花は夢を見る。
殻を破り、鮮やかに匂い立ち、
芽吹く時まで。
その三日後、オルシアンファミリーの次女の結婚式が挙行された。身内と親しい友人たちだけを集めた式は、由緒正しきウェディングチャペルにて行われることとなった。
犯人のスカラジファミリーには、常に見張りを光らせている。だが念のために、囮である替え玉二人の偽の挙式も、予定通り行うこととなった。
場所は同じチャペルの別の部屋。
実は、それは夫婦となる二人の依頼主の、ちょっとした心遣いでもあったのは、彼らだけの秘密だ。
新郎と新婦の方に、異変はない。何事もなく、ダミーである二人の式も、滞りなく進められる。
式もいよいよ終わりに近づき、神父が祝詞を述べる。
一番重要な儀式。誓いのキスだ。
新郎役と新婦役は、たがいに近付き合う。
周りでは「ボスに変な真似をしたらコロス」と睨む下っ端どもがいる。お陰で下手に身体を引き寄せることもできない。
……ムードも何もねぇなぁ、とレオリオは苦笑する。
だが真正面からドレス姿のクラピカを見たら、そんな気持ちは吹き飛んだ。
美しかった。
ベールを持ち上げて、薄く化粧をした顔をあらわにさせる。
儀礼に則って、レオリオは顔を近づける。
背が高いので、少し屈みこみながら、唇を近づける。
触れる間際、クラピカはレオリオだけに聞こえる声量でささやく。
「待て」
「なんだよ。やっぱりフリだけか」
ちょっと顔を離して、がっくりした表情を隠しもしないレオリオを見つめて、クラピカは眼を細めた。
瞳の色を、赤くして。
たしかに、笑った。
「……これは、本番までにとっておきたい」
「え?」
驚いた彼の顔を、正面から見上げて
クラピカは自分からキスをした──。
(ボスが!?)」
(ボスが、デコチューした!?)
場にいるほぼ全員が戦慄し、レオリオが目を白黒させる中、クラピカだけは目を閉じていた。
その時のことは、まるで白昼夢のようだったと、ノストラードファミリーの中ではまことしやかに語り継がれているそうだ。
昔ファミリーにいた、気高くもやり手のボスの話として。
……それから、時は流れて、いつかの春。
「アッハハ、おかしー!」
「笑いごとじゃねぇっつうの………まったく、あんときゃハラハラしたぜ」
とある建物の一室で、思い出話に花を咲かせていた四人は、レオリオから披露されたエピソードに笑っていた。
「よく言うぜ、そーいうのをノロケって言うんだよ。ったく、まだ結婚してねぇってのに、気がお早いことで」
「まぁまぁ、いいじゃない。今日やっと一緒になるんだから」
「ゴ、ゴン、恥ずかしいことを言うな!」
「なに今更照れてんだよ」
ニヤニヤと笑うキルアの言葉に、クラピカの顔はさらに赤くなる。
やがて中の空気を察したかのような、リズミカルなノックが響いた。
「みんな、そろそろよ」
「はーい! それじゃ、オレたち先行ってるね」
「本番しっかり決めろよ」
「おう!」
「ああ」
親友たちが先に出て行く。
ベールの下の顔を改めて見つめて、レオリオは念押しする。
「……もう額にだけなんて、言わせねーぞ?」
「わかっている。覚悟はできている」
「なんだよ、覚悟って」
笑ったレオリオに、クラピカも微笑みを返す。
「よし。じゃあ、行くか」
「うん」
クラピカは机に用意していたブーケを手に持つ。
先に部屋の出口まで歩き、扉の前に立つ彼の元へ、歩き出す。
足を踏み出す瞬間、クラピカは腕の中の花に囁いた。
「行ってきます」と。
終