レター・フロム

 

 

 

 飛行船の中。ハンターライセンスで予約し、充てがわれた一等船室の机で、ゴンは熱心にペンを奔らせていた。

 

「ゴン、さっきから何を書いてるんだ?」

 

 向かいの席に座っていたクラピカが尋ねる。最初はゴンの作業を邪魔しないよう、手持ちの本を読んでいたクラピカだったが、一区切りつくところまで読み終えたため栞を本に挟んで仕舞った。

 しかしその後もまだゴンはうーん、うーんと頭を悩ませながら書いているようだったので、隣のレオリオと一度目を合わせたのち、彼の気分転換も図るべく声をかけるに至ったのだった。

 

「手紙だよ! ミトさんに送るんだ!」

 

 パッと破顔し、ゴンは絵葉書を掲げてみせる。

 

「飛行船の待合所で売ってたんだ。ほら、きれいでしょ」

 

 絵葉書の風景は、青空を割くようにしてどこまでも伸びる大樹が映っていた。世界樹と呼ばれるものだ。この路線のルートにある土地の一つだろう。

 

「ああ。いい写真だな」

 

 クラピカも同意する。その横から背の高い身体を屈ませてレオリオが覗き込む。

 

「メールじゃ駄目なのか?」

「ダメだよ。オレもミトさんもメールできないし、そもそもウチにパソコンなんてないし」

「はー、なるほど。まぁ田舎じゃ仕方ねーかぁ」

 

 ゴンの故郷のくじら島では、パソコンはおろか、携帯を持っている人間もほとんどいなかったと言う。出稼ぎの漁師たちが寄る島という土地ゆえ、仕方ないことではあるのだが。

 

「しかし今後のことを考えると、用意しておいてもいいだろうな。ハンターの仕事を請け負うなら、せめて携帯かパソコンのどちらかはないと」

「うん、ちょっと考えておく」

 

 素直に頷いたゴンは、絵葉書をかざしながら「クラピカとレオリオのことも書いとくね!」と付け足した。

 

「オレのこと、ちゃんと格好良くて頼れるオニーサンだって紹介しといてくれよ」

「ん〜わかったー」

 

 どこか生返事にも聞こえたが、ゴンが一応相槌を返す。

 それにあーだこーだ注文をつけ、さらには内容を添削しようとし始めたレオリオと、さすがに気恥ずかしくて抵抗しているゴンの様子を、クラピカは微笑ましそうに見守る。

 クラピカの脳内で、ゴンの姿にいつしか過去の自分が重なる。

 

 旅先から一所懸命に綴った、故郷にいる家族へのメッセージ。

 どんな物を見たか、どんな人に出会ったか。

 医者探しは順調か。ハンターにはなれたか。

 

 憧れだった外の世界のことを、両親やジイサマ、パイロに伝える。

 そんな……かつて夢想していた、叶わなかった未来。

 

 ……いけない。つい感傷的になってしまった。

 せめて皆といる時は、笑顔でいたい。

 

「……クラピカ?」

 

 ふと、レオリオが話しかけた。切ない想いに耽るクラピカを慮るような、少し、静かな声で。

 

「ん? なんだ?」

 

 明るい声音を意識して返したクラピカに、レオリオは珍しくしばらく「あー」とか「うー」とか言い淀んだ。

 

「あー……もし、誰かに手紙送りたいとか思ったらさ。……送ってもいいぜ、オレに」

 

 自分の心情を読んだかのような彼の言葉に、少なからず驚きを覚え、クラピカは彼を見つめた。視線を逸らしている彼の、サングラスの奥の瞳を見つめる。

 やさしい、情に満ちた眼差し。

 だがあえて、間を置いてから。クラピカは真顔で言ってみた。

 

「…………なぜ君に?」

 

 途端にレオリオが、耳を真っ赤にして振り向く。

 

「ばっ、おまえっ……せっかくオレが気を使ってやったってーのに」

「別に頼んでいないが」

「あーあー、そうだろうよ。もう言わねー」

 

 ふてくされたように吐き捨て、レオリオは後ろを向いた。そんな彼の丸まった背中を見ながら、クラピカの口元は知らず綻んでいた。

 そんな態度は微塵も見せず、いつもどおりの振る舞いを装う。

 

「……住所は教えない方がいいだろう。万が一情報が漏れた時に、ハンター証を狙う輩が来る可能性もある」

「あー、そーかい」

 

 もっともすぎて反論する気も起きないと、レオリオは気のない返事をする。

 

 

「だが、電話なら構わない」

 

 

 しかしそのまま続けられた言葉に目を丸くして、レオリオは先ほどの彼のように、相手の顔を見つめ返した。

 平然としている様子のクラピカだが、よく見るとわずかに頬の端が赤かった。

 

「……ホームコードじゃなくて、か?」」

「それでは会話できないだろう。何のためにかけるんだ」

 

 呆れるような物言いながらも渡された携帯に、数瞬固まっていたレオリオだったが、我に帰った後、流れるように電話番号を打ち込んだ。

 登録ボタンを押して、投げ渡す。

 

「番号変えんなよ。変えるときは事前にちゃんと連絡しろよ」

「その時まで君との縁があったらな」

「ヤロー。四六時中かけてやるぞ。覚悟しとけ」

「常識がないのか君は」

「マナーモードにしとけばいいだろーが。使いこなせよ文明の利器をよぉ」

「履歴を自分一人で埋めるつもりか。電話代が勿体無いだろうに」

「残念でした〜〜今の世の中はカケホがあるんだよ」

「かけほ……カケホ?」

 

 すっかり見慣れた応酬を繰り返す二人に、ゴンは顔を綻ばせると手紙の続きを綴っていく。今そばにいる友人たちのことを。

 そして、もう一人の友人のことも。

 

「待っててね、キルア」

 

 この手紙がミトさんへ届く頃には、会いにいくから。そうしたら一緒にくじら島へ行こう。

 絵葉書をはみ出すくらいに溢れる思いを込めて、ゴンはつぶやいた。

 

 

 

 

 

昨年のハンターオンリーで発行した無配ペーパーに載せたssです。

タイトルのレターには、「手紙」だけでなく「便り」の意味も込めました。

十二支んになってからも、クラピカはレオリオにはいまだにメアドを教えていないようですよね。ゴンやヒソカには教えてるのに…。

そこにどうしても意図を感じてしまいます。にやにや。

 

メイン4人が一緒にいた頃の空気が好きなので、ついこの頃の話を書いてばかりな気がします。

キルアはいませんが、彼の気配も感じ取れるといいなと思います。

ご拝読くださり、有難うございました。

 

2023.2.3