、今時アナログなことだなぁと」

「いや、アナログだからこそ寧ろ良いと私は思うぞ。テレビ等のデジタル放送は確かに効率的に電波を使用しているが、どうしてもタイムラグが発生するからな。緊急時には、やはりアナログの強さが発揮される。例えば災害時など……」

「わかったわかった。で? それに投稿したいって訳ね」

 

 どこで仕入れて来たのか、延々と続きそうな話を遮ってキルアは問う。頷いたクラピカは、自分が投稿したい番組の概要を説明した。

 タイトルはそれぞれ異なるものの、毎日何本かは放送されているリスナー参加型の番組だ。

 

「メールでの投稿も可能らしいんだが……」

「あ、そっか。クラピカ携帯持ってないしね。じゃあレオリオに貸してもらえばいいじゃない」

「それは……ちょっと……」

「あれ、何か問題でもあるの?」

「あ。わかった! この事、まだレオリオには話してないんだろ。はっはーん、アイツ絡みの内容って訳だ。だからオレ達に相談したんだろ」

「……まぁ、そんな所だ」

 

 にやにやとした笑みで見てくるキルアからぷいっと顔を逸らすクラピカだが、その耳元は僅かに赤い。

 一歩遅れて「そういうことか!」と理解したゴンは、にぱっと嫌味の無い笑顔を浮かべた。

 

 

「じゃあ明日来る時に、ハガキ買って持ってくるね」

「頼む。ああ、そうだ。お金は持ってないから、代わりに私が出来ることがあればするが……」

「別にいいって。大したコトじゃないし、な?」

「うん! 採用されるといいね、ハガキ!」

「ありがとう、ゴン、キルア」

 

 

 

 その二日後。レオリオが不在の昼間、クラピカは机に置いた真っ白なハガキと向かい合っていた。

 前日『ねぇ、書かないの?』『どんなこと書くの?』としきりに投稿する内容を気にしていた二人をやり過ごし、一人になれる時間を待っていた。

 書くことは、あらかじめ決めてある。まずは鉛筆でハガキに下書きをする。

 一文一文に心を込める。

 読み直し、ささやかな校正を終えた後はペンで文字をゆっくりとなぞっていく。

 終わりまで書き終え、さて、と最後の名前を書こうとした所で、クラピカの手が止まった。

 

 本名をそのまま書いてしまっては、身元が露見する恐れがあるのではないか?

 しかし既に宛名側の方には、もう名前を入れてしまっている。

 迷った挙句、クラピカは文字を書き足した。

 

 

 

 

 さて時間は流れて、一週間後の夜。

 本日の夕食は、レオリオが安く買ってきた鷹の爪によるペペロンチーノだった。

 普段食事時には音のするものをかけないのだが、クラピカの希望により、ラジオのスイッチを入れていた。

 珍しい事もあるのだな、とレオリオは思う。これまでレオリオの生活スタイルに合わせることが殆どのクラピカからは、される事のなかった申し出だった。

 今流れているのは、夕方から深夜にかけて放送している音楽番組だった。落ち着いた女性パーソナリティの進行により、リスナーの投稿したハガキが紹介され、それに因んだ曲が流される。

 クラピカの趣味はこんな番組なのか、などとぼんやり考えながら、レオリオはパスタをフォークで巻き取った。

 

 

『続いては、ヨークシンにお住まいのラジオネーム・クラピカーナさんからのお葉書です』

 

 

 ぶふっ!!

 

 口に含みかけたパスタを、レオリオは盛大に吹き出した。

 いつもであれば向かいに座るクラピカが注意したり、呆れたりする所だっただろうが、クラピカは彼を気にすることなく、興奮した面持ちでラジオに顔を向けている。

 

 

『「最近この街に引越して来て、同居人に貰ったラジオを聞き始めました。初めてチャンネルを合わせて、耳に入ったのがこの曲です。もう一度聞きたいので是非流してください。」なるほど、クラピカーナさんにとって、こちらは思い出の曲なのですね。

同居人の方はお友達かしら。それとも…ふふふ、気になるなぁ! これからもどうぞ仲良くして下さいね。

それではお聞き下さい、クラピカーナさんのリクエストで、「ムーンチャイルド」』

 

 

 パーソナリティの合図で、しっとりとした、美しいピアノの旋律が流れ始める。

 クラピカは感動を抑えきれない表情で、レオリオを向いた(よく見ると、目がうっすら緋色にもなってるようにも思える)。

 

 

「……今の聴いたかレオリオ!? 私のハガキが読まれたぞ。初採用だ!」

「……お前、今の名前なんだよ」

 

 

 色々尋ねたいことはあるのだが、とりあえずそれが精一杯だった。

 

 

「ラジオネームという奴だ。本名をそのまま書いてはいけないと思ってな」

 

 

 平然と答えるクラピカに、ティッシュで口を拭うレオリオは突っ込むタイミングを逃す。

 マフィアに追われ、隠れ住んでいる身として、無闇に本名は晒してはいけない。その判断は確かに正しい。正しいのだが……

 

 

「ゴンとキルアにも礼を言わなければ。……録音しておけば良かったな」

 

 

 クラピカが趣味を見つけ、更に初めてのハガキが採用されたのは喜ばしいことではある。

 しかし何ともツッコミどころの多い出来事に、レオリオは脱力してしまったのだった。

 

 

『ミュージックチャンネル、お相手はYUKIでした』

 

 

 

END

 

 

 

 

趣味全開の内容です(笑)レオクラジオに関わるネタ、ずっと書きたかったんです!

文章中の元ネタは

・ラジオ内の情報:リベンジのニュースセンター

・曲名・そのまま。

・料理の献立:勝手に次回予告

・パーソナリティーの名前:中の人 です。

あと最初の方はあえて「男性」パーソナリティーと記してます。お気付きになられましたか?(笑)

またYUKIさんの言葉の一部は、わかりにくいけど「おはよう。」の歌詞からです。

現在執筆中の続編との間にある話なので、載せるタイミングを二年ほどずるずる逃していたのですが、この度お披露目することにしました。

書いている本人はとても楽しみながら書きましたので、皆様にも少しでもお楽しみ頂けていたら幸いです。

 

初出:2016.6.19